二十一話・祝福の光
シャムズが投げた石は木の幹にぶつかり、コーンッと良い音を立てる。
その音を追うように次はズドンッッと、全てをなぎ倒すような破壊音が聞こえてくる。
周囲には土煙が立ち込める。
大地を揺らす衝撃に耐えながら、俺は身の毛もよだつような巨大な足の指先に向けて剣を振り下ろす。
もう同じことを百回……いやもっとかもしれない。
只ひたすら繰り返していた。
「うごぉおおおおお」
鼓膜が破けそうなほどの爆音と、生臭い何ともいえない臭いが森の中に立ち込めてくる。
シャムズは俺がこいつを倒すといった時、目と口を大きく開いてしばらく固まった。
俺はそんなシャムズを気にせずに言葉を続けた。
「俺にあいつを倒す名案があるんだが聞いてみるか?」
「いや、いいわ」
「……頼む聞いてくれ。あいつを倒すにはお前の力が必要だ、シャムズ!」
「お前ってやっぱりどこかおかしいよな? まあ、別に聞くだけなら聞いてやるが」
「シャムズが石を投げてあいつの注意を引く。その間に俺がこの剣であいつを攻撃する。これを繰り返せばいつかあいつを倒せるかもしれない」
「チッ、それのどこが名案だっていうんだ? まずその案の殆どはさっき俺が言ったことだろーが! それにそんな剣であんな化け物を殺せるはずがないだろッ!」
確かにシャムズの言うことは当然のことだった。
だが、今確かに『マシュール街の処刑人』は悲鳴を上げている。
こんな刃が潰れた剣で、非力な俺の力で。
こいつを倒せる可能性があると思ったのはゲームの設定上、武器を装備して攻撃すればダメージが0、ということはあり得なかったからだ。
ここがゲームの世界でないことは勿論分かっている。
だがこいつは、『マシュール街の処刑人』は確かにゲームに存在していたボスキャラだ。
聴覚だけを頼りに行動する特性、攻撃の種類、ゲーム時代と変わらないと言っていい。
小さな可能性だが、それに賭けるしかなかった。
『マシュール街の処刑人』のHPは566だったはず。
単純に566回攻撃を当てればこいつは死ぬことになる。
だが、一発でも攻撃が直撃すればティーファ以外は即死だろう。
それでも俺が戦えている理由はこの不思議な剣術と、一緒に戦ってくれている仲間がいるからだ。
ティーファはナイフを嘴に挟んで機敏に動き、俺以上に攻撃を当てていく。
シャムズは的確に石を投げて『マシュール街の処刑人』を撹乱する。
ゲーム時代は一人で戦わないといけない相手だったことを思い出せば、三人で戦うことがこれだけやり易いとは。
この戦い方はハメ技に近いのかもしれない。
俺と同様に、ティーファとシャムズも『マシュール街の処刑人』の唸り声を聞いて手応えを感じているはずだ。
『マシュール街の処刑人』が唸り声を上げてからも、何度も俺たちは攻撃を当てていった。
剣を振るうたびに悲鳴をあげる右腕は、もう限界をとっくに超えている。
それでもあの赤く染まった光景が体を突き動かす。
変えてみせるーーここで運命を変えてみせる。
強い思いを乗せた一撃は大きな弧を描きながら、ゆっくりとしたスピードで赤く染まった巨大な足先に当たった。
「ウガァアアアアアアアアアーー!!」
一度目の唸り声より、より大きな声が森を震わせる。
すると赤く染まった足先から鈍い光が放ち、点滅しだした。
光が点滅する間隔が早くなっていき、次第に足先は半透明となっていく。
その現象は足先を駆け上がり、脛、太腿、腹、頭、と『マシュール街の処刑人』の全身を駆け巡っていった。
「う、嘘だろ、一体どうなってやがる……」
戦闘中一度も声を出さなかったシャムズから声が漏れてくる。
パキッーーパキッ。
そびえ立つ半透明な巨体が、薄いガラスに衝撃を加えたように少しずつヒビ割れていく。
ーー崩れる。
そう思った瞬間、目がくらむような一際大きな光を放って巨体が崩れ落ちる。
それと同時に無数のガラスの破片のようなものが上から降り注いでくる。
やばい、避けられない。
剣を頭上に持っていき身構えるが、来るはずの衝撃が来ない。
ガラスの破片のようなものは剣と体をすり抜け、『マシュール街の処刑人』はこの世に存在していなかったかのように消えていった。
あいつは死んだってこと……だよな?
疑問に答えるように、脳内にファンファーレが響いてくる。
そして体が光に包まれる。
周りを見てみるとティーファもシャムズも光に包まれている。
これがレベルアップなのか?
レベルアップのファンファーレはゲームの時と同じだ……。
合計三回鳴ったファンファーレが終わると同時に、俺を包んでいた光も消えていった。
何かが変わったという感じはしないな。
これからBPを能力に割り振れば実感が湧いてくるっていうことなのか?
ステータス画面を早速確認してみると、BPの項目に90という数字が浮かび上がっている。
レベルが四でBPが90だって……?
ヤバ過ぎるだろ。
ティーファの分が入っているにしても多すぎる。
俺が上級職業の【剣帝】でプレイしていた時は、レベル五までの獲得BPはレベルが一上がるごとに三だった。
基礎能力値に割り振れば、基本的にはBPを一消費することで能力値が一上がる。
HP、MP、SPはBPを一消費することで五上がる。
現在付いている職業の種類やランク、現在の基礎能力値によって必要BPは変わっていくことになるが。
少し驚いたが差し迫った危機が俺を冷静にさせる。
BPが多い分には何の問題もない。
問題はスキル【擬似天使化】のレベルアップが出来るかどうかだ。
指先をスキル【擬似天使化】にもって行く。
……い、いける!
「いけるぞ!! レベルアップができる! よしッ、よしッ、よしッ!!」
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BP40を消費して【擬似天使化】をレベル2にしますか?
《YES》 《NO》
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勿論YESに決まっている。
【擬似天使化】1/2
・このスキルを使うことで限られた時間の間、天使となってその能力を使うことが出来る。
・レベル1で十分間、擬似天使化が可能である。以後、レベルが1上がるごとに五分ずつ時間が伸びる。
・リキャストタイムは十日間。
・消費MP、SPは0。
・スキルレベルが上がるごとに使用可能回数が増える。
よしっ、【擬似天使化】の使用回数の所が一回分使えるように変わっている。
これでライチ村に帰れる……皆んなと会えるんだ。
流れてくる涙を振り払うように顔を上げると、そこには顔を真っ赤にさせて興奮しているシャムズが立っていた。
「おいシンヤ、聞いてくれ!! 俺の天職が変更できるようになったんだ。しかも聞いたことのない天職だぞ!?」
「そうか、良かったな」
興奮している所悪いけど、今は早く帰りたいんだ。
「おい、おい、素っ気ねーな」
確かに命を懸けて一緒に戦ってくれた相手にこれは駄目か。
「シャムズ、有難う。お前のお陰で化け物を倒すことが出来た」
「まあ、俺もこのまま村に帰るのもアレだったし……それに約束のこともあるしな」
約束とは、『マシュール街の処刑人』と戦う前に、シャムズからの協力を得るためにした約束だ。
第一に、シャムズがライチ村に帰るまで【精霊湖の水】を貸し出すこと。
第二に、ライチ村に帰ったらシャムズに剣術を教えること。
この二つの約束だ。
二つの約束なんてライチ村が救われるなら幾らでも守ってもいいことだ。
右手をポケットに突っ込むと、アイテム欄の【精霊湖の水】を選択した。
「ああ、分かってるよ。約束は守るさ」
右手に出てきた【精霊湖の水】をシャムズの前に差し出す。
シャムズは後頭部を人差し指で掻くと、少し照れた様子で俺の手から【精霊湖の水】を受け取った。
「まあ、俺もレベルが一気に上がったからか、足の痛みもだいぶマシになった。時間をかければライチ村に帰れるから……お前は行ってこいよ」
「そうだな……行ってくる」
ティーファを呼ぶと、シャムズに背を向けて歩き出す。
俺もこの世界に来てから変わったと思うけど、シャムズもこの数日でかなり変わったと思う。
まさかこいつの口から『俺が残るからお前は行け』なんて言葉が出てくるとは三日前には思いもしなかった。
「おい、もう一つの約束も忘れるなよ」
「分かってるよ。シャムズ! お前、変わったよな」
シャムズの方に振り返ると、自然と小さな笑みを浮かべて冗談を言っていた。
「チッ、知るかよ」
シャムズはもう一度照れ臭そうに後頭部を指先で引っ掻いた後、手の平を上下に振ってさっさと行けという合図を送ってきた。
人は切っ掛けがあればシャムズのように変われるのかもしれない。
もしかしたら俺が知らないだけで、今のシャムズが本当の姿なのかもしれない。
どっちかは分からないけどライチ村に帰れば、今度は腹を割って話せるかもしれない。
ホルホルの森を駆け抜けながらそんな風に未来を思い描いていた。
そしてある程度走った所でスキル【擬似天使化】を行う。
「飛翔」
ティーファを抱いた俺は宙に舞う。
『マシュール街の処刑人』と戦い出した時は日が出て直ぐの頃だったのに、今は日が真上にきている。
想像以上に長い時間を戦っていたみたいだけど、まだ間に合うはずだ。
翼を羽ばたかせて遥か空の上を目指す。
人が変われるように運命も変えられる。
そう信じて。