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その二



 ――硬ぇな。


 いったい何度剣を叩き込んだか、最早覚えていない。いや、そもそも数えてなんていない。そんなどうでもいいことに思考を費やしている暇はなかった。ガーゴイルの巨体から繰り出される戦斧や、鋭い爪。鞭のように飛んでくる尾を躱して懐に飛び込み――剣を叩き込む。


 それらの動作を的確に繰り返すために、ガイアスの思考は最低限にしか働いていない。数多の戦場で培った危機察知で回避し、生まれ持った闘争本能に任せ、鍛え上げた膂力のすべてを込めて攻撃に徹する。


 鋼の塊のような分厚く幅広い刀身を持つ大曲刀を振り下し、薙ぎ払い、叩きつける――その繰り返しを何度も何度も。


 刃がガーゴイルの身体を捉えるたびに、その硬い岩石のような体皮が僅かに削れていく。


 しかしそれだけだ。削れている量はほんのわずか。それらは石工職人が地道に石を削るのと同じようなもので、それは傷を負わせたと呼ぶにはあまりにも程遠い。


 薙ぎ払われる戦斧を屈んで回避し、踏込と同時に剣を振り下ろす。硬い手応えと共に剣が弾き返された。失敗を悟り即座に後退。


 びちゃり……足元に水が刎ねる音がする。勿論、それが水でないことなどガイアスには判っている。


 辺りに蔓延するのは鉄錆の臭い。ガイアスの足元に広がっているのは、目の前の異形が暴れた結果による産物だ。


 荒くなった息を整えるように不覚呼吸しながら、僅かに視線を辺りに巡らせる。


 最初――ガイアスがガーゴイルと対峙した時、自分以外にこの化け物と戦おうとした戦士は、少なからずいた。実力のほどは知れないが、多くの住民や贄者たちが逃げ惑う中で、それでも武器を手に対峙した数は、確か両手両足合わせて数えても足りないくらいにはいたのだ。


 しかし、此処に居たって生き残っている数は辛うじて両手で数えられる程度で、しかもその大半が惨状を目の当たりにして、恐怖に染まった表情で膝をつき、震え上がっていた。心が折れているのは誰の目にも明らかだ。


 ――そして。


 それでもなお戦おうと言う意志を携えている者もわずかにいる。顔を知っている者も、その中にはいた。


 あの口上だけは一人前のような女騎士と、その女騎士を伴っていた教会の女だ。

 かかっ、とガイアスの口から哄笑が漏れる。転がっている肉塊(したい)の数は数十近く。それらによって出来上がった血溜まりは小湖の如く。臓物の臭いと死臭と血臭が蔓延するこの戦場で尚、心が折れないその姿にガイアスは嬉しくなる。


 一体何が、あの二人をこの場に留めているのかは判らない。ただ言えるのは、こんな詩が蔓延した場所に残ろうとしてしまっている辺り、二人もまた何処か常軌を逸しているのだ――と。


 ――さて……あとはあのクソ商人(やくたたず)と〈血塗れ〉に、頭巾野郎か。


 ローウッドに関して言えば、はっきり言ってあまり期待していない。役に立ったら御の字、程度だ。


 問題は残り二人。あの二人は今、何処にいるのか。そう思った時である。此処とは言葉る場所――ガイアスの視界の、ガーゴイルを挟んだ向こう側から、凄まじい爆発音が轟いた。


 何が起きたのか――そう気にはなるものの、眼前の脅威から一瞬でも目を離せば自分が()られる。そう考えていたのだが、あろうことか目の前のガーゴイルがその視線を音の聞こえた彼方へと向けたのである。


 ――なんだ……何がある?


 目の前の化け物が気に止めるほどのものがあるというのか。一応ガーゴイルの動きを警戒しながら、ガイアスもまた視線だけを同じ方向に向け――そしてその光景を目にする。


 遥か彼方――辛うじて視界に捉えることが出来るところにあった、連なった建造物の屋上に立つ複数の人影。


 一つはあのどうも胡散臭い魔女――ルクレツァだ。その手に杖を携え、頭上に無数の炎を伴って相対者へと魔術を放っている。


 そして、そんな魔女と対峙しているのは、寸前まで気に留めていた〈血塗れ〉の騎士――ツェルヴェルク・ラインに、頭巾野郎――コール・ヤクトウルム。それにこの黄昏領に来た時に遭遇した小柄な娘――確かヘクトという名の女。


 その三人と魔女が対峙している。


 一体何がどうなってあのような図式になっているのか判らなかったが、ガーゴイルの眼差しと敵意が三人に向けられているのだけは理解できた。


 そしてその背にある大きな翼を動かし、今にもこの場を飛び立とうとしているのを見て、ガイアスは即座に動く。


 はばたかせようとしたその翼目掛けて、渾身の大上段からの切り下ろし。全体重を乗せ、膂力の限りに振り下した一撃が、見事に異形の翼を捉え、破砕音と共に翼の一部を破壊する。


 同時にガーゴイルが悲鳴を上げた。今まさに飛び立とうとしていたのを止め、代わりに殺気の籠った視線がガイアスを貫く。


 これでいい。


 理由も何も知らないのに、ガイアスはどういうわけか、あの戦いに横槍を入れさせてはいけないと――何故かそう思ってしまった。もし根拠らしいものが必要ならば、傭兵の勘、と言うだけだ。


 まあ、なんだっていいのだ。結局のところ、ガイアスはこの状況を楽しんでいるのだから。こちらは何百回も攻撃を叩き込んでも倒せるか判らず、こちらは一撃でもまともに食らえば必死という、どうしようもなく絶望的で刹那的な――この状況を。


 ――テメェはそっちで魔女(おんな)と仲良く踊ってろ。代わりに俺がこいつと遊んでてやる!



「うらああああああああああああああああああああああああああ!」



 胸中で叫び、同時に咆哮を上げながら、〈狂戦士〉が化け物へと再び剣を振るう。


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