その二
それがこの日、この地にやって来たのは偶然だった。
ただ気まぐれに遠出をして、何か美味い物がないかと思ってやって来たのだが失敗だった。
この辺りには何もなかった。
美味い肉もなければ、不味い肉すらない。
果実もなければ、野菜もない。
……腹が減った。
普段の、縄張りの中にある狩場以外に行けば、きっと美味い肉を腹いっぱい食えると思っていたので、思惑を外したことによる虚脱感は並みならぬものだ。そこに空腹が合わさればなおのこと。
いつもの狩場に戻ろうと思ったが、此処まで来るのに予想以上に労力を要してしまった。故に少しばかり休憩しなければ戻るのすらままならない。
近くにあった古くて硬い穴倉に腰を据え、目を閉じる。
暫く眠り、起きたら仲間たちの元に戻ろう。
いつも獲物を待ち構える狩場に行こう。
そして、美味い肉たちが現れるのを待とう。
そう考えながら眠りについたのは、どれくらい前だっただろうか。
時間と言う概念を持たないそれにとって、寝てからの時間経過など関係はなかった。眠いから眠り、起きたいから起きる――ただそれだけのことだ。
――しかし。
目を覚まし、それは僅かな変化に気が付いた。
くんくんと鼻を鳴らし、臭いをかぐ。
……する。
良い匂いが。美味そうな匂いが。それも遠くない場所から。
何処からだ?
それは匂いを追って辺りを探る。一層濃い匂いが穴倉の奥から感じ取れた。
じゅるり……と、舌なめずりをしながら起き上がり、奥へと向かう。
はやり遠くに来るのは間違いではなかった。
美味い肉の気配がする。
美味い肉の匂いがする。
ぐうぅぅぅぅぅぅ……と腹が鳴った。空腹を訴える腹をポンと叩く。慌てるな、もう間もなくだ――そう言い聞かせるような仕草だ。
鼻腔が匂いを嗅ぎ、足はその匂いの濃いほうへと自然と向かっていた。
ああ、楽しみだ。
久々のごちそうだ。
しかも独り占めできると来たものだ。
最高だ。
美味そうな美味そうな、二本足で歩く極上の肉がこの奥にいる。
そう確信を以て、それは穴倉の奥へとどんどん進んでいき――そして、その匂いに辿り着いた。