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一話・冒険者ギルド

 王都マスカラに続いて、第二の都市規模を誇るヴァルハラ迷宮都市。


 この都市の特徴はなんと言っていてもヴァルハラ迷宮の存在であり、世界有数のダンジョンとして知られている。

 その理由の一つとしてヴァルハラ迷宮は、世界に多く存在するダンジョンの中でもっとも戦闘初心者に向いているということが挙げられる。

 ヴァルハラ迷宮の特徴として、階層を降りるたびにモンスターの強さが増していくのだが、浅い階層内で出現するモンスターは他のダンジョンに比べて弱い。

 その為、ヴァルハラ迷宮都市にはリンカ王国外からも多くの人が訪れ、冒険者として迷宮都市に骨を埋めていく。

 ヴァルハラ迷宮都市に住まう人種は様々で、普人族、獣人族、森人族、土人族、竜人族、海人族と、この世界の縮図のような都市である。



 活気に溢れたヴァルハラ迷宮都市でもっとも人々が往来する場所が、ヴァルハラ迷宮の入り口と冒険者ギルドである。

 今日も冒険者ギルドの受付には多くの冒険者たちが、迷宮内のモンスターから剥ぎ取った素材を手にして集まっている。



 ドサッという音を立ててカウンターの前に小汚い麻袋が置かれる。


「おい、ネエちゃん。この素材の査定を頼むわ」


 麻袋を置いた男はニヤニヤとしながら受付に座る女性に声をかける。

 その姿は浮浪者のように汚れており、紺色の髪の毛には大量のフケが浮かんでいる。

 女性は男から漂う臭いに顔をしかめそうになるが、なんとか堪える。


「………申し訳ありません。ここは査定受付場ではなくて第五クラン管理場ですので……あちらにお並び下さい」


 女性が視線送った先では多くの人集りが出来ている。

 男は振り返る素振りも見せずに口を開く。


「そなことぁー言われなくても分かってんだよ! 俺はこう見えてクラン『竜王の血脈』の荷物持ちをやってんだ。その意味が分かるか? ネエちゃんよ!」


 男の出した単語に女性の眉がピクリと動く。

『竜王の血脈』といえば、ヴァルハラ迷宮都市内に四つしか存在しないB級クランである。

 クラン構成員は竜人族を中心に総員十七名と、他のB級クランに比べると小規模ではあるが、戦闘能力が極めて高い竜人族がメンバーの多くを占めているので、クランの質はヴァルハラ迷宮一という評価が一般的だ。


「……それとこれとは関係ありませんので」


 女性は変わらず、冷静に対応する。


「ネエちゃん、もう直ぐしたらクラン管理員から降格するかもって話じゃねーか。そんな時にうちみたいなトップクランと揉めたら確実に降格だろっ!」


 男が言っていることはあながち嘘ではなく、この女性はあと三ヶ月以内にE級以上のクランを三つ、もしくはD級以上のクランを一つ、自身の担当にしなければ降格することが決まっている。


「……分かりました。やっておきます」

「ペッ、最初っからそう言っとけや! 死神女が!」


 男は受付の机に唾を吐き捨てると、その場を後にした。


「はぁああああ……死神女か……」


 女性は机に吐き捨てられた唾を拭き取りながら、自身の置かれた立場を思い返していた。


 マリナが冒険者ギルドに就職したのは父が死んだ年の14歳の時だった。

 冒険者ギルドへの就職は、冒険者としての実績や、ギルド職員からの口利きなどがない限り容易ではない。

 マリナの父はC級のクランマスターとして、ヴァルハラ迷宮内で活躍した冒険者だったこともあり、時のギルドマスターの口利きで就職することができた。

 冒険者ギルドに就職してから三年の間、討伐部位を査定する査定係として下積み時代を過ごす。

 そして今年の三月から晴れてクランの活動をサポートするギルド職員の華である、クラン管理員となることが出来たのだった。


 クラン管理員が冒険者ギルドの華と呼ばれるには理由がある。

 それは高額な報酬だ。


 クラン管理員になった者は最大十クランを担当することが可能であり、担当するクランが持ち込んだ討伐部位や魔導具などの評価値の三パーセントを報酬として得られることになっている。

 B級クランの担当ともなればその報酬は莫大だ。


 報酬が莫大だとなれば競争率も高くなる。

 まずクラン管理員になれるのはギルド職員の中でもほんの一握りだ。

 コネは勿論のこと、モンスターに関する知識、ダンジョンに関する知識、天職、国際情勢、必要になる知識は多岐にわたる。

 マリナが僅か三年でクラン管理員になることが出来たのは、血の滲むような努力と才能があったからだ。

 そして、クラン管理員になってからも激しい競争が待っている。


 優秀な新人冒険者の確保だ。


 優秀な新人冒険者は、優秀なクラン管理員を担当にするのがこの世界の基本的な流れだ。

 クラン管理員と言っても持っている情報、人脈、権力、それぞれ違う。

 新人冒険者にとって特に重要なのが、クラン管理員がどのクランを担当しているのかということだ。

 多くの冒険者は将来自分のクランを持ちたいと思っているが、それは何処かのクランに所属して力と知識を蓄えてからの話だ。

 では、新人冒険者は何処のクランで自分の力を伸ばしたいのかと聞かれれば、やはり高ランククランだろう。


 高ランククランに所属している冒険者となればそれだけで箔がつく。

 新人冒険者の育成もしっかりしていることも多いだろう。

 貰える報酬も高額だ。

 自分が新しくクランを立ち上げる時も、所属元のクランの力も関係してくる。


 そういったこともあり、優秀な冒険者は出来るだけ高ランククランを担当している者の所に交渉に行く。

 交渉が失敗に終わった者(才能がないと思われた者)は、クラン管理員のレベルを下げて交渉の場を移すことになる。

 最終的に残った者の多くが新人クラン管理員の元で、新人冒険者同士クランを立ち上げて活動を始めることになる。


 マリナもクラン管理員となってから多くのクランを立ち上げて担当してきた。

 だが、マリナがいま現在担当しているクランの数はーーゼロ。

 これまでマリナが立ち上げたクランはことごとく壊滅しており、生き残っている者は一人も居ない。

 その情報は何処からともなく新人冒険者の間に伝わり、マリナの元を訪れる新人冒険者は居なくなった。


 そして死神女という不名誉なあだ名まで付けられることになってしまう。


 自分が送り出した新人冒険者たちの末路。

 毎日のように職員仲間から向けられる侮蔑の視線。

 冒険者たちが避けるようにマリナの前を通って行く姿。

 マリナの心は揺れていた。


「でも……絶対に辞められない」


 マリナは瞳から溢れそうになる涙を拭うと、汚い麻袋からモンスターの部位を取り出していく。


「えーー!? ここも駄目なの?」

「流石に天職が不明でレベルが六だと……。それに……やっぱり無理ですっ! あなたの顔を毎日見るなんてキツすぎます。死んじゃいます。マジ勘弁ですっ!」

「ファッッ!!」

「そんなに怒るなよティーファ。次行くぞ!」


 マリナの隣の仕切りでは新人冒険者が交渉していたようだが、どうにも失敗に終わったらしい。

 マリナの隣の管理員は三日前にクラン管理員になったばかりの、新人の中の新人だ。

 クラン管理員の序列としては最下位のマリナより一つ上だが。


「え!? ここが最後?」

「ファッッ!?」


 マリナの前に現れたのはーー化け物ではなく、それに近い顔をした男だった。

 男が胸に抱いた銀色の小鳥はマリナの知識にはない種類だ。

 その瞳は綺麗な青色の宝石を入れたように輝いており、銀色の小鳥は気が立っているのか、羽毛を逆立たせてマリナを睨んでいる。


(か、かわいいい)


「あのー、さっき冒険者登録をしたシンヤって言います。クラン管理員になってくれる人を探しているんですが……」

「えっ、あっ、ゴホン。クラン管理員をお探しということですね。私の名前はマリナと申します。少しの間になるかとは思いますが、宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくお願いします」

「冒険者登録をされたということは一通りの説明は受けられた、ということで宜しいですか?」

「はい。クラン管理員の誰かに担当してもらわないと、ヴァルハラ迷宮に入れないっていうことも聞きました」

「その通りでございますシンヤ様。説明でもあったと思いますが、新人冒険者は基本的に何処かのクランに所属するか、新たにクランを立ち上げて活動するかになります。殆どの新人冒険者は既存のクランに所属することになりますが。その理由として最も大きな点は、生存率の違いにあります」


 シンヤはマリナの言葉を遮るように口を開く。


「あ、それはもう聞きましたので大丈夫です」

「いいえ、これは貴方の人生を左右することなので最後まで聞いてもらいます」


 マリナの鋭い視線にシンヤは喉をゴクリと鳴らす。


「分かりました」

「新人冒険者が既存のクランに所属した場合の一年以内の生存率は75%。ではクランを立ち上げた場合、または立ち上がってから一ヶ月以内のクランに所属した場合の生存率を知っていますか?」

「確か二十五%だったけど、今年に入ってから更に下がって二十%を切ったとか言ってました」

「……その通りです」


(この男、意外と頭は良い方なのかも?)


「既存のクランに所属するとしないとでは、それだけの違いがあるということをシンヤ様には理解して頂きたかったのです。それではここからが本題です。私が現在担当しているクランは有りません」

「あっ、そうなんですか」


(やっぱりあんまり頭は良くない?)


「立ち上げ予定の新人冒険者さえ一人もいません」

「へぇーー」


(これは典型的な駄目なタイプね)


「私の担当になるということは、たった一人でクランを立ち上げて活動するということを意味しているのですよ?」

「それで大丈夫です。というか、元々そのつもりだったし」

「……失礼なことを言いますが、私の見立てでは貴方が一年以上冒険者を続けられている可能性はほぼゼロだと思いますが」


(私の所まで来たということは他のクラン管理員に才能がないと見限られた証拠。更に頭まで悪いとなれば……悔しいけどこの人の命には替えられない)


「それで良いです。それに俺は一人じゃないし」

「え? 他にもお仲間がいらっしゃるんですか?」


(仲間が居るなら、なんとか出来るかもしれない!)


「ええ、ここに」

「ん? どこに……ですか?」


 シンヤはティーファをマリナの前に突き出す。


「この子が……仲間?」

「俺より強いですから安心して下さい」


(何が俺より強いから安心して下さいーーよ!! あなた、小鳥より弱いってそっちの方が心配よ。期待して損したっ!)


「他のクラン管理員を訪ねた方が良いかと思います。最初は荷物持ちからだと何処かに所属できるかと思いますので」

「他は全て断られました」

「全てですか?」

「ここが最後です。担当してくれるまで帰りません」

「ファッッ!」


 マリナは注意深くシンヤを見つめるが、嘘をついてるような雰囲気は無かった。


(諦めさせるにはかなり時間がかかりそうね。査定もしないといけないし、手っ取り早く諦めてもらいますか)


「クランの立ち上げには保証金が必要になりますが構いませんか?」

「えっ? 幾らですか?」

「最初はG級のクランからになるので保証金は十万ルクとなります」

「お金、持ってません……」

「では諦めて下さい」

「あ、でもこれをギルドで売ったら十万ルクくらいになりませんか?」


 シンヤがどこからともなく取り出したのは、紫色の液体が入った透明な容器だった。

 マリナはその液体と容器に見覚えがあった。


『ポーション』


 それは飲むだけで傷を治すことが出来る霊薬。

 現在は多くの冒険者に普及しているが、始まりはダンジョンの宝箱から発見された魔導具からだった。

 透明な容器に入った紫色の液体。

 それを飲めばたちまち致命傷とも思える傷さえ治してしまう。

 その紫色の魔導具を研究し、独自に精製したのが『ポーション』である。

 効き目はオリジナルの魔導具には劣るが、それでも小さな傷から死に至ることが少なくなかった冒険者たちには重宝されている。


(まさか……オリジナル!? )


  この透明な容器と紫色の液体は、マリナが査定係時代に見た物と同じだ。


「こ、これを一体どこで?」


 冷静を装うマリナだが、どうにも気が急いてしまう。


「ちょっと色々ありまして」


 どうにもシンヤの態度が煮え切らないのは、事情を話したくないからだろうとマリナは推測した。


「盗品……ですか?」

「ファッッ!!」

「こら、ティーファ。さっきからイライラしすぎだぞ! これは誓っても盗品ではないです」


(もしこれが本当の魔導具なら千万ルクにはなるはず。どうやってこれを手に入れたのかを言いたくはないみたいだけど……本物ならもしかしたら私が考えている以上にすごい人? なのかもしれない)


「一応この品は鑑定させて貰います。結果が出るまで恐らく一週間程かかると思いますが……」

「一週間もかかるの!?」

「ファッッ!?」

「ええ、それくらいは……」

「俺、無一文で今日から迷宮で稼ぎたいんだけど」


 マリナに訴えかける真剣な様は、鬼気迫る物がある。


(はぁあああ。今日はついてないのかなあ)


 マリナはズボンのポケットからクマの刺繍が入った巾着袋を取り出すと、その中から硬貨を数枚手に取る。


「一万ルクを貸してあげます。鑑定が終わったら返して下さいね」

「本当ですか? あ、有難うございます。マリナさん!」


 その後マリナは、シンヤが泊まる宿の紹介状まで書いてから、シンヤが冒険者ギルドを出ていく後ろ姿を見送った。


「シンヤっていう子、天職不明のレベル六って……はぁ……頭が痛くなってきた」


 マリナには、シンヤがヴァルハラ迷宮で生き抜いていくなど到底不可能に思えた。





 シンヤがマリナの元を訪れてから一週間後、シンヤが渡した液体の鑑定結果が出た。


『三等級魔導具』


 魔導具の評価の中で上から三番目の評価ーーこれまでダンジョンで発見されたポーション系の魔導具の中で最高評価だった。

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