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十五話・戦う覚悟

 ヤバい、ヤバい、時間がないって。

 このままだと擬似天使化が解けて空から落下して死んでしまう。

 森の中に降りよう。


「中距離転移」


 よし、村の方向は上空から分かったからここからは森の中を走って行こう。

 久々の爆走モードだ!


 村の方向に全速力で走っていくが、すぐに擬似天使化が解けてしまう。


「ふー、やっぱり結構ギリギリだったのか……危なかった。少しカッコつけすぎたか」


 あの盗賊が長話を始めようとするから焦って変な言い訳してしまったけど、もう会うこともないだろうし、いい感じに神秘的な雰囲気を出せたから布教に関しては成功だろう。

 そして何よりあの人可愛かったなあ。

 この世界に来て、いや、俺が生まれてから見てきた中で一番タイプの女性だ。

 もう会うことがないのが残念だが。

 まあ、顔つきを比べてもどう見てもお姫様と、それを襲う盗賊たちっていう感じだったしな。

 盗賊もあっさりと白状したし、俺の予想通りだった訳だ。


「やはり」


 これが盗賊たちにかなり効いてたよな。

 練習してきた甲斐があったというものだ。

 村長みたいに渋さを出すのが難しいんだよな、これ。

 もう少し練習しとくか!



 三十分ほど歩いただろうか、村の建物が遠目から確認できる所まで戻ってきた時、聞きなれた話し声と笑い声が聞こえてくる。

 その声を聞いて俺は思わず木の陰に隠れた。


「ぷっぷっ、あの豚鳥の禿げた姿を思い出しただけで吹くわ」


 豚鳥?

 あいつら何言ってるんだ?


「あんなのが可愛いなんて村の奴らも馬鹿ばっかりだな」

「ずっと丸まってプルプルしやがって、根性ない所がそっくりだよな」

「しかも飼い主が史上最悪の不細工だしな」

「あの不細工も驚くんじゃないのか? 綺麗さっぱりした豚鳥の姿に」


 ま、まさかティーファのことを言っているのか!?

 最悪状況を想像した瞬間、全身が凍りつくよな感覚に襲われる。


「ああ、そうだな。俺たちが苦労して全部毟り取ってやったんだからお金をもらわないとな」

「村長とルイスの野郎がいなけりゃ、あの豚鳥ぶっ殺してやったんだがな」

「ん? 何か音がしなかったか?」

「野ウサギかなんかだろ」



 ティーファ!

 ティーファ!

 ティーファ!


 全速力で村長の裏庭を目指して走った。

 湧き立つ焦燥感が体の限界を超えて、俺を衝き動かす。


 あいつらティーファに何かしてたら絶対に許さない!

 許さな……な……。


「ティーファ!! 嘘だろ!?」


 今日、俺と別れた場所でティーファは体を真っ赤にした状態で倒れていた。

 あいつらが話していたとおり全身の毛を抜き取られた状態で。

 ティーファに駆け寄ってすぐに抱きかかえる。


「ティーファ待ってろよ! 今から村長の家に行って治療してもらうからな」

「ファッッ!」


 ティーファは俺の言葉に元気よく返事をした。

 驚いてティーファの顔を見ると、さっきまで閉じていた瞳が今はキラキラと輝いている。


「ティーファ、大丈夫なのか?」

「ファッッ!!」


 ティーファは大きな返事をしてから頷いた。

 あれ? こんなに血を流しているから大丈夫なはずがないないんだけど……。


「とにかく、村長の家に行くぞ!」

「ファッッ!」



 ティーファを抱えたまま走って村長の部屋に駆け込んだ。


「村長!! ティーファを診てやってください! お願いします!」

「なんだ? 騒がしい……ど、っどうしたんだその姿は!」


 村長は椅子に座った状態でこちらに振り返ると、驚いた顔をしながら立ち上がる。

 俺に近づいて来てティーファの体を観察していった。


「これは酷いな……。全部の羽毛が無理やり毟り取られておる。少し待っておけ」


 村長は渋い顔をしてそう言うと、部屋から出て行った。


「本当に大丈夫なのかティーファ? 」


 ティーファは相変わらずキラキラした瞳をして頷いた。

 そ、そうだ! ステータスだ!

 HPを確認すればいいんだ。


【HP】530


 減ってないというか……最後に見た時よりも増えているんだけど?

 どういうことだ?


【HP】欄を指で押すと、530/550という数字が出てきた。

 最大HPから20減っているな。

 最大HPが増えているのは今日のご飯が影響しているのか?

 状態異常もないしステータス的には全然大丈夫だな。

 良かった……本当に良かった。


「ゴメンなティーファ。俺がしっかりと見てなかったから、目を離したせいで痛い思いさせてしまった。今は治せないけど、後十日したら治してやるからな」


 抱きしめたティーファの体に、俺の目から溢れ出た涙が落ちてしまう。

 傷ついた体に俺の涙は痛むだろう。

 服の袖で涙を拭って溢れないようにするけど、どうしても止まらない。


「俺が人を襲うなって言ったこと守ってたんだな……。ごめん、ティーファ」


 こんなに悔しくて、こんなに悲しくて、こんなに怒りに震えたのはいつ以来だろう。

 泣いたのは母さんが家を出て行った日、以来かもしれない。

 あの日から俺は全てに対して諦めたんだ。


 家族、愛情、友達、希望。


 いつもヘラヘラしていれば嫌なことは早く過ぎ去ってくれた。

 何かあっても深く考えないようにすれば辛い気持ちは減っていった。


 そんな俺でもやっと……大切な家族が出来たんだ。


 家族を傷つけられてヘラヘラなんて出来ない。

 考えないようにしないなんて出来ない。


 ティーファの傷ついた体を見ると胸が苦しくなって、あいつらの笑い声が何回も響いてくる。

 ティーファが受けた痛みは……絶対に返してやる。



 俺が心の中でそう誓った時、扉の向こうからバタバタと音を鳴らして何かが向かってくる。

 多分村長だろう。

 すると勢いよく扉が開いた。

 手の中に小さい水筒ようなものを手にした村長が扉の向こうから現れた。


「これを飲ましてやるといい」


 村長から手渡された水筒ような物の蓋を開けると、中には緑色の液体が入っていた。


「この液体は一体何ですか?」


 青汁のような毒々しい見た目に思わず聞いてしまう。


「それは血丸草をすり潰した液体でな、それを飲めば傷口の治りが早くなる」

「村長、ありがとうございます! ほら、ティーファこれを飲め」


 ティーファの口元に水筒を持っていって、液体をユックリと流し込む。

 ティーファは一口飲んだ後、苦々しい顔をしたけど全部飲みきった。


「うむ、流石に羽毛が生えてくることはないが血は止まっているようだし、安静にしておれば大丈夫だろう」


 村長はティーファの体をつぶさに観察して言った。

 俺はティーファを挟み込まないように少し腰を曲げて頭を下げた。


「ありがとうございました」

「ティーファが傷つくのはワシも許せんからな。それで、一体何があった?」


 村長に森であいつらが言っていたこと、走ってティーファを探したら血だらけで倒れていたことを話した。


「俺が、ティーファから目を離したせいで……」


 村長は俺の肩を二回ポンポンと叩くと、優しい口調で話し出した。


「生きている者同士が二十四時間ずっと一緒にいるなんてことは出来るものではない。例え親子だったとしてもだ……。シンヤが親として良くやっているのは、身近で見てきたワシが知っておる」


 村長は俺とティーファの目を順に見つめて話していく。


「今回の責任はシンヤにあるのではなく、悪ガキどもをシッカリと管理していなかったワシに全ての責任がある。申し訳なかった。ティーファ、シンヤ」

「そ、そんな、全て俺の責任です。村長、頭を上げてください」


 村長は頭を上げると俺の目を一点に見つめて口を開く。


「明日にでも村の衆を集めて、今回のことを取り上げて必ず罰を受けさせることを約束する。だからシンヤ! 安易な行動に出てはいかん。今ある気持ちを収めるのは難しいのは分かる! 分かるが、今問題を起こせば例え理由があったとしても、村の衆からまた追い出せという声が上がるだろう」

「……分かりました」


 納得はいかないけど、恩人である村長にそこまで言われたら任せるしかない。



 村長の家でお昼ご飯を食べながら今回のことを考えていた。

 一緒に居たらティーファを守ることが本当に出来たのか?

 天職を得たばかりの子供と同じくらいの力しかない俺だと、本気で来られたらどう足掻いても三人相手に守れない。

 これから先こんなことが起きないとは言い切れない。

 このままだと駄目なんだ。

 俺はティーファの親なんだ!!


 今回のことで俺は再認識させられた。

 ティーファが俺にとってどれだけ大切なのかを。

 大切な何かを守るためには今のままでは駄目なのだと。


 俺に出来ることって何があるんだろう?

 布教活動、レベル上げ、毎日の運動、それ以外に何かないのか?

 俺はこの世界について知らなすぎる。

 もっと積極的にならないと!


「村長! 俺、強くなりたいです」

「黙り込んでいると思ったら、そんなことを考えておったか」

「俺が居ない時にティーファが傷つくのは嫌だけど、俺が居るのにティーファが傷つくのはもっと嫌なんです! 俺はこの世界のこと全然知りません。だからどうすれば強くなれるか教えてください」

「うーむ、強くなりたいか……。地道に天職に合った仕事をしてレベルアップをするか、剣を振るなりして技術と体力を磨いて戦闘が得意な職業に転職するかだな」

「それだけしか方法はないんですか?」

「簡単に強くなれるなら、みなダンジョンで大金を稼いでおる」


 いきなり強くなろうだなんて、簡単な話はなかった。

 地道にコツコツと布教活動するしかないのか……。

 いつになったら俺のレベルは上がるんだよ。


 村長はご飯を食べ終えたのか、そそくさと部屋から出て行った。

 俺も今日は仕事が遅れているのでご飯を掻き込んで、ティーファが入っている籠を持ち上げた。

 籠は怪我をしているティーファのために村長から譲ってもらったのだ。

 ティーファはいつものようにグッスリと眠っている。


 家から出ると村長が玄関先に立っていて、手に何かが握られている。


「シンヤ、これを振ってみろ」


 村長から手渡された物はズシリと重くて、手の平に冷たさが染み渡ってきた。


「村長これは?」

「簡単に強くなる方法はないが、地道に強くなる方法は確かにある。この剣を振り続けることだ。どうする? 簡単にいかないことは諦めるか?」


 剣なんて持ったことがない。

 ましてや振ったことなんてこれまでの人生で一度もない。

 でもこれで強くなれるなら、少しづつでも強くなれるなら。


「村長、やらせて下さい。お願いします」

「振っていい場所は裏庭の中だけだ。後、仕事は今までどおりしっかりとこなすこと。いいな、シンヤ?」

「分かりました!」


 鞘を抜くと刃の部分が潰されていて、柄の部分は手垢まみれだ。

 全体的に使いこなされている感じがする。


「村長、これは誰かが使っていたんですか?」

「うむ、まあそういうことだ」


 村長はお茶を濁すような態度だったので、深くは聞かなかった。


 その後、村長の指導の元に剣をフラフラさせながら何度か素振りをこなしてみた。

 村長からは肩を叩かれて一言、頑張れと言われた。

 意外と才能があるのかもしれない。

 これから毎日頑張って素振りをするぞ。




 △▲△▲△▲




 ライチ村に来てから九十日目。

 不良三人組はティーファを傷つけたことが村中の人間に知れ渡ってしまい、あれから大人しく村の仕事をこなしている。

 次に問題を起こせば、村からの追放が決まっているのも影響していると思う。


 と最初の数日は思っていたのだが、実は違うのかもしれない。

 この村では二年に一回成人になる儀式があって、男は十三歳になると一度は参加しなくていけないらしい。

 俺は十六歳なので関係ないと思っていたのだけど、どうやらこの村では成人の儀式を迎えないとずっと半人前扱いらしい。

 儀式の内容はホルホルの森の奥地にある、トンガの実を採ってくることだ。

 トンガの実はこの時期にしか収穫できない甘味類だ


 今年の成人の儀式を受けるのは四人、あの不良三人組と俺だ。

 村長とルイスは別の日に俺だけ行うようにしてくれるように計らってくれたのだけど、村人の反対に遭って一緒に行うことになった。

 村人が言うにはこの儀式の目的は度胸をつけることと、同じ世代の仲間と協力し合うことらしいからだ。


 儀式の日は八日後だ。

 あいつらが大人しいのも何か企んでいるいるのではと俺は考えている。

 考え過ぎならいいけど。


 ティーファの体は寝て起きたらいつものフサフサの毛が戻っていた。

 どうして村長の家に戻っていなかったのかティーファに聞くと、不満げな顔をして嘴で腕を突いてきた。

 色々と理由を聞いても間違っているのか、クリクリした瞳を細くする。

 そして俺が帰ってくるのが遅かったからか? と聞いたら、満足げに頷いた。

 ティーファが喋れたらもっと上手くコミュニケーションが取れるのにと、少し痛む腕をさすりながら思うのだった。




 今日は天界の日だ。

 いつもなら嬉しくて喜ぶ日のはずが、今回に限っては憂鬱だ。


 俺の視界の先にはハズレマスが大量に並んでいる。

 何度見てもその光景は変わらない。


 一つ先は、茶色のマス。

 二つ先は、青色のマス。

 三つ先は、茶色のマス。

 四つ先は、青色のマス。

 五つ先は、赤色のマス。

 六つ先は、黒色のマス。


 最近は悪いことの後には良いことが続く傾向があるからな。

 そうですよね? 神様。


「だから、お願いします」


 不規則に跳ねたダイスは、俺の足元まで転がって動きを止めた。

 出目を見た瞬間、ダイスを蹴っ飛ばそうかと思ったが止めておいた。

 これは終わったかもしれない……。


「出た数字は五です」


 謎の赤が出てしまった。

 リリムは確か、何が起こるのか不明だと言っていた。

 色的には良いイメージが湧かないけどまだどうなるか分からない。

 緊張感に包まれた状態で赤マスに足を踏み入れた。


 視界がブレた先では、だだっ広い草原にステータス画面のようなものが浮いていた。

 その画面を見ていくと様々な武器の種類が記載されていた。

 片手剣や長槍、斧槍などさまざまだ。


「ここは武技の間でございます。所持する武器と対戦相手をお選び下さい。勝利された場合は選んだ武器に沿ったスキルを手にすることが出来ます。負けた場合は天界での死となっております。戦わない場合は後ろにある扉を開けて物質界にお戻り下さい」


 ここで物質界に戻るのか、スキルを手に入れるために挑戦するのか、俺は迷わなかった。


 この世界に来た時の俺なら迷わず帰っていたと思う。

 傷つくこと、そして死ぬことはとても怖いから。

 それは今でも変わらない。

 でも、今はそれ以上に怖いことがある。

 だから俺は戦う。


 選んだ片手剣を握りしめて対戦相手が出てくるのを静かに待った。

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