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五幕 『激闘』

   


 一瞬、目の前で何が起きたのか理解できなかった。

 ヘクトが気づいた時にはもう、ツェルが自分を守るように突き飛ばし、魔力の塊の直撃を受けた姿。そして次の瞬間、彼の足元が崩壊し、その姿は階下へと呑まれていった。

「ツェルヴェルクさん!」

 慌てて立ち上がり、駆け寄ろうとする。しかし、


「余所見をするな!」


 阻むように叱声が飛び、ヘクトは声の方へ視線を向ける。視線の先で、頭巾で顔を隠した人物――コールと、魔女――ルクレツァが対峙しており、魔女の頭上には無数の魔力塊が浮遊しており――次の瞬間、それらが一斉に放たれる。

 迫る魔力の塊を、コールは凄まじい駿足で回避する姿に目を剥きながら、ヘクトもまた自分へ向けて飛来した魔力を防ぐべく短杖を振るう。

 魔力を操作し、眼前に対魔術障壁(アンチマジックシールド)を顕現。迫る魔力の弾丸が、ヘクトの障壁と激突する。凄まじい衝撃が障壁を襲い、弾けた魔力の残滓が周囲に弾け飛ぶ。

 ただ魔力を固めただけの弾だが、練り込まれている魔力の量が桁外れなのか、襲い来る魔弾をすべて防ぐとほぼ同時に障壁が破砕されてしまった。


「無事か?」


 いつの間にか傍に現れたコールが、心配するように尋ねてくる。無言で頷きながら、ヘクトは膝をつきそうになるのを堪えながらルクレツァに視線を向けた。

「あら。よく防ぎ切れたわね」魔女が驚いたように目を見開き、そしてそれ以上に楽しそうな笑みを浮かべる。

「始めて見た時から、並みはずれた魔力持ちだとは思っていたけど……これは潰し甲斐があるわ」

 愉悦が表情を彩り、魔女が杖を高らかに翳した。同時に魔女の前方に幾何学の円陣が描かれる。広範囲殲滅を目的とした高位の魔術。


 ――それを一瞬で展開した!? この人、一体……!?


 ルクレツァの常軌を逸したその所業に驚愕するが、それもわずかの間だけだ。ヘクトは慌てて自身も魔術を展開する。


「さあ、これは防げるかしら?」


「後ろに!」


 コールに向けてそう叫びながら、ヘクトは短杖を振るって術を発動させる。対魔術障壁の高位に位置する防御術式《断絶の盾》。光の防壁が眼前に展開され、魔女の放った高位魔術《灼火の陣》による大瀑布の如く迫る熱量を堰き止めた。

 しかし、あらゆる災厄を断絶する光の盾が、びしりっ……と言う音を上げて罅入った。


「そんな……!」


 驚愕の声を上げるヘクトだが、即座に魔力を練って《断絶の盾》の効力を強化する。しかし、それでも盾は少しずつ罅を大きくしていく。

 その意味を理解して、ヘクトは相手の実力の程を改めて痛感させられた。

魔術の威力もさることながら、ルクレツァの魔術に込めた魔力が桁違いすぎるのだ。

 徐々に亀裂を大きくしていく障壁を見上げながら、ヘクトは考える。この状況を打破する術はないのかと。しかし、そんな都合のいいものが簡単に思いつけるはずもなく、広がる亀裂がヘクトの焦りを加速させる。

 そうしているうちに障壁のほぼ全域に亀裂が走り、最早風前の灯のような状態だ。同時に――もう駄目だ、という諦念が去来する。諦めてはいけないと思うのに、圧倒的な力の差から生じる目の前の現実がその思いを踏み躙っていく。

 そして、ついに力の均衡が崩れた。障壁に走った亀裂が最早ごまかしようもない段階に陥ったのと同時、ヘクトの維持していた障壁は甲高い破砕音と共に消滅し、同時に目の前が瞬く間に真紅に染まった。


 ――ロイ……。


 何故、彼のことを思ったのだろうか。死ねば冥界で彼とまた会えるのかもしれないなどという、夢物語に縋ってしまっているからか。あるいは彼と出会ってからこれまでのことを想ったからなのか。


 ――あるいは、まだ希望があるからなのか。


 そんなものなどないのに。だけどどうしてだろう。彼の言葉が、それを否定する。

 何故なら、


「――騎士型第二式、《忠義の騎士(ガランディン)》」


 後ろから聞こえた、囁くような――それでいてはっきりと耳朶を叩く静かな宣言と共に、ヘクトとコールを暖かい風が包み込む。

 それは二人を守るように展開された不可視の防壁だった。背後からやって来たその障壁は、今まさにヘクトたちを呑み込もうとしていた紅蓮を、まるで受け流すようにして防いでいる。

 見たこともない術式。このような術式を、ヘクトは知らない。ヘクトに判るのは、自分の知る魔術とは明らかに異なる理念で構築されている物だ、ということだけ。


 だけど、誰が――とは思わなかった。


 隣に立つコールが、背後に立っているであろう人物を振り替えると同時に安堵の域を漏らしたのが判った。その気持ちは、ヘクトも同じだ。先ほどの声が誰のものであるか、ヘクトにははっきり判っている。

 ヘクトもまた振り返り、その人物を見た。

 そこに立っているのは、先ほどまでヘクトが抱えていた剣を手に悠然と佇む青年。彼が――ロイが親友と呼び、全幅の信頼を預けたただ一人の騎士。


 騎士が、剣を一振りする。


 同時に剣が淡い光を纏い、剣の軌跡が輝きとなって辺りを包む炎を薙ぎ払った。炎が霧散したその情景に魔女が驚愕に息を呑んだ気配がした。

「……驚いたわね。私の術を剣の一振りで消すなんて。どんな手品を使ったのかしら?」

「知りたきゃ冥界に行って頭を下げて来い。俺が直々に送ってやる」

 皮肉げに口元を綻ばせながら、彼は剣の切っ先を魔女へと突きつけた。そして視線をルクレツァからヘクトへと向け、彼は困ったように眉を顰め、様々な感情が入り混じったような表情を浮かべた後、それらすべてを吐き出すように溜め息を吐いた。


「……自分の惚れた女くらい、自分で守れっての」


 本当に小さい声。だけどその科白は、確かにヘクトの耳に届いていた。

 だがその言葉を理解するよりも先に、ツェルがこちらを見下して口を開く。

「死んでもまだ振り回すんだ。一発位ぶん殴ったってバチは当たらないんじゃないか?」

 なあ? と、騎士は不遜な態度で問うてきた。何故だかその科白が可笑しくて、ヘクトは苦笑を漏らしながら首を縦に振る。

「そうですね。残された側としては、文句の百や二百を投げつけたい気分です」

「まったくだ」

「二人だけで納得しないで欲しい」

 軽口を叩くと、コールが困ったようにそう言った。確かに、彼としては完全に蚊帳の外だっただろう。置いてきぼりにしてしまったことを申し訳なく思いつつ、ヘクトは小さく失笑しながら立ち上がる。

「……まったく。さっきまで死人も同然の気配だったくせに、急にやる気になるなんて……どんな心境の変化があったのかしら?」

 不満そうに、魔女がそう嘯いた。射抜くような視線で騎士を睥睨すると、彼は肩を竦めながら口の端を吊り上げる。

「――別に。お前に言われた通り。ご主人様のご命令がないと何にもできない無能なんでな」

 りぃぃぃぃん……と、彼の手にする剣が鳴動した。淡い輝きを纏う剣を手に、ツェルが一拍の間を開けて告げる。


「この黄昏を終わらせる――って言う、親友(しゅくん)願い(めいれい)を果たすだけさ」


 宣言と共に騎士が駆り、


「ならやっぱり、貴方はしっかり殺さないといけないとね!」


 相対するかのように、魔女が宝杖を掲げた。

 そして次の瞬間、騎士と魔女が激突する。

 剣の纏う魔力と魔女の掲げた魔術が交錯し――辺りがその激突で生じた衝撃によって弾け飛んだ。



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