二十話・一筋の光
「嘘だッ、嘘だッ、嘘だッ、あんなこと有り得ないッ!!」
「ファッッ!?」
「一体なんだっていうんだ!?」
有り得ない、あんなこと絶対に有り得ないんだ。
どうして皆んなが殺されなくちゃいけないんだ?
どうして……。
「お前、こんな夜中にいきなり大きい声出すなよ!」
俺のせいなのか?
俺が黒のマスに止まってしまったから、皆んなあんな酷い死に方をしないといけなかったのか?
「 お前が言ったんだろ。大きい声を出すと怪物が襲ってくるって」
俺がライチ村に来なかったらあんなこと起こらなかったのか?
「聞いてるのか? シンヤッ!」
俺が……。
「うっ」
あの光景を思い出すと眩暈と強烈な吐き気が襲ってくる。
「ファッッ?」
「お、おい大丈夫かよ……」
暫くの間立ち上がることもできず、胃の中には何も残っていないはずなのに吐き続けた。
その間、何度もあの光景が繰り返し頭の中で再生される。
村人を踏み潰すマシュール街の処刑人。
パムの畑に集まる異形の化け物達。
綺麗に並べられた村人の首。
その首に齧り付く紫色の肌をした人型の魔物。
もう俺には何も残っていない。
帰る場所も、待っている人も。
全部俺のせいだ。
俺が近くにいれば誰かが不幸になる。
俺はこの世界に居てはいけない存在なんだ。
それでも……俺にはやるべきことが一つある。
あいつらをーーあいつらを必ず殺す。
どんな手を使ってでも、どこに逃げても、必ずだ!
明日の昼前には擬似天使化でライチ村に帰ることができる。
そこで魔法を使って全滅さ……ま……ほう……か。
擬似天使化……神聖魔法……黄金律の宴、復活?
生き返らせることができる?
いや、黄金律の宴の使用回数は一回でリキャストタイムは丸二日だ。
しかも生き返らせることが出来るのは、死んでから十日以内だったはず。
ということは、生き返らせることが出来るのは一人。
選ばないといけないのか? 誰を生き返らせるのかを。
そんなこと出来るわけないだろ。
何かないのか? 全員を生き返らせる方法が……何か!
突拍子のないことでも可能性を捨てずに、生き返らせる方法を考えていく。
そしてある疑問が脳裏を掠めた。
今は夜、でもライチ村での出来事は明るい内の出来事だった。
あれはもう終わった出来事なのか?
それは有り得ないはず。
俺がダイスで黒を出したのはさっきだからだ。
だとすればあの光景が起こるのは早くて今日の朝!
まだあれは起こっていないんだ。
防げる!
いや、防ぐ!
あの光景が必ず起こる運命だというなら、俺は運命を捻じ曲げてでも皆んなを助ける。
こんな所でグズグズしていられない、急いでライチ村に帰るんだ。
気が付けば、いつの間に強烈な吐き気は無くなっていた。
焦る気持ちを抑えて顔を上げる。
「ティーファ、シャムズ、起きろ! って、二人ともいつの間に起きてたんだ?」
夜空に浮かんだ星々から降り注ぐ淡い光が、二人が起きている姿を僅かに映し出す。
二人とも何故かこっちを見ているようだ。
「ファッッ!!」
「大丈夫なのか? さっきまでのお前、おかしかったぞ」
ティーファがいつものように俺の膝に乗ってくる。
「ああ、なんとか大丈夫だ。早速だが、今からライチ村に向けて出発する」
「はっ? 今からって何寝ぼけたこと言ってんだ?」
「上手く説明できないけど、ライチ村がヤバイんだ。早くて今日の朝にはあの化け物がライチ村を襲うことになる」
「あの化け物がライチ村に!? どうしてそんなこと分かるんだ?」
「俺の能力、予知夢みたいなもので分かったんだ。とにかく俺はライチ村に行く。じゃないと、皆んな……皆んな殺されるんだ」
「お前の言動からして嘘を言ってるとは思わねーけど、お前が行ってどうにかなる話なのか? それと、この暗闇の中をどうやって歩いていくつもりだ? 今俺たちは何処にいるのかも分からないんだぞ? どう足掻いても今日の朝にライチ村に帰れるわけねーだろ!」
そんなことーー言われなくても分かってる。
ライチ村に俺が帰ってもあの数の魔物と、『マシュール街の処刑人』相手に何か出来るわけじゃない。
それでも……俺は今やるべきことをしたいんだ。
「俺はそれでも……行く」
「まあ、待てって。少しは話を聞けよ」
立ち上がろうとする俺をシャムズが引き止める。
「自分で言うのも何だが、俺は悪知恵だけは働く男だ」
「確かにそうだな」
「そんな俺が思いついた名案があるんだが、聞いてみるか?」
どうせ大した案じゃないだろうけど聞いてみるか。
「ああ、聞いてみる」
「あの化け物は音に反応する。そうだな?」
「そうだ」
「俺たちが初めて襲われた時は確か、かなり遠くから化け物がやって来たはずだ。ということはあいつの耳は相当良い」
「そうだろうな」
「化け物がライチ村に行く前に、俺たちが大きな音を出して化け物を呼び寄せれば良いんじゃねーか? 近付いてきたら音を出すのを止めて、化け物が居なくなるのを待つ」
「居なくなったらまた音を出す……か」
「そういうことだ」
確かにそれは名案のように思える。
けど、ライチ村を襲った魔物は一体じゃない。
少なくとも百体は居たように見えた。
俺の沈黙を破るようにシャムズは語り出す。
「はっきり言って俺はライチ村が嫌いだ。あんな畑以外何もない村なんて糞食らえだ。それでも俺が冒険者になって有名になった時、見返す相手が居ないのはつまらないからな……。俺がここに残って化け物を引き付けてやる。だからお前はライチ村に行け!」
「馬鹿言うなよ。その足であの化け物から逃げ切れるわけないだろ」
「化け物が音にしか反応しないからにはそれ相応のやり方があるんだよ、ッッと」
シャムズから聞こえてくる言葉が終わったすぐ後に、遠くの方から何かがぶつかる音が聞こえてくる。
「今の音は、もしかして石を投げたのか?」
「これなら動けない俺でも音は出せるからな」
この方法ならかなりの確率で安全に『マシュール街の処刑人』を引き止めることができる。
シャムズに任せて良いのか?
ここで任せることが今出来る最善のような気がするーーが、どうしても決断する踏ん切りがつかない。
この場を任せることがダイスの結果を、運命を捻じ曲げることになるのか?
ほんの僅かな疑問。
本当に『マシュール街の処刑人』を倒すことはできないのか?
一筋の光が見えたからこそ、冷静に物事が見えてくる。
あいつの攻撃さえ受けなければ不可能ではない。
もしあいつを倒すことが出来ればゲーム上では大量の経験値が貰えていた。
レベルが上がれば擬似天使化のスキルレベルを上げることが出来る。
選べる道は他にもある。
それでも、あいつをここで倒せばあの光景通りのことは起こらない。
ここであいつを倒せばダイスの結果を、運命を捻じ曲げられる。
自然と握られた拳は自分でも想像できないほどの力が込められていた。
俺は自らの意思で更に強く、拳を握り締める。
強く、強く。
「シャムズ、俺はあいつと……あの化け物と戦うぞ」




