その八
――ツェルヴェルクさん!
突然脳裏に聞こえた声に息を呑む。いきなり頭の中に声が響けば誰だってそうなるだろう。だが、ツェルがどうにか表情に戸惑いを浮かべずにいられたのは、そういう現象が決して初めてではないからだ。
最も、相手が予想外だったが故に、どうしても内心戸惑いは隠せないのだが。
――ヘクト……ってことは、《念話》か?
――その通りです。魔女に悟られないようにするには、これしかありませんので。
なるほど、とツェルは納得する。ルクレツァの炎に対処しながら、ツェルは少女に用件を尋ねると、コールさんから言伝です、という前置きの後、少女が告げた言葉にツェルは眉を顰めた。
――あちらで暴れているガーゴイルに、どうにかして魔女の炎を飛ばしてください。
一瞬、どういうことなのか判らなかった。だが、コールがなんの意味もなくそんなことをしろと言うわけもない。ならばきっと必要なことなのだろうと判断し、ツェルは了承の意を告げる。
――了解。手段は問わない?
――はい。ですが、出来るだけ早くした方が良いと思います。
簡単に言ってくれるなぁ、と内心苦笑しながら、ツェルは魔女の炎を掻き消してから後ろに飛び退く。
方法は簡単に思いついた。奇しくもツェルが求めていた手段が、コールの要求に通じるものがあったからだ。
ヘクトと二言三言言葉を交わすと、ツェルは魔女と距離を置くように飛び退り、大きく肩を上下させた。
そんなツェルを見て、ルクレツァはにぃぃ……と笑みを深める。
「あらあら。騎士様はお疲れかしら?」
ルクレツァの言葉に、ツェルは答えない。ただ黙してその場で呼吸を整えるように息を吐くと、魔女はふんと鼻を鳴らした。
「つれない態度ね。でも、こっちは貴方に合わせてあげる理由はないの。頑張っているから遊んであげたけど、それもできないのなら――もういいわよね?」
言い終えると同時、ルクレツァの頭上に突如眩い光が姿を現した。これまでのどの魔術よりも巨大な炎の塊。まるで小さな太陽を思わせる熱源に、ツェルだけではなく、コールを開放していたヘクトまで驚愕に目を見開いた。
極大の炎を携えた魔女が、何処か残念そうに。そして何処か面白そうに表情を歪める。
「それじゃあ、これで終わりね。さようなら、頼もしい騎士様」
別れの言葉のように言って、魔女はその魔術を解き放った。巨大な熱の塊は、まるで撃ち出された砲弾の如くツェルに向かって放たれ――そしてそれと対峙したツェルの口元が、にやりと歪む。
――そういうのを待ってたんだよ!
炎塊を見据えるツェルは、騎士剣を手に正面から炎へ向かって疾駆した。
そして自分に襲い掛かろうとする炎に向けて、騎士剣を振り抜く。剣と炎が激突し、衝撃が周囲に弾け飛んだ。
剣で受け止めた炎の熱波がツェルの全身を襲う。じりじりと肌の焼ける激痛に対し、歯を食いしばって耐える。そして、
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
裂帛の気迫と共に、ツェルが騎士剣を振り抜いた。
ツェルを呑み込もうとしていた炎が弾け飛び、あらぬ方向へ飛んで行く。
飛んで行く炎を見据え、ルクレツァは呆れたように肩を竦めた。
「あらあら。頑張ったわりには、見当違いな方向に飛んで行ったわね? 私に当てようと思ったのなら、失敗みたいよ」
と、からかうように言う魔女に向け、ツェルは口の端を吊り上げて言った。
「いいや。これでいい」