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十四話・銀色の翼を持つ者

 MPが残り1/3を切ったところで、必死に俺の指に食らいついてたティーファを無理やり引き剥がす。

 指から無理やり引き剥がされたティーファは地団駄を踏んで悔しがった。

 そんなだから太るんだよ。


「ティーファ、一人で村長の家に戻っていてくれ。すぐに俺も帰るから」

「ファッッ!」


 事前に話した通り、ティーファは軽い足取りで村長の家に向かって行った。

 俺もグズグズしていられない。

 残り時間は9分くらいか。

 よし、ド派手にかましますか!


「飛翔」


 スキル【飛翔】を使って井戸の前に降り立つつもりだ。

 スキル【飛翔】は一部種族のみが使えたスキルで俺は使ったことがなかった。

 前回のティーファにあげるMPを少しだけ残してこのスキルを試したのだ。

 その結果ーーな、なんと背中から翼が生えてきました。

 ティーファとお揃いの銀色に輝く翼が。


 まだ飛ぶのには不慣れだが、なぜか翼の動かし方や飛び方が理解出来てしまう。

 これがスキルの力なのかもしれない。

 スキルレベル9のお陰で永久飛行が可能だ。

 俺の場合は擬似天使化の制限時間の関係上、全く関係のない話だが。



 空から舞い降りる天使。



 これほど神秘的で演出効果があるものはないはずだ。

 俺の芸術的才能がここにきてついに開花したようだ。

 圧倒的な才能……ヤバい、キテる。


 翼を動かして空高く舞うと、辺りの景色を一望する。


 高いな……。

 高すぎて股間の辺りがフワフワしてきた。

 ちょっとだけ、ちょっとだけ高度を下げよう。

 うん? あれなんだ?


 擬似天使化を使う前と比べて圧倒的に広がった視野と視力が、遥か先の街道で馬車が何者かに襲われている光景を瞳に映し出した。

 十人対四人で馬車を守っている方が少人数で不利だ。

 どちらの味方か分からないが、一人が血を流して倒れている。

 更に一人の女性が胸の辺りに矢を受けて倒れてしまった。


 これは盗賊が馬車を襲っているんじゃないのか?

 何にしても、怪我人は助けられる!

 第三回布教活動は中止だ!

 すぐに行動方針を決めると、翼を力強くはためかせて目的地に向かって飛翔した。

 今まさに、腰まで伸びた金色の髪を靡かせた女性が男たちの集中攻撃にあっている。


 ヤバい、もっと速く!

 もっと速く!


 俺の願いに合わせて速度は加速していき、空気を切り裂く音が耳に響いてくる。

 行動を決めてから一分にも満たない時間で目的地の上空に着くことが出来た。

 俺は真下に一気に急降下していって、武器を持って向かい合っている集団の間に降り立った。


 ーートン、と小さな着地音を出した後、目の前にいる無精髭を生やしたいかついおやじたちの髪が突風で舞い上がる。

 街道の周りにある木々の枝葉がザワザワと音を立てて揺れ、枯葉が紙吹雪のように争いの場に舞った。




 △▲△▲△▲




 クソッ、どうしてこんなことになってしまったのだ。

 この状況を見ればいくら悪態をついても気が収まらない。

 カリスは喉を掻っ切られてすでに死んでるだろう。

 モズワルド商会が雇った護衛は私を含めて残り四人だ。

 対して相手は十人近くいる。


 絶体絶命だ……。


 まさかこんな場所でこれほどの規模の野盗が待ち伏せしているなんて、思いもしなかった。

 セラフィも同じ気持ちだろう。

 いつものように二人でヴァルハラ迷宮に潜っていればこんなことには……。

 いや、今更嘆いてもしょうがない。

 たとえ依頼が失敗しても、たとえ私が死んでもセラフィだけは守り切ってみせる!


 薄汚い野盗たちが放つ複数の斬撃を何とかさばきながら、反撃の好機がくるのをじっと待った。

 だが、その好機が訪れる前にセラフィの死角から矢が飛んでくるのが見える。


 セラフィはこれを避けられない。


 長年セラフィと連れ添った経験が私に警報を鳴らした。

 私は無我夢中でセラフィの死角に入り、その矢を胸に受けてしまう。


「リーナ!!」


 セラフィが鬼気迫る顔で私の方に振り向くが、いつものように笑って言ってやる。


「私は大丈夫だ」


 ああ、私はまだ大丈夫だ。

 まだ、戦えるはずだったのに……力が急速に抜けて立っていられなくなる。


 どうして力が入らない!

 どうして私は肝心ところでいつも地面を這っているんだ!

 ここで立たなければ何のために家を出て、何のために剣を手に取り、振るってきたんだ!


 野盗に生きたまま捕らえられた女は、生きるより悲惨な目に合うのは剣を持つ者なら誰でも知っていることだ。

 野盗たちもこの中で一番力のある私が倒れたことで、傷付けないようにセラフィに攻撃している。


 セラフィの末路が脳裏を過る。


 それでも私は滲んだ視界の先で、セラフィが野盗どもの攻撃を必死にさばく姿を見つめることしか出来なかった。

 何時もそうだ……。

 私は何時もセラフィに助けられて、そして不幸にしてしまう。

 もし私と出逢わなければ……。


 立ち上がるために力を込めたはずの両手は、すでに何処を向いているのか、何を触っているのかも分からない状態だ。

 意識も少しづつぼやけていっている。



 私はもうすぐ死ぬのだろう……。

 誰か……誰でもいい、セラフィを救ってくれ。




 そう願ったと同時に突風が吹き荒れ、セラフィと野盗どもの間に輝いた何かが立っていた。

 薄れ行く意識中で美しい音色が聞こえてくると、私の体は黄金色の暖かい何かに包まれた。


 暖かい。

 こんな感覚は何時以来だろうか?

 久しぶりに何かに守られて、安心できる感覚だ。


 黄金色の何かが消え去った時、私は自分の体に起きた異変に気付いた。

 遠のいていた意識はハッキリとし、力の入らなかった体は倒れる前以上に漲っている。

 明瞭になっていく視界が、私の前にいる何かの姿をハッキリと映し出していく。


 一際目を引く銀色に輝いた大きな翼。

 純白色の衣服を身に纏い、私と同じ程度の身長をした体。

 後頭部には翼と同じように銀色に輝く髪が風で揺れている。


 分からない。


 本当に何があったのか分からない。

 ただもう一度剣を手にすることが出来る。

 セラフィを守ることが出来る。

 それだけ分かれば十分だ。


 私が剣を握りしめて立ち上がろうとした時、美しい音色がまた聞こえてきた。

 今度はハッキリと何処から聞こえてきたのか分かった。

 私の前に立っている者からだ。


 綺麗な音色に気を取られていると、またしても力が無くなっていく感覚に襲われて立っていられなくなる。

 体の方に目を向けると光る輪が私の体を縛っていた。

 周囲を見ると、私を含めたこの場にいる者たちが光の輪の中に体を捕らえられているようで、この場に立っている人間は一人もいないようだ。


 クソッ!

 さっきのは魔法の詠唱だったのか!?

 いや、あんなに短くて早い詠唱なんて聞いたことがない。

 一体どうなっているんだ!?


 セラフィに視線を送ると、セラフィもこちらを見ていたようで私の顔を見てホッとした顔になっている。

 私はどう転ぶのか見当もつかない状況に顔が固まったままだ。

 ジッと銀色の翼と、それに合わせたかのような純白の衣服を纏った背中を見つめる。

 次は一体何が起こるのか、こいつは敵か味方か……。


 ふと気が付くと、何故か捕らえられた野盗どもから言葉が発せられていない。

 さっきまであれだけ下衆い言葉を浴びせながら剣を振るっていたのに……だ。

 私が野盗の一人に視線を持って行こうとした時、銀色の翼を持つ者が声を発した。


「みなさんはどうして戦っているのでしょう? 教えていただいても宜しいですか?」


 誰もがその美しい声に息を飲んだに違いない。

 そういう私も銀色の翼を持つ者がどんな姿をしているのか興味があり、恐ろしくもある。

 その透き通るような声に真っ先に反応したのは意外にもセラフィだった。


「そこの者たちはこの馬車を襲っている、野盗たちです!!」


 その声に反応して銀色の翼を持つ者は洗練された動きで振り返った。

 たった一つの動作が気品、いや風格さえ漂わせている。


 あ、あり得ない。

 なんなのだ……あの横顔は……。


 あれは本当に同じ生き物なのか?

 直視することさえ難しいなど……。


 その横顔から避けるようにセラフィに視線を向けると、私と同じ気持ちなのか顔を真っ赤に染めて下を向いていた。


「やはりそうでしたか」


 全てを見透かしたように銀色の翼を持つ者は頷いた。

 そして続けて言葉を発した。


「あそこに倒れている方は?」

「こ、この馬車の護衛です!」


 セラフィは俯きながらもしっかりと返事をした。

 流石は貴族の社交界で鍛えられてきただけあって、気圧されていてもシッカリと受け答え出来ている。


「やはり」


 銀色の翼を持つ者は小さく頷いた。

 そして、聞いたことなのない単語を呟く。


「黄金律の宴」


 透き通る声が流れた瞬間に、カリスの体から空高く、天まで届くのではと思うほどの光が遥か上空まで突き抜けていく。

 その光景を見つめながら、私がこれまで培ってきた常識が崩れ去っていくような気がした。


 光が消え去ると、微動だにしてしていなかったカリスは小さな呻き声を上げて右手を動かした。

 あ、あり得ない……カリスは死んだはずなのに。

 一体今、何が起きているのだ?


 周りの表情を見ても誰もが放心状態で、何が起こったのか理解していない。

 死んだ人を蘇らせるなど、誰が信じることが出来るだろう。

 こんなことを信じるのはよっぽどの馬鹿か、子供くらいだろう。


 銀色の翼を持つ者はまた振り返って、再び私に背を向けた。


「ではそこの野盗さんたち、何故この馬車を襲ったのですか? あっ、私に隠し事は通用しませんよ」


 少しの沈黙の後、野盗の一人が怯えた口調で語り出した。


「ば、馬車を襲ったわけではありませんのです。実はそこの女二人を殺せと、とある方から依頼がありましてです」


 野盗は私とセラフィを交互に見遣ると、想像していなかった言葉を吐いた。

 馬車ではなく、私とセラフィが目的だと?


「一体どういうことだ!?」


 私は何時もの調子でつい、口を荒げて会話の中に割って入ってしまった。

 野盗はチラチラと銀色の翼を持つお方に視線を送ると語り出す。


「俺らはローレル王国のカフスの森を根城にして活動している盗賊団で」

「やはり」


 銀色の翼を持つ者の声に、野盗が目を見開いて言葉が詰まっているようだ。

 野盗は慌てて続きを語り出す。


「し、知っていられるかもしれませんが、俺たちは貴族が手を汚したくない仕事を受けることで、討伐されずに盗賊として活動しています。話が長くなるんですが、実は一ヶ月ま」

「あっ、分かりました。もう結構です」

「え?」

「続きは?」


 銀色の翼を持つ者は右手を前に突き出して話の進行を止めるが、その行動に野盗は理解出来ていないようだ。

 私自身もここから話の核心に移りそうな時に、何故話の続きを聞かないのか理解出来ないでいる。


「……私は全てを知っているのでその話を聞く必要はないのです」


 全て知っているのならば何故わざわざ話を聞いたのか、という単純な疑問が湧いてくるが、もしかしたら私が想像もつかない理由があるのかもしれないと考えた。

 気が付くと私を縛っていた光の輪はいつの間にか消えていた。

 セラフィを縛っていた光の輪も消えているようだが、野盗たちの光の輪だけは消えていなかった。


 銀色の翼を持つ者はセラフィの方を振り向くと口を開いた。


「私が出来ることはここまでです。野盗たちをどうするかは貴女たちが決める問題です。あの光の輪はもう直ぐ消えてしまうので、気絶はさせておきますがその間に何かで縛るのがいいと思います。それでは失礼します」


 銀色の翼を持つ者は時間に追われるように、大きな翼をはためかせて宙に浮く。

 慌ててセラフィが、飛び立とうとする銀色の翼を持つ者を呼び止める。


「ま、待って下さい。貴方様のお名前をお聞かせ下さい」

「あっ……私の名前はアテナス。人々が奇跡を願うなら私は再び姿を現わすでしょう」


 銀色の翼を持つ者……いえ、アテナス様は天を指差して語った。

 天から降り注ぐ全ての光が、アテナス様の指先に向かっているよう感じた。


 そして突風を巻き起こして西の空へと飛び立ってしまった。

 あっという間に遠くなっていく後ろ姿を見つめると、少し胸が痛くなってくる。


「見ろ!! 野盗たちが全員気絶しているぞ!」

「いっ、いつの間に気絶させたんだ!?」


 見えなくなってしまった後ろ姿から視線を外して声がした方を振り向くと、野盗たちは皆一様に目を閉じていて、口から泡を吹いている者も居る。

 さっきは死人を生き返らせたのだから、これくらいは呼吸をするように出来るのかもしれない。

 私は驚きよりも納得する気持ちの方が大きかった。


 あの魔法かどうか分からないような奇跡に、全てを見透かしたよう発言。

 もう私の中ではあの方がどのような存在なのか、一つの存在しか思い浮かばないのだ。

 誰もが子供の頃に慣れ親しんだ伝説の人物ーー勇者なのだと。

 ヴァルハラ迷宮都市でも話題になっている勇者降臨とも結び付く。


 だがあの方が何者であったとしても、例え魔族だったとしても私はこの気持ちを忘れることはないだろう。


 セラフィを救ってくれたこと、一生感謝します。

 アテナス様。

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