三話・現状把握
初めて迷宮に向かう日の朝、異変に気付いた俺は飛び起きた。
隣で寝ているはずのティーファがいない。
というか、入れ替わっているのだ。
銀髪少女に。
見た目はエレナより年下に見えるから六〜八歳くらいか。
お尻まで届きそうな銀色の髪は一本一本が細いのか、サラサラとしていてクセもなく真っすぐだ。
瞳はいつものように綺麗な青色をしていて、この子がティーファなんだと実感させられる。
一応言っておくが、真っ白なワンピースを着ているので裸ではない。
ティーファは先に起きていたのか俺と目が合うと、嬉しそうに微笑んでくる。
今のティーファに尻尾が付いていたら、フリフリしまくりだと思う。
そして、何時ものように俺の指先に噛み付いた。
当たり前だけど感触がいつもと違う。
生暖かい何かが俺の指先を絡め取り、奥へ、奥へと、吸い上げていく。
「ちょ、ちょ、ちょっと、やめろー!」
余りの激しさに、俺は思わず指先を引き抜いた。
ある!
なんとかついてる!
「あーーもうっ! シンヤのばかーー」
ティーファは悔しそうに手足をばたつかせている。
「どっちが馬鹿だ。いくら何でも吸い過ぎだし、今の俺の指先からは何も出ないから。知ってるだろ?」
「でも〜シンヤのお指吸ってると安心するよーー?」
そう言ってくれるのは親としては嬉しいことだけどーー
「それでも吸い過ぎだ! 指がなくなったかと思ったぞ。俺の指は意外と繊細なんだ! 丁寧に扱うこと! いいな?」
「むーっ」
ティーファは口を尖らせる。
その表情は中々可愛いが、ここは甘やかすことはできない。
「いいな?」
もう一度強めに言っておく。
「はぁーい」
「偉いぞ、ティーファ」
頭をそっと撫でてあげると、ティーファは気持ちよさそうに目を細める。
なんか違う……。
いつもと同じことをしているのに……やっぱり違うぞ。
人型になっただけでこうも変わってしまうのか?
駄目だ、駄目だ、俺は親なんだ。
しっかりしないと。
「ティーファ、今はスキルを使ってもいいけど、外では変身したら駄目だからな?」
「ティーファ、お約束守るよ?」
「それならいいんだ」
ティーファの変身を初めて見た日、人前でこの姿にならないことを約束させた。
単純に心配だからだ。
親バカと言われるかもしれないが、可愛すぎて連れさられる可能性がある。
いや、確実に変態どもが連れ去るだろう。
こんな天使のような愛くるしい顔を、誰が放っておくのか。
人前に見せるには、せめて自分の身は自分で守れるようにならないとな。
ライチ村を追い出された日のこと、ティーファから新たに生きる理由を教えられた。
あの日ーー
「ーーッッ!? だ、誰だお前?」
「ティーファだよ?」
「え?」
「シンヤのばかー」
ティーファ?
聞いたことのある名前だ……な。
「ティーファ……ちゃん? こんな所に一人で居たら危ないから、早くお母さんの所に帰ったほうが良いよ」
女の子は首をかしげると俺を指差した。
「ひとりちがうよ? ここにシンヤがいるから」
「……お、れ?」
女の子は満面の笑顔をして頷いた。
訳が分からないんだけど。
っていうか、この子いつから居たんだ?
「ティーファ、この子いつから居たんだ? ティーファ!?」
あれ? ティーファが居なくなってるぞ?
「おいていくなんてひどいよ」
「ティーファ!? 何処だ?」
「しんだらぜーったいにだめーー!。聞いてるの? シンヤ?」
「ティーファ!? 返事をしろー! ご飯だぞーー!」
「ちがーーう!」
この子がティーファだと認識するまで、かなりの時間がかかった。
「シンヤ、しぬつもりなの知ってるもん」
俺はティーファにそんなことを言った覚えはない。
それらしい態度も多分見せていないはずだ。
「どうして……?」
「ティーファはシンヤの子供だから、ぜーーんぶ知ってるの」
答えになってないんだけど。
「……要約すると、俺が感じたこととか、願いだとかが、勝手にティーファに伝わってしまうのか。一種のテレパシーみたいなものかな」
ティーファは大きく頷いた。
となると、嘘は基本的に駄目だってことか。
「そうだ、俺は死のうと思ってる。俺が生きていたらいつか……ライチ村の時のようにティーファまで不幸になってしまうかもしれない。いつ、ダイスでまた黒が出るかも分からないんだ。俺は怖い! 怖くてたまらない。大切な人が目の前でいなくなっていくのは……」
「だからしんじゃうの?」
「ああ、もう決めたんだ」
「シンヤは、もうティーファとも会いたくないの?」
不安げに聞くティーファの声は、少し震えていた。
そんな……。
「そんな訳ない! でも……」
「シンヤ、しんじゃイヤだよ! ひとりぼっちはイヤだよ! もっと一緒にいてほしいよ……うわぁあああああんん」
泣きじゃくるティーファを抱きしめ、宥めながら、これでいいのかと自問自答する。
何が正解か、何が望みか、何がティーファにとって幸せなのかを。
俺は大切なことを忘れていた。
俺にとってティーファが大切なように、ティーファにとっても俺が大切なんだ。
親に捨てられる辛さは俺が一番知っているはずなのに。
泣き止んだティーファから更に重大発表がなされた。
『ティーファはシンヤのアイテムだから、シンヤがしんだらティーファも消えちゃうの』らしい。
ティーファが嘘をついている可能性もあるが、調べる術がない。
ティーファの命は俺の行動にかかっているのかもしれないのだから、本当に重大だ。
どんな選択をしても正解ではないと思う。
これから先、後悔するかもしれない。
それでもーー温かくて、おっちょこちょいで、食いしん坊な、小さな家族を守っていきたいと思った。
「駄目な親だけど、それでも一緒に……一緒に生きてくれないか?」
ティーファは無言で俺の体に抱きついてくる。
言葉はなかった。
けど、その力強い締め付けが俺の問いに対する答えだ、と訴えているように感じた。
その後ティーファを膝の上に乗せて、ステータス画面をくまなく見ていった。
自分たちの現状を把握するためだ。
異変はすぐに見つかった。
アイテム欄に四種類のアイテムが追加されていたのだ。
一つ目が『中級ポーション』×5
二つ目が『初級マジックポーション』×3
三つ目が『マヌスの腕輪』×1
四つ目が『古びた剣』×1
どこで手に入れたのかという疑問は、手に入れたアイテムの種類から答えを推測できた。
このアイテムは『マシュール街の処刑人』を倒した時に手に入れた、ドロップアイテムだと思う。
『マヌスの腕輪』は、『マシュール街の処刑人』を倒した時にしか手に入らないアイテムで、ドロップ確率は5%とかなりレアなアイテムだ。
この世界での『マヌスの腕輪』の効果は、モンスターを呼び寄せる効果があるということらしく、ゲーム時代と効果は変わっていない。
ゲーム時代ではレベル上げの時に重宝するアイテムだったが、この世界ではどういった使い道があるのか……同じように使えば悲惨なことになる可能性もあるので、取り敢えずアイテムボックスに閉まったままにしておくことに決めた。
古びた剣は、どうやらルイス村長から借りていた剣のようだ。
どうしてアイテムボックスに入っているのか謎だが、いくら考えても答えは見つからなかった。
中級ポーション、初級マジックポーションはそれぞれHP500と、MP100を回復させるアイテムだ。
まあ、ドロップアイテムの中でもハズレといってもいい。
スキルに関しても詳しく見ていないものがあった。
【創造魔法】レベル1の【純血の絆】だ。
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【純血の絆】1/2
・このスキルを使うことで、一定時間所有者と同種族となることができる。
・スキル効果中、所有者とスキルを一つ交換することが出来る。
・効果時間終了後、交換したスキルは元に戻る。
・効果時間は二四時間。
・リキャストタイムは十日間。
・消費MP200。
・スキルレベルが上がるごとに使用可能回数が増える。
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見てみると、どうやらティーファが人の姿になったのはこのスキルが原因のようだ。
俺の望みを反映してこの能力になったのか?
確かに、ティーファが人間だったらもっと楽に意思疎通ができるのに、と思ったことはあった。
ティーファはこのことをどう思っているんだろうか?
確認を取るために、上から覗き込むようにティーファの顔を見てみる。
ティーファは俺の顔を見てニコッと笑い返してきた。
多分これで良かったんだろう。
現状把握が終わった後、次はやるべきことを決めた。
俺がやるべきことはティーファを立派に育て上げることだ。
その為にはレベルを上げて、この厳しい世界の中で生きていける、というか俺がいなくても絶対に安心だという強さにしたい。
俺は新たな決意を抱いて、ヴァルハラ迷宮都市へ向けて飛び立ったのだった。




