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十二話・記憶の扉

 今日はライチ村に来てから50日目だ。

 いつものように三人とティーファでホルホルの森に来ていた。

 ティーファが俺の元に来てからは、出来るだけ早く仕事を終わらせてこの森に来ている。

 なぜならみんなティーファと遊びたいからだ。

 今ではティーファは俺たちのアイドルだ。





 ティーファが孵化した日のこと。

 俺はティーファと頬ずりし合った後、遅れていた分の仕事を必死に終わらした。

 それから村長が作り置いてくれていた食事を急いで食べて、パムの畑に向かった。

 遅れ気味に来た俺をルークとエレナが茶化してきたが、直ぐにその視線が俺の後ろへと向かっていく。

 二人が見つめる先には、俺の後ろからトコトコと歩いているティーファが居る。

 そこからは大変だった。

 どこで拾ったのかとか、餌は何を食べるのかとか、森に返した方がいいのではとか、質問攻めにあってしまった。

 俺は苦しい言い訳をしていたのだけど、二人はティーファの可愛さにやられてどうでもよくなったようだ。


 それから村長とルイスにも報告してしっかりと育てることを約束した。

 ルイスは初めの間だけティーファを飼うことに難色を示していたが、ティーファの俺への懐き具合に首を静かに下ろした。


 村長はティーファを見ると『触っていい?』と俺に聞いて、嫌がるティーファの頭を何度か撫でた後、ニカッと笑って両手を大きく広げて頭の上で大きな丸の形を作った。


 そんなこともあり、ミルも含めてみんなからティーファは愛されている。

 まだまだ小さいティーファなので、森に来て遊べることは少ない。

 一緒に散歩をしたり、撫でてあげたり、会話をしたりする程度だ。


 今日も三人で散歩中だ。

 エレナは腰の辺りで両手を握り、肩まで伸びた髪をなびかせてスキップしている。

 そして唐突に立ち止まると、後ろを振り向いて俺の顔を見て口を開く。


「シンヤ、二日後の感謝祭はまた行かないの?」

「ああ、俺は行かないよ」


 だって餌をあげるんだから。

 今まで餌をあげられなかったせいで、ティーファには申し訳ない気持ちしかない。

 だから誰がなんと言おうとも、俺は明後日にティーファに餌をあげるつもりだ。

 また布教活動はお預けになりそうだ。

 というか、今は十分だけでもティーファを置き去りにするのは嫌だ。

 帰ってきて居なくっていたら後悔しか残らない。


「そっか、それならエレナも行かない」

「俺も行かないぞ。感謝祭よりもパムの芋掘っている方が楽しいからな。あっ、でもアテナス様には感謝しているんだ」

「分かってるよ。いつも身近で見てるんだから」

「シンヤに言ったわけじゃないぞ。どこかで見ているかもしれないアテナス様に言ったんだ」

「分かってるって」


 慌てて言い訳するルークを面白おかしく見ながら、真実を知ればどうなってしまうんだろうかという不安が一瞬よぎった。


「エレナもアテナス様のこと一度良いから見てみたいな。シーナが言うにはすっっごく素敵な人なんだって」

「お兄ちゃんも会ってお礼がしたいぞ」

「前の感謝祭の時は来なかったみたいだから、今回は来るかもしれないね」


 いやいや、今回は来ないって。

 アテナス様だって色々やることがあるんだよ。


「アテナス様は人が多い所は嫌いかもしれないな」

「うーん、そう言われてみればそうかもしれないな」


 俺が話すとルークは納得したように頷いた。

 エレナは話に興味がなくなったのか、ティーファの羽毛を指先でモフモフさせている。

 ティーファはくすぐったそうにして俺の足元に駆け込んでくる。


「あー、またティーファはシンヤの所に行くんだから」


 エレナは頬を大きく膨らませて、胸の前で腕を組んだ。


「しょうがないぞ、シンヤはティーファの親なんだからな」

「ほら、ティーファ。エレナとは今しか遊んでもらえないんだから行って来い」


 俺はしゃがみこんで小さくてモフモフした背中をそっと押した。


「ファッッ!?」


 ティーファは一声上げるとエレナの元へ、重い足取りで歩いて行った。

 ティーファは親である俺にべったりだ。

 俺もティーファにべったりなので嬉しいのだが、エレナのひんしゅくを買ってしまいそうなのでヒヤヒヤしている。



 森の中で散歩をした帰り、村のちびっ子たちに囲まれた。

 人数は合計で四人だ。

 アテナンのモノマネをしていた三人組に、マリンちゃんを足したメンバーだ。

 ここ数日、俺たちの帰りを待ち伏せしてその道を塞いでいる。

 まさにちびっ子ギャングのような存在だ。

 ティーファにとっては、だけど。


 ちびっ子たちは俺たちの姿を見つけると、奇声を発しながらティーファ目がけて一斉に走ってくるのだ。

 ティーファはさっと俺の足の後ろに隠れる。

 後ろを振り返ると、ティーファの羽毛というか脂肪がプルプルと震えていた。

 ちびっ子たちは俺の前に来ると笑顔で話し出す。


「今日も触っていい?」


 本当はティーファを守ってあげたいところなんだけど、子供たちの期待の目には敵わない。


「ご飯もあるから、チョットだけならいいよ」


 俺は後ろに隠れているティーファを手で抱き上げると、ちびっ子たちの前に突き出した。


「ファッッ!?」

「かわい、なでなで」

「僕はこの鳴き声が一番好きなんだ」

「俺はやっぱりこのまん丸したお腹だな」

「僕は顔が一番好き」


 子供たちは俺が抱きかかえたティーファを口々に褒めながら、全身を撫で回し続けた。

 ある程度のところで終わりを告げて三人で家に帰った。


 ティーファのお陰で、俺は村の子供たちから喋りかけられるようになった。

 前までは近寄られさえしなかったのだから大した進歩だ。


 食事をした後、眠っていたティーファを抱きかかえながら小屋に帰った。

 今日は五十日目だから天界の日だな。

 朝見た時はGPは確か133だったから今は……っと。


 ステータスオープン。


 ______________________________

 名前 :ラファエル

 年齢 :18

 性別 :男

 種族 :天使族

 職業 :見習い天使

 レベル: 1

<ティーファ>

<アイテム>

<スキル>

【GP】141

【BP】 0

【HP】26

【MP】 0

【SP】11

【筋力】9

【器用】12

【敏捷】10

【頑強】9

【魔力】0

 _____________________________


 141ポイントか、前回の分も合わせて合計で241ポイント。

 村長に聞いたら、俺も含めて村の人口は362人らしいから最悪そこで止まってしまうのだが、ポイントの増え方を見るとそれはない気がする。

 大体一日平均14ポイントほどを安定して手に入れているので、アテナス教の信者が増えているにしては均一すぎる。

 多分だけどGPは一定程度の信仰が集まると、一ポイントに変わるとのだと思っている。

 だからアテナス神を継続的に信仰している人が居ればポイントが入り続けるわけだ。

 それだと俺がこの村に居続けてもGPポイントを稼げる。

 いいこと尽くめだ。


 よしっ、GPの次はティーファのステータスを見てみるか。

 俺は<ティーファ>の部分を指で触れた。


 ______________________________

 名前 :ティーファ

 年齢 :0

 性別 :雌

 種族 :神鳥

 職業 :銀光の神鳥

 レベル: 1

<スキル>

【BP】 0

【HP】350

【MP】650

【SP】400

【筋力】2

【器用】4

【敏捷】7

【頑強】10

【魔力】87

 _____________________________



 俺がティーファのステータスを初めて見た時から能力値は変わっていないようだ。

<スキル>の部分も見てみるが何もなかった。

 やっぱり餌をしっかりあげないと成長しないのかもしれない。

 まあ、数値上では俺より強いのだが……。

 成長すればすぐに全能力が抜かれそうだ。


 レベルが上がらなくても、能力値が上がることは俺の数値を見ても実証済みだ。

 いつの間にか筋力値が一だけ上がっていた。

 多分、毎日薪割りをしていたからだと思う。

 日本では毎日こんなに体を動かすことはなかったから。

 うん、今日はこんなところだな。

 天界に行ったら起こされるし、さっさと寝てしまおう。


 掛け布団の中でグッスリと眠るティーファ。

 ティーファの横に入って暖かい体を抱きしめながら寝た。




 △▲△▲△▲





 白く色鮮やかな空間に立った俺は、歩いて次のマスを確認をしていく。


 一つ先は、青色のマス。

 二つ先は、青色のマス。

 三つ先は、緑色のマス。

 四つ先は、茶色のマス。

 五つ先は、青色のマス。

 六つ先は、茶色のマス。


 今回は前回に比べるとイマイチだが、それでもまだ緑がある分いい方か。

 茶色だけは勘弁してほしい。


 多分だけど青マスと茶色マスは同じくらいの効力だと思う。

 先に青を経験してから茶色のマスに入りたい。

 どれくらいの効力か何となく分かる分、心の準備が出来るからな。


 またお願いします神様。

 そう願うと俺は運命のサイコロを取り出した。

 そして勢いよく前回と同じように高く放り投げた。


 ダイスは生きているかのように右に左に不規則に飛び跳ねながら、俺の身長よりも少し高いところで完全に止まった。

 俺の身長だとどの数字が出たのか分からない。

 一つ一つ数字を数えていくと、俺が答えを見つける前に天界アナウンスが告げる。


「出た数字は五です。出た数字は五です」

「よしっ! 神様ありがとう」


 俺は意気揚々として青マスの中に飛び込んだ。

 三回目ともなれば慣れたものだ。



 青マスの中に入ると俺の視界がブレる。


 そして気づいた時、俺の目の前には母さんと父さんが立っていた。

 いや、正確には俺の遠い記憶にある若かりし時の両親だ。

 周囲を見回すと六畳くらいの白い部屋の中に大きなベットが一つと、小さなベットがもう一つ置いてある。

 母さんはベットの上で腰掛けて、父さんは小さな椅子に座っている。

 父さんは四角い机に置かれたペットボトル手に取ると、キャップを開けて母さんに飲ませた。

 母さんはコクリコクリと喉を鳴らして液体を飲み込んだ。

 そして二人は俺が存在していないかのように談笑をし始める。

 ときおり響く笑い声が俺の心をかき乱す。


 二人の雑談を遮るようにして赤ちゃんの鳴き声が部屋の中に響いてくる。

 父さんは立ち上がって小さいベットに向かっていく。

 その瞬間、俺の方に視線を向けたはずだが、何もなかったかのように中から小さな何かを大事そうに抱えた。

 その小さな何かから大きな鳴き声が響いてくる。

 赤ちゃんだ。


 父さんは抱きかかえた赤ん坊を必死にあやそうとするが泣き止まない。

 困り顔の父さんに、母さんは優しく手を差し伸べた。

 そして父さんは、赤ちゃんを母さんへゆっくりと丁寧に預けた。

 まるで世界で一番大切なものを渡すかのように。

 そして受け取るその手もまた大切な何かを受け取るように、優しく小さな体を包み込んだ。


 そこで急に視界がブレて周りが暗くなった。

 左右を見回すとそこには夜空を見上げたみたいに、満点の星々が浮かんでいる。

 そして俺の前には見慣れた扉があった。


 十六年間通ってきた家の玄関だ。


 さっきの光景を思い出して、モヤモヤした気持ちで目の前の玄関を見つめた。

 俺の気持ちを知ってか知らずか、天界アナウンスが鳴り響く。


「ここは記憶の間です。目の前にある扉を開けて先に進むか、後ろにある扉を開けて物質界に戻るか決めて下さい」


 後ろを振り向くとそこにはいつもの小屋の扉があった。


 俺は迷うことなく歩いて行き、扉を開いた。


 視界が真っ暗になると戻ってきたことを実感した。

 溢れてくる怒りと寂しさを、胸の中に抱いた暖かさが包み込んでくれる。

 その暖かさをギュッと抱きしめてまた眠りについた。

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