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二十五話・エンジェル・ロード、増員!! その1

 いつものように早朝に目が覚めた。

 昨日の夜……というか、日付が変わって今日の夜中まで起きていた。

 それなのにこの時間になると自然と目が覚めてしまう。

 人の習慣というのは凄いものだ。


 四人はまだ寝ているので、起こさないように水を一杯飲んで外に出る。

 この世界に来てからとにかく朝一は体を動かさないと落ち着かない。

 剣を持つと、何度も素振りをする。


 ズバッッ、ズバッッと、風を軽快に切る音を鳴らしていく。

 人でもモンスターでもこの剣の前に立てば、無傷では済まないだろう。

 たった数ヶ月前まで剣を振っても、その反動でこっちの体が持っていかれそうになっていたのに、成長したもんだ。

 こうやって成長できている実感を得られるというのも、この時間を無意識に欲している理由なのかもしれない。


 大切な人を守れる力の大切さ。

 今日という日だからこそ、改めて考えさせられる。


 実は今日はとてもめでたい日なんだ。

 今日はルルとニョニョの誕生日であり、天職を知る日でもある。

 この世界の風習として、10歳の誕生日は親戚中でお祝いするらしいが、残念ながらマリナたちの両親はもうこの世にはいないし、祖父母もすでに他界しているらしい。


 ルルとニョニョはお祝いについては何も言わなかった。

 家が貧乏というのも子供ながら察しているし、無理を言って病気明けのマリナを困らせたくないというのもあるんだろう。

 まあ、マリナの件は病気じゃなかったんだけど。

 マリナは一晩寝たら思考能力は少しマシにはなっていたけど、それでも顔の赤みは消えていなかった。

 安静を取らせるために、冒険者ギルドをもう一日休んでもらった。


 ルルとニョニョはマリナの様子をずっと気にしているようだった。

 そんなルルとニョニョだったけど、昨日の晩は興奮して中々寝付けなかった。

 天職を知るのは今日のいつなのかは分からない。

 日付が変わった瞬間という子もいるし、誕生日が終わる寸前まで分からない子もいる。

 寝ている時に……というのもよくある話らしいが。

 これで人生が変わるんだから、寝れないのも無理はないか。


 俺たちはベッドを移動させて、二人が寝るまで5人一緒に話をして過ごすことにした。

 昔話や、将来のこと、先輩冒険者の具体的な体験談。

 川の字になって話していると安心したのか、ようやく二人は眠りについた。

 ティーファもグースカと気持ち良さそうにイビキをかいていた。

 最近また太ってきたのでダイエットをさせなくては……。

 最近焼き鳥が流行っているので、とあるグループに狙われているという噂話も聞いているし……。


 寝るまでの間に少しだけマリナと話をする時間があった。

 この頃になるとマリナもようやく媚薬の効果が切れたのか、冷静さを取り戻していた。

 マリナに昨日までの二日間の出来事を覚えているのかを聞いてみた。

 マリナは顔を真っ赤にさせながらも、「覚えています」と答えた。

 自分でも普通ではない状態にあったというのも理解しているようだった。


 体が熱くなり、何かを欲している。

 だけど、何を欲しているのか自分でも分からなかったと。


 そして、決闘に関する経緯と勇者との関係を告げた。

 マリナはしばらくの間は静かに話を聞いていたのだけど、勇者と知り合いという話になると、声をあげて驚いていた。

 さらに話を進めようとすると、ルルとニョニョの体が動き出した。

 眠りが浅くなっていることを察した俺たちは、話を切り上げて寝ることにした。


 ルルとニョニョはまだ起きてないけど、今日は二人のためにできる限りのことをしてあげたいと思っている。

 取り敢えずは4人が起きたら冒険者ギルドに行くつもりだ。

 ルルとニョニョのエンジェル・ロード加入手続きを行うためだ。

 二人がどんな天職でもクランに入ってもらう予定は変わらないしな。


 素振りを続けていると、マリナが様子を伺うように家の外に出てきた。

 十分汗を流したし、剣をアイテムボックスにしまう。


「その力……聞いたことも見たこともない能力ですね」


 マリナは手の平でまぶたをしきりに擦りながら、小さな声で呟いた。

 驚きよりも眠たさの方が勝っているように見えた。


「能力というほど大した力じゃないないですけどね」


 軽い感じで俺が返すと、マリナは頬を膨らませて俺の方を見てくる。

 俺の答えに不満があったようだ。


「また知らないことが一つ出てきましたね。幾つ隠し事をしているんでしょうか?」


 マリナの不満げな様子は、昨日の俺との会話があってのことなのだろう。

 マリナにだけは隠し事をしないつもりで、昨日も全てを話すつもりだった。

 自分がマリナに全てを話して欲しいと訴えたのに、俺のことに関しては言わないというのは信義に欠けると思う。

 それに、この人なら話しても大丈夫だという信頼もある。


「ここだとあれだから、家の中で話そう」


 昨日は途中で中断してしまったけど、これもいい機会だと思い、家に入ってマリナと対話することにした。


 リビングに入ると、互いにテーブルを挟んで向かい合うように座った。

 早朝の冷たい風にあたったせいなのか、すっかりマリナの眠気も吹っ飛んだようで、その瞳には光が宿っていた。

 そんなマリナのジト目が俺を容赦なく襲う。


「マリナが聞きたいこと、全部答えるから」


 凄まじい圧に、俺から口火を切る他なかった。

 というか、こちらは最初から全面降伏なのだ。

 そんな臨戦態勢にならないで欲しい。

 マリナが最初に質問してきたのは意外にも、人化したティーファのことだった。

 前に説明したのに未だに納得してないようだ。

 どうせならと思い、俺とティーファの出会いも含め、これまでの人生を話すことにした。


 誰かにこんなことを話したことはない。

 聞いていても気が重くなる、つまらない話だ。


 親に似てない顔のせいで両親が不仲になり、母親は俺と父さんを置いて出て行ったこと。

 家族、親族、クラスメイト、その殆どが俺を要らない人間だと思っていたこと。

 自分がそんな世界から逃げるように遊んでいたゲームという存在。

 そんなゲームに似たこの世界に、ローレル王国の勇者として召喚されたこと。

 そして、それが鑑定の結果すぐに間違いだと判明し、魔族と疑われて処刑されそうになったこと。

 脱獄、ライチ村で過ごした日々、ティーファとの出会い、魔族の襲来……追い出されるようにこの街に流れ着いたこと。


「そしてこの街でマリナと出会った」


 俺がこれまでの人生を一通り説明し終えると、マリナの瞳を薄っすらと涙が覆っていた。

 誰かに褒められるような人生ではなかった。

 多くの人を不幸にしたことも事実だ。

 この街に来る前は死ぬつもりだった。

 生きていても辛いことしかなったし、誰かを不幸にしているのは自分だと気がついたから。

 でも、この世界での出会いが俺を救ってくれた。


「今は素直にそう思えるようになった。それはティーファやマリナの存在があったからだ。本当にありがとう」


 いま思っていることを、嘘偽りなく確かに伝えたかった。

 いま流れている時間が永遠だとは俺は思わない。

 ライチ村でそう感じさせた時間は呆気なく崩れ去り、この街でもあと一瞬遅ければこの時間はやってこなかった。

 だから後悔せずに自分の想いを伝えたかった。

 マリナは瞳にためていた涙を一気に流すと、震えた声で途切れ途切れに返した。


「わたしこそ……シンヤには感謝しかありません。あの日……シンヤとの出会いが……わたしの世界を輝かせてくれた……。全て話してくれて……ありがとう」


 マリナは俺の話を全て受け止めてくれた。

 そしてマリナの生い立ちも話してくれた。


 優しくて甘えん坊だった父と、しっかり者で綺麗だった母。

 両親ともに名の知れた冒険者で、生活に不自由なく幸せな日々だったこと。

 俺が最初に泊まっていた『風来亭』で生活をしていたことも初めて知った。

 妹が生まれてとても嬉しかったけど、母をとられたようで寂しく思ったこと。

 母が亡くなり、どんな犠牲を払ってでも自分が妹たちの面倒を見る決意をしたこと。

 再びやってきた幸せな時間……そして父の死。

 クラン管理員になってから、担当した新人クランが次々に壊滅したこと。


 これまで歩んできた人生はお互い違う。

 俺たちが過ごした時間も、これまでの人生の中では短い時間だ。

 でも……お互いのことを話すことで、二つの違った人生が重なり合ったような気がした。



 ティーファたちが起きるまで雑談を続けていると、マリナが迷ったように話を切り出した。


「実はこの数日……変な夢を見るのです」

「どんな夢なんですか?」


 夢か……俺は逆に最近見ないな……。

 今の生活が夢みたいな状況だから、見なくてもいいんだけどな。

 マリナの表情が分かりやすく、段々と暗く変化していった。


「バルボア……が夢に出て来るのです」

「バルボア……? あいつ夢の中でも悪さしているのか?」


 久しぶりに聞いた単語に少しの驚きがあった。

 マリナの雰囲気的に、ただ夢に出てくるだけじゃないんだろう。


「ええ……。あの男……わたしを奴隷にして……色々なことをしてくるのです」

「色々なこと? それって?」

「えーっと…………色々は色々です!! 言葉にはできません!!」


 突然怒り出したマリナ。

 まだ媚薬の効果でも残っているのか?

 そんな疑問を持つと、マリナは話を続けた。


「それでですね。その夢に出るバルボアが人の姿をしていないのです」

「というと?」

「まるでモンスターであり、魔族という感じです……」


 そういえば、マリナはバルボアが魔族になったことを知らなかった。

 ロロナ婆ちゃんから誰にも言うなと厳命されていたからな。

 でも、どうして魔族化したことを知らないマリナが、その姿を夢に見るんだろう……。


「それだけじゃなくて、この街が……魔物に支配される光景が、何度も夢に出るのです……。人々は魔物の奴隷となり……いえ……あれは家畜と言った方が正しいですね。人々は家畜となり、遊びで殺されたり、生きたまま食べられたり、地獄のような光景が続くのです」


 そういえば……ゼウスもそんな光景を夢に見ると言っていたな。


「その光景がとても現実的で、夢だとは思えないほどに」

「それが続いている……ということですか……」


 何か危機を知らせている予兆なのだろうか。

 少しの引っかかりを感じた気もしたが、答えなんて見つかるわけもなかった。


「ただの夢だとは思うのですが……少し気になったので一応報告しておこうと思いまして」

「理由は俺にも分かりませんが、ちょっと気になりますね。また何か分かれば教えて下さい」


 俺がそう答えると同時に、ルルとニョニョの部屋から大きな寝言が響いてきた。


「やきとりーーーーーーーーー!!」

「ひのやーーーーーーーーーー!!」

「ファッッ!?」


 こうなると二人が起きるのは目前だ。

 ティーファは二人の寝言にビックリして起きたようだ。

 少しすると、器用に扉を開けてティーファがリビングに入ってくる。

 トコトコと俺たちの前までやってくると、小さな翼を片方だけ上に掲げる。


「ファッッ!!」

「ティーファ、おはよう」

「おはよう、ティーファ」


 ティーファは俺の膝に飛び乗ると、嬉しそうに頬を擦り付けてくる。

 俺もお返しにぎゅっと抱きしめる。


「ふふ、二人とも相変わらず仲良しですね」


 マリナの頬が微笑ましい光景を見たように緩んだ。

 ティーファが当然と言わんばかりに、一声あげる。

 マリナは椅子から立ち上がると、キラキラとした目で俺たちの前にやって来た。


「私も抱っこさせて下さい」


 俺は気付いているが、実はマリナもティーファの隠れファンなのだ。

 普段は冷静を保っているが、ティーファをモフっている時のマリナは鼻息が少し荒い。

 マリナは明らかにモフラーなのだ。

 しつこいモフラーはティーファに嫌われるが、マリナは1日1回という厳格なルールを自ら作り、守っているようだ。


 ティーファが自ら進んで自分の体を差し出すと、マリナは極上の笑顔を見せた。

 俺に見せる笑顔とはまた別の顔だ。

 マリナは赤ん坊を抱きかかえるように、ティーファを両腕で包み込む。


「ティーファ……ありがとう。あの時皆んなを守ってくれたこと。ルルとニョニョを一緒に探してくれたこと。ずっと違うティーファだと思っていた。シンヤと初めて会った時にティーファが仲間であり、自分よりも強いと言っていた意味がようやく分かりました。こんな可愛い姿をしているのに、あんな魔法を使えるんだから……。ティーファ、シンヤのことをこれからもお願いしますね。ルルとニョニョもおてんばだけど宜しくお願いします」

「ファッッ!!」


 マリナが語りかけるように話すと、ティーファは元気いっぱいに答えた。

 ティーファ語を翻訳すると、「任しておけ! 立ちはだかる敵は全部燃やしてやる!」だろうか。

 さすがはエンジェル・ロードの影のリーダーだけある。

 すでに風格が備わっているように感じた。


「きた!! 天職がきた!!」

「ルルもきた!! 頭の中にピカッと光が走った!!」


 扉の向こうから、ニョニョとルルの叫ぶような大きな声が響いてくる。

 どうやらこのタイミングで、二人が天職を授かったようだ。

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