その九
「おいマジか」
「おひゃあああああああああああ、逃げろおおおお!」
呆れ顔のガイアスの横で、ローウッドは絶叫しながらまだ生きている面々へと遁走を促すように叫んだ。
ガイアスが見上げる先。そこにあったのは、こちらに向かって一直線に飛来してくる炎の塊だった。
一体何がどうなってあの炎がこちらに飛んで来たのかは、考える間でもなかった。口元の笑みを深めながら、ガイアスは今一度曲刀を手にガーゴイルに挑む。
炎の接近に気づいたガーゴイルがこの場を離れようとしているが、そうはさせない。これは千載一遇の好機。これを逃せば、もうこの化け物を倒す機会はないと、ガイアスは本能的に感じ取った。
だからこそ動く。再び翼を広げて飛び立とうとするガーゴイルに向かって走り出し、近くの瓦礫を足場に跳躍する。そしてガーゴイルの背中に飛び乗るや否や、思い切り剣をその背に叩き込んだ。
衝撃音と共に、ガーゴイルの背中に刃が食い込む。刃を受けた背中が罅割れ、ガーゴイルが絶叫を上げながら地面に落ちた。
それを確認すると、ガイアスは即座にその場を離脱する。そして炎の塊がこちらへ――それも狙い澄ましたかのようにガーゴイルのすぐ傍に着弾した。
巨大な熱量が弾け飛び、熱波が辺りを蹂躙する。そして間近にいたガーゴイルの身体はそれをまともに浴びる形となった――勿論、ガーゴイルが頭から被っていた火薬もである。
結果、何が起きるかなど言うまでもない。
炎塊が着弾した時などよりも数倍巨大な爆炎が、ガーゴイルを中心に周囲を襲ったのである。
ローウッドが持ってきた火薬の量は予想以上に多かったのか、爆発の勢いは辺りの建物の表面を削り、転がっていた瓦礫の山は木端微塵に弾け飛んだ。石畳の街路は完全に穴が開いている。
「はは! 良いとこ持ってくじゃねーか、〈血塗れ〉よぉ!」
〈狂戦士〉が呵呵大笑する。爆発の衝撃や、それにともなって四散した瓦礫などを浴びて全身を血だらけにしたガイアスだが、その視線は揺るぎなく爆発の中心に向けられた。
あれだけの爆発をモロニ浴びて、全身がボロボロになりながらも、未だ原形を留めている石の化け物が、そこにはいた。
だが、もう終わりだ。
そう宣下するかのように、ガイアスは愛用の大曲刀を肩に担いだ。
「散々手間かけさせてくれたじゃねーか。いや、楽しくもあったからなぁ……礼を言うぜ、化け物」
にたぁぁぁ……と、獣が牙を剥くような獰猛な笑みと共に、ガイアスが一歩踏み出す。踏み出した勢いは止まらず、一歩、また一歩と踏み出される足の速度が増していく。
歩み足は駆け足へ。駆け足は全力疾走へと代わり、呻き声を上げる異形に向けて、〈狂戦士〉が己の全力を込めた一撃を繰り出す。
「うらああああああああああああああああああああ!」
刃が振り下ろされた。
大地をもかち割らんとするかのような渾身の一撃が、石の化け物の頭に吸い込まれるようにして振り下され――そしてその必殺の刃が、ついにガーゴイルの頭を破砕した。




