十話・虹色に光り輝く
壁の隙間を縫って吹き付ける風の冷たさに、俺の意識が少しづつ覚めていく。
今日も冷えるな。
そう思いながらまだ重たい瞼を何度か擦ると、早速ステータスを確認する。
そこにはGP92という数字が浮かんでいた。
俺は小さく拳を握った。
今日はこの村に来てから四十日目だ。
今のところ順調にポイントが増えていっている。
毎朝の確認では、9、22、35、49、63、77、92、という感じで順調に増えていった。
村人の人数は正確には知らないが、少なくとも二百人は超えているだろう。
このままいけば村人全員アテナス教徒になりそうだ。
そこまでいってしまったらどうしようか?
村を出るのか?
でもこの村を離れたくない。
この村というよりルークやエレナたちと離れたくない。
ルイスもミルも村長も俺に優しくしてくれる。
俺はこの先のことを想像して、自問自答しながら自分の感情を確かめていく。
本当に欲しかったものはここにある。
俺はこの村で生活していくことを心に決めた。
今のままだと村長やルイスに迷惑をかけっぱなしだ。
何とかして次のダイスで能力アップか役に立つスキルが欲しいところだ。
このペースでいけば今日の夜には100ポイントを超えるかもしれない。
そうなると二度目のダイスだ。
期待と不安を入り混らせながらいつも通り仕事を行った。
エレナは今日、家でミルのお手伝いをしている。
ルークと二人で話しながら帰る途中、俺と同じくらいの年齢の男が三人が俺たちの行き先を阻むようにして立っていた。
俺たちとの距離が十メートル程を切ろうとした時、赤黒い色をした短髪の男が嘲るように声を出した。
「ルーク、そんな不細工なんかとどうしていつも一緒に居るんだよ。そんなのと一緒にいるとお前まで不細工になってしまうぞ?」
腹が立つ部分はあるが、それでもこんなことは言われ慣れている。
横を振り向いてルークの顔を見ると、面倒くさそうな顔をして一言だけ口にした。
「関係ないだろ?」
ルークの冷たい言葉に短髪の男の眉が少しだけ動く。
その隣から左右の髪の毛の色が違う男が、少しだけ怒気を含んだ口調で話す。
「お前、いっつもそれだもんな。こいつら実はデキてるんじゃないのか」
「ぷっ、それは言い過ぎだって。でも本当にあり得るかもしれないな」
「村一番の美少年と、至上最悪の不細工がデキているなんて、ぷっぷっ、やべーーー」
三人はゲラゲラと俺とルークを指差しながら笑い出した。
俺たちはそれを無視して歩き出すが、こいつらはわざわざ俺たちの前に出て道を塞いでくる。
そして俺たちに侮辱の言葉を浴びせてくる。
ルークは言い返したそうにしているが、手を強く握りしめて小刻みに震わせながら我慢している。
俺は自分が不細工と言われる分にはいくらでも我慢は出来る。
俺はどんな言葉をぶつけられて大丈夫だ。
だったはずだがーー今は何かが切れそうだ。
「お前たち二人とも気持ち悪いから早く村から出ていけよ!」
俺のことはいいんだ。
「出て行くより死んだほうがいいんじゃね?」
でも、大切な人を馬鹿にされるのは……。
「そうだな、どうせなら今死ねよ」
ブチッ!
「お前たちふざけたこと言うなよっ!」
俺は感情を抑えきれなくなって、こいつらを睨みつけながら声を荒げた。
すると三人は体を一瞬ビクつかせて驚いた顔をする。
だがその顔もすぐに怒りの表情へと変わっていく。
そして俺を見据えて短髪が口を開いた。
「この不細工がっ! 誰が喋っていいって言ったよ!?」
「俺はもう我慢ならねえよ」
「俺もだ、こいつ見てるとイライラしてくる」
俺の顔を見ながら口々に苛立ちの言葉を吐き捨てる。
イライラしてるのはこっちも一緒だ!
今度は我慢を抑えきれてないといった感じで、ルークが短髪を睨みつけながらお互いの鼻同士が触れ合うかまでの距離まで近づいた。
俺も怒りで睨み続ける。
一触即発だ。
そんな時、唐突に横から野太い大きな声が聞こえてくる。
「お前たち! そこでなにやってるんだ!?」
その声にチッと舌を鳴らすと三人は『なんでもない』と答えて去って行った。
声がした方を振り向くと、無精髭を生やした三十代くらいの男が立っていた。
この男は見たことがある。
村長の家で縛られていた時に、俺がこの村に居ることに対して反対の声を挙げていた男だ。
男はルークの前まで歩いてきて一度だけ俺を見遣ると少し苦い顔をした。
「ルーク、あいつらとは関わるなと言っているだろ」
「違うんだ! あいつらが先に絡んできたんだ」
「それはお前にも原因があるんじゃないのか?」
男はそう言うと、汚いものを見るような視線を俺の方へ向けてきた。
「シンヤはいい奴だ!」
「俺には村長や、ルイスの考えが分からん。まあ、ルークは気をつけておけ。あの悪ガキどもは何をするか分からんからな」
男はそう言い残して立ち去って行った。
俺はだんだんと頭の熱が冷めてくると、ルークに対して申し訳ない気持ちになってくる。
「ごめん、ルーク。俺のせいだな全部」
「馬鹿言うな。あの馬鹿三人のせいに決まっているだろ? あいつらは誰にだってあんな感じで村の嫌われ者だ」
「それでも……ごめん」
「もうそれ以上言うな。それ以上言ったら、今日のお代わりは俺に譲ってもらうぞ?」
ルークは俺の方を向いてニカッと笑った。
顔がイケンメンなのに心もイケメンだ。
いつもの俺なら自分と比べて卑屈になっていたかもしれないが、今はただ嬉しかった。
その後は何事もなかったかのように談笑しながら家に帰った。
△▲△▲△▲△▲
小屋に帰ってきた俺は、早速GPを確認するためにステータス画面を出した。
GP102
「ーーッ! き、きたー!」
俺は握った拳を天に突き上げると、近所迷惑になりそうなほどの声を出した。
「よしっ! よしっ! 今日はこれで天界でサイコロを振れるはずだ」
興奮冷め止まない中、小屋の中で小躍りする。
ガンッ
すると俺が少し飛び跳ねて着地した衝撃で、左足が床の板を突き破ってしまう。
「あっ、しまった」
左足を引き抜きことはできたがどうにも俺の力では直せそうにもない。
テンションが下がってしまって今日は素直に寝ることにした。
床の隙間から入る冷気により、一層寒さが増した。
今日はついてないなと思いながら、意識はぼやけていった。
気がつけば白色の世界に鮮やかな道が広がっていた。
これで4回目の天界だ。
俺は自分の立ち位置を確認すると、この先の道がどうなっているのかを確認するために歩いていく。
一つ先のマスも確認のためにしっかりと見ていく。
一つ先は、茶色のマス。
二つ先は、青色のマス。
三つ先は、黄色のマス。
四つ先は、青色のマス。
五つ先は、青色のマス。
六つ先は、緑色のマス。
出目が一以外ならかなりいい内容なのだが、やっぱりここは緑のマスが欲しいところだ。
能力もしくはスキルがもらえるならこれから先、生活しやすくなる。
足を止めずにさらに進んでいく。
この道はかなり先まで行かないと分かれ道がないようだ。
一番多いマスはやはり青だ。
二番目は茶色。
他は似たり寄ったりといった感じだが、黒色がいくつかあるのが気になる。
まあ、ここまで辿り着けるのか分からないからな。
俺は足を止めるとクルリと振り返り、元の位置まで戻っていく。
今日は悪いことばかりだったからなんとかいい数字を出して下さい。
俺は名もない神に祈った。
「ダイス」
そう言うと、ダイスがボンッと音を立てて俺の前に現れた。
速くなる心臓の鼓動を無意識に感じながら、ダイスを手にとって高く舞い上がるように放り投げた。
ふわりと浮いたダイスは空中のどこかで一度弾むと、階段を一段一段転がり落ちるように落ちてきた。
俺の足元の高さまで落ちてくると、今度は横に転がり出してその動きを止めた。
少し離れた位置まで転がったのでここからでは見えない。
走って確認しに行く。
そこには三つの黒い点がダイスに浮かんでいた。
よしっ! よしっ!
どう見てもレア度は青よりも黄色の方が確立が高い。
天界でのアイテムだから良いものがいっぱいありそうだ。
「出た数字は三です」
天界アナウンスが結果を告げる。
俺は小さく頷くと三マス先へと歩いていく。
黄色のマスに足を踏み入れた瞬間に視界がブレていく。
転移魔法を使った時のように。
そして俺はさっきまでとは全く別の場所に立っていた。
最初に感じたことはうるさいだった。
耳に鳴り響く大勢の人の声と、金属音。
まるで、騒がしいゲームセンターに来た時のようだった。
いや、音だけではない。
見た目の雰囲気もゲームセンターのように、様々な機械のようなものが置かれている。
パッと見れば日本にいるような雰囲気になる。
だがそこにいる人たちが違った。
何かを必死に叩いている、体は人型なのに緑色に染まった魚の顔をした生き物。
頭を抱えて唸っている大きな虫のような生き物。
何故か飛び跳ねている粘液状の物体。
談笑している人型をした白色の淡い光。
見たこともない様々な生き物がそこには居た。
そこにいる人はたちは俺のことを気にすることなく、それぞれ何かに夢中になっていた。
俺がその光景をポカンと眺めていると、天界アナウンスが響いてくる。
「ここは遊戯の間でございます。中央にあるレバーを引いて下さい。ここは遊戯の間でございます」
中央にってどこだよと思い辺りを見渡すと、先が見えないほどの広い空間の中で一際大きく目立っている機械があった。
それを見た瞬間、なぜかこれだと確信した。
薄気味悪い生き物たちを避けるようにしながらその機械の元へと歩いていく。
目の前に来てみるとその巨大さがよりハッキリと実感できた。
高さは二階建ての一軒家くらいの大きさだろうか。
見た目は超巨大なスッロット機のようだ。
上の方は巨大なテレビ画面のようになっているが、今は真っ暗だ。
俺の身長の倍以上の高さにレバーのようなものがあるが、明らかに手が届かない。
届いても丸太よりも太い巨大な棒を引くなんて出来そうにもない。
俺は上を見上げならそう思ったところーー突如、見上げた先にある黒い画面が鮮やかな色を持って光り出した。
そして、そこに映し出されたのは『ジャックポット』という文字だった。
そして何処からか怒号のような大きな声が上がる。
「ジャックポットが出たぞっ!」
俺はその声に反応して後ろを振り返る。
すると今まで目の前のことに夢中になっていた多くの生物がこちらに振り向き出し、俺の方を凝視し始めた。
その目には嫉妬や興味など様々な感情が浮かんでいるように見えた。
なんだよこいつら、さっきみたいに自分のことに集中しとけよ。
向けられる視線に怖くなって、またスロット機の方に顔を向ける。
さっきから天界アナウンスがレバーを回せと催促してくるけど、どうしたらいいんだ?
スロット台を下からじっくり見ていくと、右の端に申し訳なそうにチョコンと一つレバーが付いていた。
馬鹿かよ! 分かり辛すぎる。
早くレバーを引いて、ここから抜け出そう。
背中に受ける視線を感じながら、俺は小さなレバーの前まで歩いていく。
そしてレバー前で止まると迷うことなく一思いに引っ張ってみる。
ズゴンッといい音をさせてレバーは行き止まりまで下がった。
すると周囲から大きなどよめきが起こる。
気になって振り返ると、生物たちの視線は巨大な画面へと向かっているようだ。
俺も後ろに下がってその光景を視界に収める。
画面上ではグルグルと高速で何かが回っている。
最初はそこに何が書かれているのか分からなかったが、だんだんと回転速度を落としていって、初めて書かれている文字が理解出来た。
一番上にあるのは星のマークだ。
その下にはアイテム名が書かれている
よく見ると星は一つから六つまであって、ほとんどが一、二、三、だ。
もしかしたらこれはレア度か何かを意味しているのか?
よく見ればゲーム時代のレア度が高いアイテムほど星の数が多くなっている。
それに星六は虹色で、星五は金色だ。
対して星一は白色で、星二は青色だ。
星が大きいほどレア度が高いということで間違いなさそうだ。
星一つでもミスリルの剣や金の塊など、結構ヤバそうなのが並んでいる。
どれがきても大ハズレはなさそうだ。
その速度はゆっくりとだが確実にスピードを落として、アイテム名が上から下へと流れていく。
画面上には三つのアイテムが表示され、そして中央だけが光っている。
よくは分からないが、中央にきたアイテムをもらえるようだ。
もしかしたら三つもらえる可能性もある。
流れるアイテム名の中に、俺が見たことのないアイテムがあったりした。
一度だけ流れた星五の『光剣クラウソナス』なんてゲーム時代にはなかった。
徐々に遅くなっていくスロットに、後ろのざわめきがだんだんと大きくなっていく。
俺も両手を握りしめて良いアイテムが出るように願う。
画面上ではガンッ、ガンッと音を鳴らしながら、一つ、一つ、中央にあるアイテム名がユックリと変わっていく。
もういつ止まってもおかしくはない。
三つ星のところで一旦動きを止めたようにも見えたが、また一つズレる。
そして次の一つ星がガンッと音を鳴らして中央に来る。
新たに外から下りてきたのも一つ星。
アイテム名は【封風の宝珠】だ。
効果は風属性の耐性を上げる装飾具だ。
微妙すぎる。
それなら今、中央にある【大魔導士モルターのローブ】の方がいい。
あれだと耐久力が四十は上がったはずだし、魔力も十は上がるはずだ。
だが俺の思いも虚しく、何かが引っかかっているかのようにユックリっと動き出し、ガンッと音を鳴らした。
それと同時にこの場が割れんばかりの大きな歓声が起こる。
画面の外から下りてきたのは虹色に輝く文字。
そこに書かれていたのは【神鳥の卵】だった。
大地が揺れ、鼓膜が破れそうなほどの歓声。
それに合わせたかのようにガクッ、ガクッと文字が小刻みに上下に振動する。
そしてその揺れはだんだんと大きくなっていく。
ただの歓声だった声は次第に一つの言葉に変わっていく。
「う、ご、けっ!」
「う、ご、けっ!」
「う、ご、けっ!」
その瞬間、俺は魂が震えるかのような高揚感に包まれる。
俺もそれに合わせて震える声で声を上げる。
「う、ご、けっ!」
「う、ご、けっ!」
「う、ご、けっ!」
声が大きく、そして合わさっていくに連れて上下の振動は大きくなった。
だが急に、大きく振動していた文字はピタッとその振動を止める。
そしてこの瞬間、あれだけ騒がしかった場が静寂に包まれた。
ガチャンッッ!!
静寂の中、一際大きな音を鳴らして虹色に輝く文字が一段下に降りてきた。
そして世界が揺れるかと思うほどの歓声が一気に鳴り響く。
俺は中央に輝く虹色の文字をジッと見つめる。
ほ、本当にあれが当たったのか?
嘘じゃないよな?
呆然と画面を見つめていると突然画面の色が変わり、そこには大きく『おめでとうございます。獲得アイテムは【神鳥の卵】です』と書かれていた。
俺はその文字を見た途端、足に力が入らなくなってしまってその場にへたり込んだ。
そして気になっていた後ろを振り向くと、そこには数え切れないほどの生き物が俺を囲むようにして立っていた。
彼らは俺に向けて拍手をしながら祝福の言葉を贈ってくる。
どう返していいのか分からなかったため、照れながら軽く会釈をした。
するとガタンッという音が背後から聞こえてくる。
な、なんだ?
慌てて振り向いていた首を元に戻すと、そこには虹色に光った卵が転がっていた。
大きさはバスケットボールくらいで、少し縦に長い丸型だ。
俺を囲む彼らに促されて、震える足をなんとか押さえ込んで立ち上がった。
そして虹色の卵に向かって歩いていく。
目の前に来るとその輝きは一層増したように見えた。
恐る恐る触れると、暖かい感触を残して虹色の卵はその場から消えてしまう。
あれ? どこに消えてしまったんだ?
しばらく考えていると、天界アナウンスが聞こえてくる。
「手にしたアイテムは【神鳥の卵】です。アイテムは自動的にアイテムボックスに移りました。それではまたのお越しをお待ちしてます。手にしたアイテムは『神鳥の卵』です」
鳴り止まない拍手と祝福の歓声を聞きながら視界が真っ暗になっていった。
書き溜めしてからまた投稿する予定です。




