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二十三話・壊滅

 ーー飛び散る鮮血は赤く染まった大地を異なる色で塗りつぶす。


 ーー湧き出る臓物は湯気を立てて辺りに臭気を撒き散らす。


 ーー轟く悲鳴は赤く染まった大地に手向けられる鎮魂歌のように奏でられる。



 ーーあり得ない。

 こんな筈ではなかった。

 もっと簡単な任務だった筈だ。

 ーーこんな化け物が存在すると知っていたら、こんな村には来なかった。


 レギオスは視界の端で僅かに捉える銀色に輝く光の線を見ながら、自身の浅はかな行動を後悔していた。

 レギオスがこの任務を引き受けたのは興味と、欲望を満たすためだった。


 抱いた興味とは、今回の任務の対象である『勇者』という存在。

 満たそうとした欲望とは、新鮮な『餌』を貪り尽くす事。


『勇者』は居なかったが、恋い焦がれていた新鮮な『餌』を思う存分に貪り尽くすという欲望は叶った。

 時間が来るまでもう少し楽しんでから帰るーー筈だった。





 事の始まりはヴァルハラ迷宮都市内で広がった勇者の噂だった。


 "黒髪の勇者"


 その名はリンカ王国で名前を知らない者が居ない程知れ渡っていた。

 三ヶ月前リンカ王国で召喚された勇者ーー性別も定かではないが、この世界では滅多に見る事のない"黒髪"という情報だけが出回り、勇者の話題になる時は自然とその名で語られるようになっていった。


 その"黒髪の勇者"がホルホルの森の北にあるライチ村に出没したという噂だった。

 しかもその勇者は罹れば確実に死ぬと言われている"腐腹病"を治してみせたらしいと。


 噂の発端はライチ村に寄った商人からだった。

 その商人はライチ村で起こった出来事を、拠点であるヴァルハラ迷宮都市に戻った後、商人仲間に話した。

 商人仲間は聞いた情報をお客に教え、お客は酒の肴として話題にしていった。

 人に伝わる度に最初の商人の情報は少しずつ歪められていき、商人がヴァルハラ迷宮都市に帰って来てから僅かな日数で、ライチ村に現れた"黒髪の勇者"という噂が流れてしまう。

 その情報はヴァルハラ迷宮都市で活動する冒険者にも伝わっていた。





 ーヴァルハラ迷宮第三十層ー


「あっ、あっ、あぁ」

「それで、その黒髪の勇者っていうのはライチ村っていう所に居るのか?」


 松明が生み出した光と揺れる二つの影。


「あぁあ、ゔぁぁいぃ」

「これは上に相談してみるべきか」


 グチュグチュと小さな音を立てる度に、一つの影が大きく揺れ動く。


「あ、あっ、あぅあ」

「こうやって食べる前に脳みそを直接刺激してやると、酸味が増して味が変わるんだ。知ってたか?」

「あぅあぁ」

「自分の脳みその事は知らねえってか。……そろそろいい塩梅になってきたな」


 ーードサッッ


 二つの影が重なり合うと、一つの影は釣り上げていた糸が切れたように崩れていった。


「高レベル者だけあって中々いい味だ」


 もう一つの影はその場で立ったまま小さく頷いた。


「手に入った情報を使えば俺も外に出る事が出来るかもしれない……な。ハッ、ハハ、今日は最高についている日だ」


 影は松明大きく揺らす程の高笑いを上げると、人影を覆うような大きな影を作り出す。


「直接バイバルス様に報告だ」


 大きな影が揺れだすとその場に突風が巻き起こり、松明の炎を大きく揺らした。

 炎の揺れが収まった後にその場に残されたのは、顎から上のない死体と、その側に落ちている銀色に輝くプレートだけだった。



 △▲△▲△▲



 レギオスは銀色に輝く光の線を見つめながら、幸運をもたらした筈の男が持っていたプレートの色を思い出していた。

 ヴァルハラ迷宮から転移"出来た"魔物の数は約五百。

 連れてきた魔物はどれもレベル三十を超える精鋭だ。


(あの銀色の光が来てから一分も経っていないのにもう全滅だと!?)


 レギオスの動体視力では何が自分達を襲って来ているのか分からなかった。

 死んでいった魔物達もそうだった。


「ク、クソッ。どうして俺はすぐに逃げなかった」


 もし、銀色の光が現れた時直ぐに逃げていれば助かっていたかもしれないーーレギオスは過去の自分の過信を悔やむように呟いた。


「逃げる? 逃すと思っているのか?」

「え?」


 背後から不意を打つようにして返ってきた答えに、自然とレギオスの口から声が漏れた。


(俺の背後には誰も居なかったはずだぞ!? ま、まさか!?)


 先ほどまで視界の端で僅かに捉えていた銀色の光はいつの間にか消えていた。


「誰がお前を逃すか、と言ったんだ」


 レギオスは背後から聞こえてくる声と気配に、この世界に生まれてから初めての恐怖を味わう。

  それは魔王バイバルスと初めて出会った時にも感じたことのない力の差、絶望感だった。


 ーーまだ死にたくない。


 恐怖に駆られたレギオスが思ったことはそれだけだった。


「まっ、待ってくれ。何故俺たちを襲う?」

「何故襲うだと!? それを………それを……お前が言うんじゃねーーよ!!」


 死にたくないという思いがレギオスの脳を高速に動かしていく。


(こいつは一体何者なんだ? どうして俺たちを襲い、どうして怒っている? それが分からない限り俺は殺される)


 レギオスは動くことを拒否する体を強引に動かしていく。


「動くな。動けば直ぐに殺す」

「分かった……だから早まるな」

「お前はどうしてこの村を襲った。……どうして……どうして全員殺したッ!?」


(答えを間違えれば殺される)


「め……命令だ」

「誰からの命令だ?」

「…………」


 レギオスは答えなかった。

 いや、答えることができなかった。


 死の恐怖をも超える、魔族の魂を縛る幾重もの鎖。

 魔王に対する絶対的忠誠心が答えることを阻む。


 そして息を吐くように出る何時もの嘘も、口から出すことが出来ない。

 レギオスには知る由も無いが、魔族は天使族に嘘をつくことは出来ないという種族特性が邪魔をしていた。


(出ない……言葉が出てこない)


「あと五秒だ。それを超えたら………お前を殺す」


(だ、駄目だ声が出て来ない……こうなったらやるしかない)


 レギオスは体内にある胸の中心ーー魔族の心臓部に意識を集中させていく。

 魔族の心臓部には、『魔光石』と呼ばれる人の心臓に近い役割を持つ臓器が存在する。

『魔光石』の役割は主に魔力を循環させる役割と、魔力を溜めておく二つの役割を持っている。

 レギオスは本来の役割とは違う、第三の役割を行うために意識を集中させていた。


 魔族が行う最大、最期の攻撃。

 それがーー『魔光石』の暴走。


「……イチ……ゼロ」

「一緒にくたばれクソ野郎」



 ーーそれは一瞬だった。

 レギオスの胸の中心部から高熱の光が周囲を照らし、光は加速度的に光量を上げていく。

 魔光石が限界点を超えた瞬間、レギオスを中心にして巨大な爆発が起こった。

 爆風は周囲に散乱している死体を焼き、吹き飛ばしていく。


 ーー土煙が舞い降りた先では半径十数メートルの巨大なクレーターが出来ていた。

 そこには生きた生物など居ないように思える。


 だがーークレーターの中心から半径二メートルの地面だけがそそり立つように残っており、その上で大事そうに何かを抱く、銀色の翼を広げた人間が立っていた。


 そしてもう一人、この場に意識を残した者が居た。


 ーーレギオスだ。


 首だけの状態になったレギオスは死の寸前、初めて自分を襲って来た者の姿を目にする事になった。


(そんな……お……俺の命を捨てた攻撃を受けてむ、無傷……だと……。ありえ……ない。バ、バイバルス様……こいつは……こいつ……は……き……けん……すぎま……す…………)


 レギオスの最期の想いは永遠にバイバルスに届く事はなかった。

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