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二十五話・奇跡の価値は

 目を開けると青い空が広がっていた。

 小さな雲が幾つか固まって浮かんでいる。

 固まっているように見えたのは一時、小さな雲たちは風に流されてそれぞれの道を行く。

 きっとあの雲たちも知っている。

 もう元には戻れないことを。



「目が覚めたのか?」


 俺を上から覗き込むようにルイス村長が声をかけてきた。

 いつもの渋い声に、厳つい顔。

 村を出る前と変わらなかった。

 良かった、本当に良かった……。


「はい、ちょっと前に」

「そうか……お前には聞きたいことがある」


 ルイス村長は眉間に寄せたシワを更に深くさせる。


「それなら俺も聞きたいことがあります」

「勝手に口を開くなこの疫病神がっ!!」


 ドスの効いた声が横から割って入る。

 声を向いた方向を見るとーー人、人、人、俺の周囲を囲むように人の群れが出来ている。

 全ての村人の強い視線が俺に向けられていて、誰が声を上げたのか分からない。

 いや、誰が声を上げたのか探しても意味がない。


 何故なら俺に向けられる視線の全てが、敵意を通り越して強い憎悪を纏っているからだ。

 俺を囲っている村人の多くは鍬や鎌を手にして俺に向けている。

 理由は分からないけど、どうやら俺は村中を敵に回したらしい。


「お前は一体何者だ? 魔族とどういう繋がりがある?」


 一体何の話をしているんだ?


「魔族と繋がり?…………ですか?」

「しらばっくれるなクソ野郎!! 魔族がお前を探し回っていたのを村の人間が知っているんだ!!」

「そうだ、そうだ!!」

「魔族が俺のことを……ですか?」

「黒髪って言ったらこの村にはお前しかいないだろっ!?」


 あの魔族は俺のことを探していた?

 何の為に?

 分からない。

 分からないけど、ダイスの結果がそうさせたのは確かだ。

 そう考えれば魔族との繋がりもない訳ではないか。


「ルイス村長!! もういいでしょ、こいつは早く殺すべきです。こいつのせいで、俺たちは全員一度殺されたんだ」

「アテナス様がいなければこの村は滅んでいたんだぞ!」

「殺せーー!!」


 俺の周囲から口々に殺せという言葉が飛び交っていく。

 そういえばこの村に初めて来た時もこんな感じだったなあ。

 あの時よりも更に殺伐としているか。

 まあ、どうなってくれても構わない。

 遅いか早いかの違いだけだ。


「だまれぇええええええ!!」


 ルイス村長がライチ村中に響くような声で怒鳴った。


「こいつを無闇に殺す訳にはいかない」

「ど、どうしてだルイス村長」

「こいつが本当に魔族と関わりがあるのなら、もし殺してしまえば取り返しのつかないことになるかもしれない」

「ではどうするんですか!?」

「この村のしきたり通り、余所者には出て行ってもらう」


 余所者……か。


「そんな……ここにいる全員が納得しませんよ?」

「危険を犯してまで血を流す必要もないだろ。俺が望むのは復讐よりもこの村の平和だ」


 ルイス村長らしいな。

 俺の望みもこの村の平和が一番だ。


「分かりました……ですがこの醜男をこの村に置いてしまった責任は取ってもらいますよ」

「ああ、分かっている。こいつが村を出て行った後、責任を取って村長を辞める」

「……そういうことだ、醜男。さっさと立ち上がって、とっとと失せろ!!」


 こういう最後も俺らしい。

 ゆっくり立ち上がるとルイス村長と向かい合う。


「ルイス村長、最後の頼みを聞いてくれませんか?」

「こっ、コノヤローーッ!」


 俺を囲む男の一人が声を荒げて鍬を振り上げる。


「落ち着けドノン」


 ルイス村長は右手でその動きを制すると言葉を続ける。


「どんな頼みか言ってみろ」

「ティーファをこの村で育ててやってはくれませんか?」

「ファッッ!?」

「ティーファを置いて行くのか?」

「ええ、俺は一人でいきます。ティーファにとっても産まれたこの村で生きていく方が幸せですから」


 ルイス村長は顎に手を置いて少し考えると口を開く。


「ここで気絶している間、ずっとお前を守っていたのはティーファだぞ? 誰も近づけないようにな……。 それでも置いて行くのか?」

「もう決めたことですから」

「……分かった。俺がティーファを預かっておく」

「よろしくお願いします」


 深々と頭を下げると、視界にティーファの体が映り込む。

 これが最後だと思うと胸が痛い。

 辛い。

 別れたくない。

 でもーー大切だからこそ一緒にはいられない。


「じゃあなティーファ。元気に過ごせよ」

「ファッッ!!」


 ティーファが俺の足元に突進してくるがそれを躱すように足を上げる。

 ティーファはそのままルイス村長にぶつかって勢いよく転がった。

 ティーファがルイス村長に抱きかかえられるのを見て、俺は背を向けて歩き出す。


「ファッッ!!」

「ファッッ!!」

「ファッッ!!」


 聞こえてくる鳴き声は、俺がこれまで聞いたことのない悲痛な叫びだった。

 ごめん、駄目な親でごめんな。


 俺を避けるようにして人の壁が割れていき、大きな道を作っていく。

 そこにはルークとエレナの姿も見える。


「早く出ていけ疫病神!!」

「一生顔を見せるな!! 醜男!!」

「お前なんか死んじまえー!!」


 村人から湧き上がる声は俺の歩くスピードを速めさせる。


「アテナス様がお前なんかいつか浄化してくれるんだーー!」

「イタッ」


 聞き覚えのある子供の声が聞こえた後、小さな石が俺の頭にぶつかった。

 その小さな石をきっかけに、俺をめがけて石が次々と飛んでくる。


 体の痛みはどうでも良かった。

 ただーー胸がどうしようもなく痛かった。



 ライチ村に来てから百日目。

 俺は全てを失ってライチ村を後にした。


 どうしよもない胸の痛みで涙が止まらない。

 それでも胸の中に宿る小さな光がーー思い描いたライチ村の未来が俺の心を温めてくれる。


 ーーきっとライチ村は立ち直れる。


 だからもう大丈夫。

 俺がするべきことはもう何も残っていない。


 さてと。

 誰かに不幸を与えることはもう止めだ。


「来世ってあるのかな? あるとしたら今度はちょっとはマシな顔で産まれたいなあ」


 良い人生だったか良くない人生だったかと聞かれたら、良くない人生だったと答えるだろう。

 それなら今の記憶を忘れたいかと聞かれれば、答えはNOだ。

 それは、それだけは何があっても変わらない。

 俺が願ったものーー欲しかったものは確かにここにあったから。


















 ……………………。




 ……………………!?



 あれ? ポケットに入れてあったナイフが無くなってるぞ?

 誰だよ!!

 俺が気絶している間に盗ったやつ。

 ん?


『ここで気絶している間、ずっとお前を守っていたのはティーファだぞ? 誰も近づけないようにな……』


 ってルイス村長は言ってたから……犯人はティーファ?


「イダッ」


 俺のヒザの辺りに強烈な一撃が襲ってくる。

 その一撃の勢いに押されて尻餅をついてしまう。


「ファッッ!!」

「ファッッ!!」


 聞き覚えのある鳴き声、見覚えのある愛くるしい姿……。


「ティーファ!? どうしてここに?」

「ファッッ!」


 ティーファはクリクリとした瞳を濡らして、小刻みにステップを踏む。


「なんだ、なんだ? お腹が空いた……ご飯を食べさせろ……だと?」

「ファッッ!?」


 ティーファは俺の声を聞くなり、派手にひっくり返った。

 ティーファのご飯か……考えてなかったな。

 あれだけの魔力を持っている人間はライチ村にはいないだろうし……。

 真剣に考え出すとかなりマズイことなのかもしれない。


「ちがーーう!」


 何が違うんだよ。


 ………ん?


 真剣に考えていたせいで、いつの間にか目を閉じていたようだ。

 目を開けたところーー銀髪碧眼の女の子が俺の前で仁王立ちをしている。


「ーーッッ!? だ、誰だお前?」

「ティーファだよ?」

「え?」

「シンヤのばかー」



 ーー分からない。

 何がどうなっているのか理解不能だ。


 ーーただ、俺はまだやるべきことを残しているのかもしれない。

 小さな迷いが生まれたのは、ライチ村から延びる一本道でのことだった。

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