十一話・神鳥の卵
汗ばむような熱気に包まれていたはずの体は、一転して今は肌寒さを感じる。
体は寒くても心は熱い。
星六は本当にヤバいって。
明日死んでしまうんじゃないのか?
時間が経てば経つほど、手にした物の凄さが実感として湧いてくる。
手にしたであろうアイテムを確認するためにステータスオープンと念じた。
出てきたステータス画面から、<アイテム>の項目を小刻みに震える指先で押してみる。
【神鳥の卵】
ある! あるに決まってるけどある!
アイテム欄の一番上の部分に確かに書かれていた。
更に情報を確認するために【神鳥の卵】の部分を指先で押してみる。
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【神鳥の卵】☆☆☆☆☆☆☆☆☆
・神に使えし神聖なる鳥の卵。
・所有者のMPを与えることで孵化させることことが出来る。
・孵化した神鳥は、所有者のMPを吸い取ることでエネルギーを得ることが出来る。
・所有者が与えるMPにより能力、気質、性格、姿は決まっていく。
・孵化した神鳥は所有者の願いに沿ってスキルを習得していく。
・孵化した神鳥のレベルは所有者のレベルに依存する。
・孵化した神鳥のBPは所有者と共有する。
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なるほど、MPを与えて育てるのか。
なるほどって、俺はMPがないじゃないか!?
MPがない人はどうしたらいいんだよ。
も、もしかして、この卵ってハズレじゃないのか?
孵化出来ないとただの置物だろ。
割って食べるのか……。
それはないよな、どうしようか。
あっ、擬似天使化の時に魔力をあげればいいんだ。
ヤバイ、俺って天才すぎる。
でも十日に一度で大丈夫なのか?
卵が干からびたり、腐ったりしないのか?
うーん、成るように成るか。
取り敢えず一度取り出してみよう。
そういえば、このアイテム欄からアイテムを取り出すの初めてだな。
今まで何度も手に持っていた薪や衣服などを入れようとしたけど出来なかった。
正直、意味のない機能だった。
それが今やっと役に立つ時がきた。
アイテム欄の【神鳥の卵】に指先が触れた。
するとボンッと音を立てて暗闇の中、仄かに虹色に光った大きな卵が床に置いてあった。
また恐る恐る指先で触れてみる。
やっぱり少し暖かい。
卵だけどやっぱり生きてるんだ。
しっかりと育てて、大切にしないとダメだな。
俺は虹色の卵を慎重に抱きかかえて、掛け布団の中に潜り込む。
お腹の辺りから卵の暖かさが伝わってきて気持ちが良い。
簡易式暖房器具みたいだ。
この暖かさだけで手に入れた甲斐がある。
ヤバイ、もう眠むたくなってきた。
この卵を抱きかかえて寝るのは怖すぎる。
寝返りで踏み潰してしまいそうだ。
この卵をもう一度アイテム欄に戻すことってできるのか?
もう一度この卵をアイテム欄に戻すためにステータス画面を出す。
だがアイテム欄のどこをどう見ても何も書いてはいない。
やっぱり無理なのか。
そう思い右手で卵を撫でて瞬間、ステータス画面に『このアイテムを回収しますか? はい・いいえ』と文字が浮かんできた。
よしっ、これでいつでも手に入れたアイテムは自由に出し入れ出来るっていうことだ。
俺は『はい』の部分に左手の人差し指を持っていく。
指先が触れた瞬間に卵は俺の前から姿を消した。
そしてアイテム欄に神鳥の卵と記載されていた。
他のはやっぱりダメなのかな?
そう思い、近くに置いてあった服を右手で握った。
だがアイテム欄に変化はなかった。
まあ、別に問題はないな。
俺には神鳥の卵があるから別にいいんだ。
小さなため息を一度吐くと、気になっていた神鳥の卵の横にある星の数を数えていく。
星の数が九個か。
スロットの時よりも増えてるよな。
ちょっと星のところ押してみるか。
あっ、なんか出た。
《神代級アイテム》
なんだか凄そうな名前だな。
神鳥だからこ神代級のアイテムなのも普通のことか。
まだ何か出てくるのかな。
そう思って《神代級アイテム》の部分を押してみるが何も出てこない。
分かるのはこれだけか。
あんまり意味のない機能だな。
明日も早いしもうそろそろ寝ないとマズイな、もう寝よう。
孵化した鳥の姿と名前を考えながら俺はまた眠りついた。
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今日はライチ村に来てから四十二日目だ。
今日は擬似天使化が出来る日で、やっとのこと【神鳥の卵】に魔力を与えることができる日でもある。
もう死んでしまったのではないのかと、気が気ではない。
何度か<アイテム>から取り出して抱いているのだが、暖かさは二日前と同じだった。
今回布教活動は止めておいて、MPを与えることに専念するつもりだ。
どうやってMPを与えるのかはぶっつけ本番だ。
どこにも書いてなかったのだからしょうがない。
スキル【付与魔法】のレベル8【フレイアの慈愛】でいけるのではと俺は踏んでいる。
このスキルは自身の最大MPの1/4分を、対象のMPに回復させることが出来る。
消費MP、消費SPはゼロだ。
ゲーム時代はスキルレベルの割に大した効果がないので、不評だった魔法だ。
その代わりスキルレベル9の【ヴァルキリーの魂】はかなり強力な魔法だったのだが。
スキルは二回使えるので、俺の総MPは24000だから12000分のMPを神鳥に分け与えられるはずだ。
今日は村の中心で感謝祭なるものが催されている。
俺も村長に今日は仕事を休んで参加したらいいと言われたんだが、俺は仕事をサボるわけにはいかないと断った。
感謝祭に参加したら擬似天使化が出来なくなるからな。
ということで俺はキリのいいところで仕事を中断して森の中に駆け込んだ。
よしっ、誰もいないな。
時間がもったいないから先に神鳥の卵を出しておくか。
神鳥の卵を<アイテム>から取り出すと、スキル【擬似天使化】を行う。
俺を暖かい光が包み込む。
とりあえずは卵を持ってみるか。
俺はそう思うと足元に置いてある卵を手に取る。
すると俺の両手から純白色の光がほとばしり、卵の方へと流れていく。
急速に流れていく光に連れて、俺の力が失われていく感覚に襲われる。
足元がふらつきだして、立ち眩みのように視界が一瞬だけ真っ暗になる。
「あっ、危ない」
転けたら卵を潰してしまう。
俺はなんとかその場で踏みとどまり、ユックリと腰を下ろしていく。
ふー、ヤバかったな。
これってMPを吸い取られ過ぎたっていうことなのかな。
確認してみるか。
ステータス画面を開くとMPは残り1500となっていた。
光の勢いは弱まったが、それでもなお俺の手から光が流れていっている。
銀色の卵は喜びを表現しているかのようにチカチカと点滅を繰り返している。
残りMPが1000を切ったところでMPの減りが止まった。
やっと止まったか。
あのまま吸われて続けていたら気絶していたかもしれない。
やっぱり放置しすぎてお腹が空いていてのか?
ーーコツンッ
ーーコツンッ
ウワッ! 卵が何か動いた!
もしかしてもう孵化したとかじゃないよな。
それだと早すぎるんだけど、どうしよう、どうしよう。
十日に一回しか餌をあげられないのに。
俺の焦りをよそに、卵は殻を叩く音の間隔を早めていく。
何度か大きな音を鳴らした後ーーカンッと、一際大きな音を鳴らして卵の欠片が飛んでいき、そこから小さなクチバシが飛び出した。
そして次々と穴の周りを突いていって穴の大きさを広げていく。
卵を抱きながら時間を忘れて眺めていると、広がった大きな穴からヒョッコリと、クリクリした透き通るような青色の目をした神鳥の顔が現れた。
ウルウルと揺れる瞳で神鳥は俺の顔をジッと見つめている。
か、可愛すぎる。
なぜか分からないけど見ているだけで凄くドキドキする。
でもそんなに見つめれると照れるんだけど。
神鳥は何かを求めているかのように俺を見続けている。
ん? 何か欲しいのか?
もしかして、餌か!
ヤバイ、早くあげないと擬似天使化が終わってしまう。
俺は右手の人差し指を神鳥のクチバシへと持っていった。
神鳥は待ってましたいわんばかりに、俺の人差し指を勢いよくクチバシで咥え込んだ。
そしてまた俺のMPが吸い取られていく。
その光景を最後に俺の視界は真っ暗になっていった。
何かにつっつかれる感触が俺の頬を刺激する。
頬に少しの痛みを残しながら俺は瞼を開けた。
痛む頬の方向に首を傾けると、そこには綺麗な銀色に輝くヒヨコが立っていた。
体の割に分不相応というか、小さい二本足で丸い体を支えている姿が保護欲をそそる。
体に対して小さいけれど、一応は翼のようなものは付いているようだ。
かなり太っているけどそれがまた良い!
凄く良い!
俺はこの子の親なんだ! そう、親なんだ!
俺と目が合うと神鳥はトコトコと歩いて行き、嬉しそうにクチバシを開けて俺の指先にかぶりついた。
………。
餌じゃないんだ……。
親なんだ……。
神鳥はいくら吸い付いても魔力が出ないことに業を煮やしたのか、豊満な体を揺らしながらトコトコと俺の顔の前まで来てクチバシを開いた。
「ファッッ!?」
神鳥は一言放つとまた俺の指先に向かって行き、俺の指にかぶりついた。
そして今度は一度だけ頭を傾げてから俺の前に近づいてくる。
そしてまたクチバシを開く。
「ファッッ!?」
神鳥……、いやこの丸鳥は同じ行動を何度も繰り返す。
間違いない、この丸鳥は馬鹿だ。
行動も鳴き声も、あの愛くるしかった体でさえも今は馬鹿に見てしまう。
でも……必死に餌を求めてくる姿を見ているとだんだんと胸が苦しくなってくる。
餌をあげられないのは俺の責任なんだ、俺は親として失格だな。
ソフトボールくらいの丸い体を抱き上げると、俺の顔の前まで持ってきて目と目を合わせて語りかけた。
「ごめんな、今は餌をあげられないんだ………」
「ファッッ!?」
「十日……十日待ってくれたら好きなだけあげられるんだ……」
「ファッッ!?」
丸鳥から向けられるつぶらな瞳は謝った後も変わらなかった。
「そうだ、お前の名前考えてきたんだけどなんだかイメージと違うな」
「ファッッ!?」
「ティールにしようかと思っていたけど、武蔵丸とかの方が似合うよな」
「ファッッ!?」
「お前、それしか喋れないのか?」
「ファッッ?」
丸鳥は首をかしげるといつもの決まった声を鳴らした。
「まあ、それもお前の特徴だしいいか。どうせなら名前もそれに似た感じにしようか。お前はオスなのかメスなのか……よっと」
下からまたの辺りを覗き込んでも雄なのか雌なのかよく分からなかった。
武蔵丸はさすがに可哀想だし、ティール、ファッ、を繋げてティールファ。
うーんイマイチかな
ルを抜いてらどうだろう?
ティーファか、女の子っぽい名前だけどこれでいいや。
「決めたぞ。お前の名前はティーファだ」
「ファッッ!!」
ティーファは先ほどまでよりも一段大きく鳴き声を上げた。
「今日からティーファは俺の子供で、俺の家族だ」
俺がそう言うとティーファは嬉しそうに俺の手に頬ずりしてきた。
俺もティーファのフサフサとした体に頬ずりをした。
この日、俺の中で一つの目標が出来た。
ティーファを立派な神鳥に育て上げるという壮大な目標が。
一話だけ投稿します。