その二
悲鳴がすべてを呑み込み、咆哮が恐怖を伝播させる。
降り立った異形の者たちが、手当たり次第に周囲の人間を蹂躙しようと牙を剥いた。獣の姿をした魔物が逃げる幼子の首元に噛み付く。断末魔を上げる間もなく絶命した身体を食いちぎる横で、亜人の魔物が老翁目掛け手にする錆びついた剣を叩きつけた。肩口からバッサリと切り裂かれた老翁が倒れ、流れた血が老翁を中心に血溜まりを作る。
奇声を上げて次々と周りの人間を手当たり次第に襲撃する魔物を前に逃げ惑うカルケルの住人たち。
そんな中で、必死に魔物に対抗しようとしているのは、普段から偉そうな顔をして威張り散らしていた贄者たちである。しかし、彼らの多くもまた、魔物との戦いを放棄し、長い間この街の中で管を巻いていた者が大半だった。
腕に覚えのある贄者たちの多くは、今も黄昏領の各地を探索しているのである。故に本当に魔物と渡り合える者は一握りだ。
そして――その一握りに数えられる傭兵が一人、魔物が現れた近くの宿兼酒場から悠然と姿を現す。
身の丈ほどある幅広の曲刀を担いだ男は、手近に迫っていた獣型の魔物に目掛け、無造作に曲刀を振るった。弧を描いて軽く振り上げられた曲刀の刃が、救い上げる形で目の前を横切ろうとしていた獣の首を刈る。
打ち上げられる形で切られた獣の首が球技の球のように勢いよく頭上に飛んだ。同時に地面でばしゃりと血が巻垂らされる音が響き、周囲に漂っていた血臭が一層濃いものとなって傭兵を包む。
血の臭いに抱かれながら、かかっ、と傭兵が――ガイアスが嗤い、彼は陰る空に視線を向けて、その笑みを一層深く、醜悪なものへと変貌させながら嬉々として嘯く。
「いいねぇ、こういうの。こういう展開を待っていたんだよ……俺は」
彼が見上げた視線の先にいたのは、彼がこの黄昏領に来た時に遭遇したオーガ程の巨躯を持つ異形だった。
「あらあら。おおきいですねぇ」
「まさか……石身の守護獣なのか?」
後から追ってきたのだろう。ラドリアンヌが相変わらずすっとぼけた発言をする隣で、剣を手にしたレオーネが魔物の姿を見てその名を零した。
ガーゴイル。守護像として造られた彫像が動き出したように思わせる、石のような硬度を持つ化け物だ。
その名、その姿の通り、並大抵の武器では攻撃が一切通じないが故に畏れられる異形である。
確実に屠る手段としては、大型の魔物と同様。複数人でガーゴイルを近接先頭に持ち込み、地面に引き摺り下している間に高火力の魔術を叩き込んで破壊するのが定石である。
だが、ガイアスが見渡す限り、これほど巨大なガーゴイルに損害を与えられるような魔術を扱える術者がいるようには見えなかった。
状況は恐らく不利に違いない。戦力は少なく、敵の力は強大だ。
――だが、それがいい。
ガイアスの眼光が鋭くガーゴイルを睨む。そして眼前の敵との戦いを想像する――それだけで背筋がぞくぞくとするのが判る。
「おい商人!」
「はいぃ!」ガイアスの叱声に、隠れていたローウッドが悲鳴を上げながら姿を現す。身を震わせながらこちらを覗き見る商人に向け、ガイアスは殺気の孕んだ眼差しを向けた。蛇に睨まれた蛙よろしく、身を竦みあがらせたローウッドに向け、ガイアスは歯を剥き出しに嗤って見せた。
「仕事の時間だ。そのよく回る口と足を使いやがれ。なんでもいいから使えそうなものを持って来い!」
「ちょっ、ガイアスはん!? そら無茶ぶりにもほどがありますわ! せめて何が必要なのかくらい――」
「いいからさっさとやりやがれ!」
「はいぃぃぃい!」
凶暴な傭兵の怒号を前に、ローウッドは即座に姿勢を正して直立不動のまま即応すると、一目散に駆け出した。「ガイアスはんの阿呆! こん鬼畜がぁぁぁぁぁぁ!」という悲痛な叫びは、聞かなかったことにしてやろう。
何せあのような科白など気にならないくらい、今は目の前に楽しい祭りがあるのだ。
咆哮が頭上から。
気配が膨れ上がると同時、その異形が地に降り立つ。手に握る巨大な長柄戦斧が一閃され、先ほどまでガイアスたちがいた酒場を始め、周りの建物が立った一薙ぎで粉砕された。
粉砕された瓦礫が周囲に降り注ぎ被害を広げる中で、ガイアスは降りかかる火の粉を払うように大曲刀を振るった。
斬撃が瓦礫を粉砕し、木端微塵になった粉塵の中をガイアスはガーゴイル目掛けて疾駆する。
「うらぁあああああああああああああああっ!」
石の身体を持つ異形の懐に踏み込んだ〈狂戦士〉が、裂帛の気迫と共に戦闘開始の狼煙を上げた。
◇◇◇
八本の火槍が飛来する。回避と咄嗟に身体を動かすが、その次の瞬間にはそれが失策であることを悟り、大きく前へ跳躍した。
背後に着弾した火槍が地を穿つと同時に爆発し、炎が四散し着弾地点を中心に周囲を焼く。
放たれたのは《火散槍》だった。先の現象が証明するように、着弾と同時に周囲を焼き払う魔術で、ただの火槍と思って紙一重で回避した相手を追撃することを想定した魔術である。
「あら、勘が良いのね」
ルクレツァがほくそ笑みながら、高い建物の上に立ってこちらを見下ろしている。睥睨する魔女を見上げつつ、ツェルはその背後に迫る影に気づく。
いつの間にか背後に回っていた暗殺者が、短剣を手に魔女へと肉薄する。だが、次の瞬間ルクレツァの周囲に火柱が立ち上り、今まさに切り掛かろうとしたコールは熱波から逃れるように飛び退った。
「レディの背後を襲うなんて、礼儀がなっていないわよ?」
まるで悪戯をする子供を窘めるような態度でルクレツァが微笑する。まるで掌で踊らされているような感覚に舌打ちをしながら、ツェルは腕が霞むような速度で投擲用短剣を投擲。
しかし当然のように出現した炎が短剣を焼き払った。鋼の刃が瞬時に焼却される。まるで冗談みたいな高位の魔術に舌を巻きながら、ツェルは反撃と言わんばかりに撃ち出された魔術を躱しながら壁を蹴って頭上に跳ぶ。
まずは同じ土台に立たなければ話にならない。
跳躍に跳躍を重ねて建物の淵に手を掛けると、一気に屋上に身体を転がり込ませ――更にそのまま数回転がった。その背後で炎が踊る。
――無詠唱無制限に乱発……どんな化け物だ!
体勢を立て直しながらルクレツァを見る。その手に握る宝杖が真紅の輝きを発していた――高位魔術の気配。
避けられるか。もしも広範囲を瞬時に攻撃するような術であった場合、今のツェルには対処する術がない。
「ばいばい、騎士様」
死の宣告のように、ルクレツァがそう言って嗤った。その表情が克明に自分の死を連想させ、ツェルは最後の抵抗といわんばかりに短剣を投擲しようとした――その刹那。
何処からともなく出現した無数の氷刃が、一斉にルクレツァに躍り掛かった。
突然の襲撃。しかしルクレツァはそれに平然と対処する。四方八方から迫る氷の刃を堰き止めるように、その軌道上に炎の塊を顕現させて受け止め相殺し、魔女はツェルを――正確にはその背後に向けて鋭い眼差しを向けた。
その視線を負うように、ツェルもまた背後を振り返って魔女の見据える人物を見て、驚きとともにその名を呼ぶ。
「――ヘクト?」
桜色の髪を持つ小柄の少女が、これまで見たことのないような表情と共に短杖を構えていた。同時に、ツェルの視線は少女から、少女が腕に抱えている物に向けられる。
――騎士剣。
それはそう呼ばれる物だった。
ユミルの騎士のみが持つことを許された術具であり、ユミルの騎士が最強と謳われる所以とも言える剣。
その剣を抱えた少女が、怒気と殺意と敵意の込められた視線で魔女を見る。
怒りに肩を震わせ、殺意で眼差しを鋭くした少女が、杖を魔女に突きつけるように構えながら口を開く。
「……貴女なのですか」
ゆっくりと口にされたその言葉の意味を、ツェルもルクレツァも理解が出来なかった。
一体何が?
そう尋ねるよりも先に、ヘクトが言葉を続ける。
「先ほど、貴方たちがしていた話を聞いていました。だから……だから、貴女に尋ねているんです。貴女が――」
少女がそこで一度、言葉をとぎらせた。
そして逡巡するように僅かに視線を彷徨わせ……それでも、と意を決した様子でヘクトは問うた。
「――貴女が……ロイを、殺したのですか?」
沈痛な面持ちで口にされたその言葉。万感の思いが込められた――そんな言葉に、魔女は殺気の孕んだ表情を一変させて笑みを浮かべると「殺してなんていないわ」と頭を振り、そして言い放つ。
「死に追いやっただけよ」
何がそんなに嬉しいのか、まるで祝い事を前にしてするような幸せそうな笑みを浮かべる魔女の言葉に、まるで相反するように顔を青くした少女が膝をつく。
「ルクレツァアアアアアアアアアアアア!」
同時にツェルは絶叫を上げて魔女へと飛び掛かった。投擲用の短剣を両手に握り魔女へと肉薄し、心臓目掛けて逆手に突き立てようとする。
そんなツェルに向け、ルクレツァはつまらなそうに顰め面を浮かべた。
「短絡的すぎるわよ、騎士様」
そう言いながら、ルクレツァは宝杖を薙ぎ払う。杖の描く軌跡を追うように炎が迸り、刃を突き立てようとしたツェルを弾き飛ばした。
「くあっ!?」
弾かれて屋根の上を転がるツェル。炎自体にはこれまでも魔術に比べると威力はなかったが、受け身すら取ることに失敗し、無防備になったところを見逃すほど魔女は甘くはない。
新たな術式が展開され、再び炎がツェルを襲おうとした――のだが、横から割り込んできたコールがそれを阻んだ。接敵と同時に放たれた無数の投剣と、コールの斬撃が魔女を襲う。
「貴方、さっきから鬱陶しいわよ!」
「そうなるようにしている」
咄嗟に炎を顕現させて投剣を防ぐと同時、苛立ったように叫ぶ魔女に、暗殺者は不敵に応じながら更なる追撃に動くのを横目に、ツェルは自分の至らなさに舌打ちを零し――そして視界の片隅で今も蹲るヘクトを見るや、少女の下へと駆け寄る。
「……大丈夫か」
「……ツェルヴェルク、さん」
顔を上げた少女の瞳から滂沱のように溢れる涙と、その腕に抱かれている剣が視界に飛び込む。
尋ねるべき言葉が幾つもあるはずなのに、言葉がなかなか口から出てこない。だが、それでも訊かなければならないことがあると自分に言い聞かせ、ツェルはヘクトを見据えながらゆっくり口を開く。
「君は……ロイ、シュタットを知っている、のか……?」
ツェルの問いに、少女は我に返ったように顔を伏せ、それからゆっくりと首を縦に振り肯定する。
「だから俺のことを知っていたのか……」納得したように、ツェルはその場で嘆息した。黄昏領に始めて来た時のことを思い出す。あの時、ヘクトはツェルのことを知っているように語ったのは、そのためだったのだろう。
そう。あの時感じた疑念は、これでようやく理解できた。ただ、もう一つだけ気になること。気にすべきことがある。
ツェルは少女の抱える騎士剣を見ながら、再びヘクトに問いを投げた。
「どうして、君がロイシュタット……ロイの騎士剣を持っているんだ」
「預かったんです……あの日、旅立つ前に。そして――」
小さく言葉を紡ぎながら、少女は大切なものを捧げるように、あるいはそれを手放すことを惜しむようにして、それでもなおその腕に抱いていた剣を、ツェルへと差し出しながら告げる。
「――自分が帰らず……そして、貴方がこの地に来たのならば……託せ、と……ッ」
最後の最後まで言葉を紡げたのは、きっとそこに大切なことがあったから。そして堰を切ったように再び涙を流す少女の前に跪き、ツェルは恐れるように、そして壊れ物を扱うように慎重に手を伸ばし、剣を手に取る。
見慣れた、そして馴染み深い友の剣。だというのに、受け取った手に伸し掛かる重さは、ツェルの知っているものとはずっと異なっているような気がした。
「……この剣は」
――こんなに、重かっただろうか?
言葉にならない感慨が胸の奥に湧きおこるような気がして、息を呑む。
亡き友の剣が今手の中にあり、その剣の持ち主の代わりに、持ち主を想って涙を流す女性がいる。
ああ……ツェルはその姿の傍らに、親友の姿を夢想する。
もしかして――そう思った矢先だ。「避けろ!」という切羽詰まった怒号が聞こえ、ツェルは咄嗟に振り返った。
視線の先には、片膝をつくコールと、そんな彼の傍らで皮肉げな笑みを浮かべる魔女。そして自分たち目掛けて飛来する魔力の塊だった。
迫る魔術を見た瞬間、ツェルは振り返ると同時に魔術の軌道上からヘクトを逃れさせるために突き飛ばした。
驚き見開かれた、涙にぬれる少女の眼差しを受けながら、ツェルはロイシュタットの騎士剣を手にし、破れかぶれに防御の姿勢を取る。
転瞬、凄まじい衝撃が全身を貫いた。
全身を万遍なく襲う痛みに声にならない悲鳴を上げながら、ツェルは突然の浮遊感に襲われ目を剥く。
魔術の威力に耐えきれなかった足場が崩れたのだ。崩落に巻き込まれ、ツェルの身体は瓦礫と共に建物の階下に落下する。魔術によるダメージと突然の出来事に対処が間に合わず、ツェルは背中から階下の床に叩きつけられることになった。
衝撃で、肺の中の空気が無理矢理吐き出される。痛みと呼吸の断絶に呻きながらも、どうにか意識を手放さずに済んだ。
降る瓦礫が体のあちこちを強打するが、こうなってはもうどの痛みを気にすればいいのか判らず、ツェルは意識して強引に痛みを無視しながら身体を起こした。
「……ぐぅあ……痛っー……」
勿論、その程度で痛みが失せるのならば誰も苦労しないわけで。ツェルは体全体が訴えてくる痛みに顔を顰めながら、視線を頭上へと向けた。
結構な高さを落ちたらしく、落下してきた天井の穴はだいぶ遠かった。
こりゃ戻るのに一苦労しそうだ、と内心愚痴を零しながら、手にする剣を見下す。
豪奢――とまでは言わないが、見事な衣装が施された細身の護拳が備わった騎士剣は、記憶の中にあるロイシュタットの騎士剣と同じものだ。
この剣がどのような経緯でヘクトの下に至ったのかは、この際どうでもいい気がした。重要なのは、この騎士剣はロイシュタットが死期を悟り、万が一のことを考えて残して行った――ということだ。
……莫迦な奴だ、とツェルは乾いた笑みを零す。
「この剣があれば……死ななかったかもしれないだろうに」
ユミルの騎士が周辺諸国から畏怖された所以は、この騎士剣にある。特殊な鉱石から製錬されたこの剣は、武器であると同時に強力な術具でもあった。
|騎士型(エクエス=テルム)と呼ばれる特殊な魔術を内封し、ユミルの騎士がそれらを行使することで戦況を動かすほどの力を与えられる――いわば量産を可能とした魔剣の類。
それを持っているか持っていないかでは、騎士単体の戦力は大きく変化するのだ。
たとえば、この黄昏領に来て最初に遭遇したオーク。もしあの時ツェルが騎士剣を持っていれば、あのような苦戦などすることなく、単騎で討つだって可能にするほど。
そんな力を持つ剣を手放すなど、阿呆以外の何だというのか。それも、来るか来ないかすら定かでない相手に託すなど、愚かと言わずしてなんと言う?
頭上から爆発音が――戦闘の音が聞こえてきた。いや、頭上だけではない。恐らくこの街の何処かで、今も尚誰かが戦っているのだ。
だが、それが判ってなお、ツェルは動こうという気にならなかった。最早この街がどうなろうが、あの魔女や魔物の目的がなんであろうが、そして自分の命がどうなろうと――どうでもいいと思えたからだ。
すべてを投げ出すようにして項垂れる。そして、俯いた視線の先――騎士剣の柄に施される柄巻の間に、何かが挟まっているのに気づく。
手を伸ばし、柄巻を解くと、そこに挟まっていたのは、折りたたまれた紙片――ではなく、手紙のようなものだった。
一体何が……そう思うと、考えるよりも先に手が動く。何重にも折りたたまれた髪を開き、そこにしたためられている文字を目で追った。
この手紙を見つけるのは、きっと私の友だと思う。
その前提で、この手紙を書いている。
我が友、ツェルヴェルク。
私と君の間に多くの言葉は不要だと思うから、必要なことだけを記しておく。
私にできなかったことを、君がやり遂げてくれ。
それから、ヘクトを頼む。彼女に、この黄昏以外の景色と世界を見せて欲しい。
彼女は私が始めて、心から何かをしてあげたいと、そう思えた女性だ。どうかこの世界から救ってやってほしい。
これらの願いを託せるのは、君以外は思いつかなかった。
いもしない君に頼っているようで申し訳ないが、だからこそ、君がこの世界に来ることを願ってしまっている。そのことについては、許して欲しい。
手短に済ませるつもりだったが、ほんの少しだけ長くなったような気がする。だが、最後にこれだけは伝えたい。
私は、君を信じている。過大評価と君は笑うかもしれないが、本当のことだ。その結果、私が命を落とすことになったとしても、この気持ちが揺らぐことはない。
あの日、シェルザードの麓で窮地に陥った際、君と視線を交えたあの瞬間から、 私は君を信じると決めていた。
だからきっと、また君が助けてくれると。
私の願いを叶えてくれると、そう信じているよ――親友。
ロイシュタット・ノクティクルス=ユミル
くしゃり……と。
手紙を握る手に力が籠った。
「莫迦野郎が……ッ!」
最早亡き親友に向けて、そう叱咤する。「惚れた女の世話まで……任せるなよ」そう小さく零す自分の声が震えているのが判った。
喉がからからする。
目の奥が熱くなる。
何かが零れてきそうになる。
それは、慟哭なのか、嗚咽なのか、涙なのか。あるいはそのすべてなのか……様々な感情が胸の内で渦巻くツェルにはもう、判断がつかなかった。
それらすべてを呑み込もうとして上手くいかず、仕方なくもう一度だけ手紙に目を通し――そして、誰にともなく……否。亡き友に、言う。
「……間に合わなかったんだぞ。お前を、助けるのが……間に合わなかったんだ……そんな俺を――」
――主君を守ることのできなかった騎士を、お前は信じてくれるのか。
――親友を助けることが出来なかった俺に、任せると、言ってくれるのか……ッ!
その疑問に対しての答えはもう、手の内にある。この手にある手紙の言葉こそが、親友の意思だ。
なら、後はツェルがどう応えるかだけ。
いや。
迷いは不要だ。
逡巡することなんて――ない。
答えるべき言葉は一つだ。
父に教えられた言葉の通り――自分の心に従って。
「――任せろ」
それが答えだった。同時に、
――任せた。という声を聞いた気がした。
手紙を懐に仕舞い、鞘ごと剣を摑む。
ロイシュタットの騎士剣を握り――抜剣。すらりと引き抜かれた白銀の剣身が煌びやかに軌跡を走らせた。
「借りるぞ」
そう言って、ツェルは頭上に空いた穴を見上げながら、確たる意志を込めてその言葉を口にする。
「――騎士剣、駆動」
刹那、
りぃぃぃん……と、剣が鳴動いた。