十七話・四人一緒
「四十八……四十九…………ご……じゅうッ 」
俺は手に馴染んできた剣を地面に突き刺すと、勢いよくその場に座り込んだ。
「はぁ、はぁ、しんど」
沈んでいく夕日を見ながら荒くなった息を整えていると、ティーファが俺の膝上に飛び乗ってくる。
それに合わせてルークとエレナの声が後ろから聞こえてくる。
「シンヤ、そろそろ帰ろう」
「ああ、そうだな。今日も待たして悪かったな」
ティーファを膝から下ろすと、もう一度呼吸を整えるために大きく深呼吸をしてから立ち上がる。
アビスの鏡を倒してから今まで以上に時間を割いて、修行に取り組むようにした。
実際に戦ってみて、自分自身に対する情けなさと力のなさを痛感したからだ。
「気にするなよ! 俺もいつか親父みたいに冒険者になって世界中を旅するんだ。だから俺も少しだけ剣を振れるのは嬉しいんだ!」
「あー、まだ冒険者になること諦めてなかったんだ。お父さんに絶対ダメって言われたのに!」
「必ず説得してみせる。だからそれまではお兄ちゃんが剣を振っていることは、親父に内緒だぞ?」
エレナは少しだけ首傾けて、少しの間だけ考えるような素振りを見せると、何か面白いことが思い浮かんだように口を開いた。
「じゃあ黙っててあげるから、お兄ちゃんが冒険者になる時はエレナも一緒になるから。それで、シンヤと三人でパーティーを作るの!」
「え? 俺も一緒に冒険者になるのか?」
「そう! 三人で世界中のダンジョンに行ってお金をいっぱいもらうの! それでお父さんとお母さんを楽にさせてあげるの」
ルークは眉間を寄せて渋い顔をすると、楽しそうに笑うエレナに向かう。
「……お兄ちゃんはエレナが冒険者になることに反対だ」
「お兄ちゃんだけズルい! エレナも絶対になるもん! 置いてけぼりは絶対嫌だもん。シンヤだって三人一緒の方がいいよね?」
少し目に涙を浮かべたエレナが、強く訴えかけるようにして俺の方を見つめる。
ここで言葉を間違えるとエレナに当分の間、拗ねられそうだ。
なんて答えるべきか……冒険者か……。
俺はこの村で、全員一緒にこれから先も暮らしていくつもりだったからなあ。
でもルークはこの先、冒険者になってライチ村を出ていくのか。
ずっと一緒だとなんとなく思っていたけど、いつか別れが来るのかもしれない。
そう考えると三人一緒に冒険者になるのは悪くないのかもしれないな。
モンスターを倒せば俺のレベルだって上がるかもしれないし、ティーファだって上がるかもしれない。
とにかく現状ではレベルを上げないと話にならないんだから。
「俺は三人で旅をするのは賛成だな」
「シンヤ!!」
違う意味を持った相反する大きな声が響く。
しばらく兄妹の言い争いに巻き込まれてしまい、いい加減お腹が空いたので話を切ることにする。
「もちろんルークがルイスさんに許可を貰ったらの話だから、どうなるか分からないさ。そんな分からない話で喧嘩してもしょうがない、もう帰ろう。ティーファも待ちくたびれて……」
俺が後ろを振り返ってティーファの方を見ると、細かいサイドステップを使いながら小さな翼を動かしたり、嘴を前に出したりしている。
まるでシャドーボクシングをしているような動きだ。
まんまるした雛鳥が、シャドーボクシングに似た動きをしている姿は笑ってしまいそうになるが、ティーファの瞳は真剣そのものだ。
新しい遊びでも思いついたのかもしれない。
「ティーファ、なにやってるんだ? さあ帰るぞ」
「ファッッ!」
ティーファは俺の声に反応して一度こちらを見るが、そのヘンテコな動きを止めようとしない。
何時もなら俺が言ったことを喜んで守るのにどうしてだ?
反抗期にでもなったのか?
そう思った時、エレナがくすくす笑いながら話し出す。
「ティーファ、さっきのお話を聞いて自分が置いていかれると思ったのかも」
「だからアピールするために必死に動き回っているのか」
さっきまで喧嘩していた二人が、肩を並べてティーファを見つめて笑っている。
にしても、俺がティーファを置いていくわけがないだろ。
本当に馬鹿だな。
まあ、そこが良いんだけどな!
「ティーファ!! 俺とティーファはずっと一緒なんだから、置いていくわけないだろ」
ティーファは動きを止めて、いつもより少し不安げな顔をしてこちらに体を向けた。
俺は続けて、ティーファに向けて声をかける。
「旅に出る時は四人一緒だ!」
「ああ、四人一緒だ!」
「うん、四人一緒だもん!」
ティーファは一度体を震し、そして勢いよく走り出して俺の脛に体当たりをしてくる。
あまりの勢いに後ろに転けそうになるが、後ろにいたルークが俺を支えてくれた。
「ファッッ!!」
怒っているのか喜んでいるのか分からないけど、ティーファは一際大きな声を上げた。
足元を見ると目をウルウルと輝かせて、俺の足に頬擦りしているので喜んでいるみたいだ。
俺はくっ付いて離れないティーファを抱きかかえて、家に帰ることにした。
△▲△▲△▲
「それでは、四人一緒に行って来てもらう」
「はい」
俺とティーファ、そして不良三人組は、村の小さな門の前で、今回の成人の儀式の責任者であるモリスさんに最後の確認を受けている。
モリスさんは二十代か三十代くらいの年齢で、ハキハキとしていて頼りになりそう大人だ。
俺を見る目も他の村人の大人ほど厳しいものがない。
何と言ってもマリンちゃんの父親だと言うのだから驚きだ。
そしてマリンちゃんに兄がいて、ちびっ子ギャングの内の一人らしい。
「先に説明したように、どれだけ遅くとも四日後の日が暮れるまでに帰ってくること。いいな?」
「はい」
不良たちもモリスさんの前では殊勝な態度で返事をしている。
「では、気を付けてな」
「行って来ます」
俺たちはこれからホルホルの森の奥地にある、トンガの実を取りに向かう。
事前に見せもらった地図では、ライチ村からナップル川沿いに沿って南の方向に向かって進んでいくと、ナップル川の源泉であるカイス湖に辿り着く。
カイス湖のほとりにトンガの木が生っているとのこと。
村長やルイスさんの話では歩いて丸一日の距離らしいので、トラブルがなければ二日後の日が暮れるまでには帰って来れるかもしれない。
トラブルがないといいけど……。
俺が持っている荷物は、村から支給された大きな麻袋と、そこに入っている蒸したパムの芋やパンだ。
それに加えてそれぞれ護身用に渡されたナイフと、訓練用の剣を持ってきている。
剣は俺が村長に無理を言って持ってこれるように頼んだのだ。
村長が俺に合うようにベルトを見繕ってくれたので、今は俺の腰に差さっている。
不良たちも同じように麻袋と食料、護身用のナイフを持っている。
護身用のナイフは基本的に獣が出た時の為のものだが、トンガの実を採取する時にも役立つ。
いざ長時間歩き始めると、不良たち三人は横一列に談笑しながら歩いているのに対して、俺は必死にその後ろから付いて歩いている状態だ。
剣を持っている分、俺の方が重量があるので疲れやすいのは当然だが、悔しいことにやっぱりステータスの差が出てしまうみたいだ。
ティーファは疲れ知らずな感じで、軽快な足取りで俺と不良三人の間を進んで行っている。
ティーファには前回の反省から攻撃された場合は逃げること、逃げられない理由がある場合は反撃してもいいという風に言ってある。
まず第一に考えることはティーファ自身が傷つかない様にすること、と言ってあるから大丈夫だろう。
色々と考えながら進んでいると、前を歩いている赤黒い色の短髪をした男が突然立ち止まる。
こいつの名前はシャムズで、父親と二人暮らしをしているらしい。
それに合わせて残り二人の男がこちらを振り返る。
シャムズの左の男が左右違う髪の色をした男で、名前はアゴン。
五人兄弟の真ん中で、髪の色が左右違うことで両親から疎まれているらしい。
シャムズの右に立つ男はライチ村では一般的な、オレンジ色に近い赤色をした横の二人や俺よりも一回り小さい男だ。
名前はダックといい、三人兄弟の一番上らしい。
それぞれ、母親がいなかったり、家族から疎まれたり、背が小さいという理由で村の人間から距離置いて、いつも三人一緒に行動して働かずにブラブラしていたようだ。
この情報は村長から直接聞いたので間違いないだろう。
シャムズは一度ティーファの方に視線向けると、小さく舌打ちをして俺の顔を見る。
「お前はもっと速く歩けないのか? 顔がゴミなら能力もゴミだってわけだ」
それに合わせて横の二人が悪口を口々に話していくが、俺は何時ものようにスルースキルを使って、三人の気が収まるのを待った。
手を出してきたらやり返すつもりだが、俺の悪口なら幾らでも言わしておけばいい。
それにしんど過ぎて言い返す気力も湧いてこない。
何度もこいつらの悪口を聞きながら、早朝に村を出てから初めての休憩を取ることにした。
今はもう太陽の位置から見ても昼前くらいだろう。
よくここまで休憩なしで歩いてこれたもんだ。
疲れた体を休める為に木にもたれかかって座り込み、麻袋を開けてパムの芋を取り出す。
そしてパムの芋にかじりつこうとした時、木の陰から手が伸びて俺の手首を掴んだ。
「おっと、誰が食べていいって言ったよ? お前はまず俺たちが飲む水を汲んでこい」
疲れてお腹が空いているところに、この人を馬鹿にした口調に少しムッとなるが、問題は起こさないようにとしないと、と心の中で念じて大人しく従う。
水を汲んで戻ると、今度は三人が食事を終えるまで周りの警備をしていろと言われた。
それにも従って俺は疲れている中、立ったまま三人が食事を終えるのを待った。
そして三人は食事を食べ終えると、直ぐに立って麻袋を背負い込んで歩き始めた。
「そこのブサイク、何やってんだ! ほら行くぞ!」
「いや、俺まだご飯食べてないんだけど?」
「お前は歩くのが遅くて俺たちに迷惑かけてるんだから、一日一食だ。当たり前だろ!」
「お前の分は俺たちがしっかりと食べてやったから、袋の中が軽くなってよかったな」
「ちゃんと感謝しろよ?」
確かに袋を持ってみるとさっきまでよりも軽くなっている。
こいつら……四日分の食料があるんだから自分のを食べろよ。
「お前みたいなゴミでも、帰りに四人分の荷物を持って帰る仕事が残ってんだからしっかりと付いて来い!」
こいつら……学校のクソ野郎達よりもタチが悪い。
それでもついていくしかないか、別に命を取られるとかじゃないしな。
俺は空腹と、体力の限界で、進むペースについていけずに日が落ちる前に視界が真っ暗になり、倒れこんでしまう。
目を開けると、ティーファが心配そうに俺の頬を嘴でつついている。
「チッ、テメーのせいで今日中にカイス湖にたどり着けなかったじゃねーか」
「どう責任取るんだよ?」
「お前のせいで俺たちは迷惑してるんだから責任取れよ」
「…………」
責任を取れって言われても、な。
「ゴミが何も言わないから、この食料は俺たちが使うことにするか?」
「しょうがねえな! 貰ってやるか」
「ちゃんと反省しろよ」
シャムズは俺の麻袋を持ち上げると、中に入っていた食料を抜き出して、自分たちの麻袋に入れ替えだした。
そしてシャムズの手から投げられた麻袋がふわりと浮いて、俺の膝元に落ちてきた。
麻袋には何の重みもなく、中に何も入っていないことが直ぐに分かった。
こ、こいつら、俺に二日間……下手したら三日間何も食べるなっていうのか?
幾ら何でもそれはふざけすぎてるんじゃ……。
「ゴミ! お前が腰につけている剣、俺に貸してみろ」
「あっ、シャムズずりーよ。俺もあの剣欲しかったんだよ」
「俺もどんな感じか一回、振ってみたかったんだよ」
「それなら、誰のものにするか石当てで決めようぜ」
「的はどうする? ブサイクだとデカすぎるし……」
アゴンは視線を泳がせていくと、一つの場所で止まった。
それはティーファの方だった。
俺は嫌な予感がして疲れが少し取れた体を起こして立ち上がる。
「あれは丁度いいサイズじゃないか?」
アゴンはニヤつきながらティーファの方を指差した。
それに対して残り二人もニヤニヤしながら同調する。
三人は視線を合わせて一度頷いてから大きな声で話し出すと、ティーファめがけて走り出してきた。
「あの豚鳥を捕まえるぞ!!」
「的にした後、焼いて食べようぜ!」
「久しぶりの肉だ!」
俺は剣を鞘から抜いてティーファの前に立ち、剣を三人に向けて相対する。
三人は慌ててその場に止まると、腰からナイフを取り出した。
「ぷッ、はっはっ! 刃が潰された剣をこっちに向けてどうしたんだよゴミ?」
「ついに怒りましたってか? 全然怖くねー」
「まあ、でも俺たちも剣を向けられたら反撃するしかないよな?」
「ああ、そりゃそうだ。俺だって殺されたくねーよ」
「たまたま反撃して死んじまってもしょうがねーよな?」
「剣を向けられて怖くてちびりそうだけど、殺されたくねーからな。しょうがないよな」
三人は俺を囲むようにしてそれぞれ間を空け出した。
いつ飛びかかってきもおかしくないと感じたその時ーー『ウオオオオォォ』と耳をつんざくような大きな雄叫びが響き渡る。
「一体な、なんだ今の」
ダックは目を見開いて二人に話しかけている。
それに対してシャムズは音の発生源に体を向け、手を耳に当てて一つ一つを聞き漏らさないようにして小さい声で話し出す。
「分からない……分からないけど…………何かの足音が………近付いて……………くるっ!」
「一体何なんだよ!!」
「どうする? 木の上にでも隠れるか?」
確かに何かの足音がこちらに向かっている音がする。
あの叫び声は一体何なんだ?
この足音は一体……。
「分かんねーよ!! 自分で考えろよ!! 俺は逃げるぞ!」
シャムズは苛立ちを隠さないようにして、大きな声を出した。
するとその足音はこちらの場所を正確に把握したように、間隔を速めてこちらに向かってくる。
ドシッーードシッーードシッ
「逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!」
シャムズは声を上げると走り出した。
その声を聞いて他の二人も遅れて走り出す。
「ティーファ、逃げるぞ!!」
「ファッッ」
それぞれが、それぞれの方向に向けて走り出す。
誰もがこの状況を理解していないけど、誰もがここに居たらヤバイと感じたはずだ。
兎に角離れないと、早く離れないと。
俺の体がこの場にいることを拒否している。
足が本当に地面を捉えて走れているのかさえ分からなくなるほど、生きた心地がしてこない。
ーーべチャッッ
後ろから何かが破裂したような音が、俺の鼓膜を震わせた。




