エマ・ブラウンの恋
予想外に長くなってしまいました。
エマ・ブラウンは平凡な少女だ。とある国の地方都市に住むそこそこ裕福な商人の家に生まれた、特にこれといって得意なこともない、平均値をキープしている娘である。そんなエマが唯一普通ではないのは、こことは違う世界で生きていた前世の記憶と人格を受け継いでいることである。
焦げ茶色の髪にそれよりは少し明るい茶色の瞳。かつて日本人の絵茉だった頃よりややハッキリした目鼻立ちだが、それでも同じような印象の自分の顔。
(特別美人になりたかったわけじゃないけど、せめてもう少しくらい綺麗になってても良いのにね・・・)
毎朝鏡を見るたびに、そう思わずにはいられない。それは生まれて15年近くたった今でも変わらないことだった。
前世の記憶があるとはいえそれは文字通り別世界のものだし、専門的な知識なんて完全に御手上げ状態だから、異世界の知識でこの世界に新たな技術を!という展開にはどう転んでもなれない。そもそもここは魔法技術が発達しているから、前世であったような便利道具は既に魔法具として存在しているのだ。
結局何が言いたいかというと、転生しても相変わらずエマは平凡な少女であることに変わりはないということだ。
その上、前世と同じ事がもう1つあるのだ。
(なーんでまた幼馴染みを好きになっちゃったのかなぁ?)
そう、エマは生まれ変わってまた恋をした。相手は5つ年上の幼馴染み。彼の名前はグレン・リード。紺色の髪に紅い瞳の魔法使いだ。
この世界では、魔法使いの才能がある子は10歳になると全寮制の学校への入学が義務となる。幼いうちから才能が認められた子はその時点で専用の施設へと入れられるが、大抵は10歳の時に魔力検査を受けての入学になる。
グレンもこの魔力検査で才能を見出だされ、そのまま魔法学校に行ってしまった。一方のエマはグレンと同じ学校へ行くことを夢見ていたが、全く才能がなかった為、叶わなかったのだ。
長期休暇になれば帰ってくるとはいえ、グレンに会えない日々はとても寂しいもので、帰省の度に精一杯お洒落して出迎えていた。2年前、グレンが学校を卒業して正式に魔法使いとして認められ、この町に赴任してきた時は天にも昇る心地だったのに・・・。
もうすぐグレンは20歳になる。成人を期に、王都へと赴任する事になるらしいと聞いたのはつい最近、友人たちとのお喋りの時だった。それはあくまでも噂話に過ぎないことだったが、エマにとっては衝撃だった。
エマが住む町は王都とは離れている。少なくとも、気軽に帰省できる距離ではない。折角また一緒にいられるようになったのに、また離れることになるなんて。
悩んだ末に、エマは決心した。グレンに告白しよう、と。例え断られても、何も言わずに別れるよりはマシだ。グレンに、ただの近所の子としてではなく、彼を好きな女の子として見てもらいたい。
決心してからは早かった。ちょうど明日はエマの誕生日。15歳になるお祝いをして欲しいとねだって、何とかグレンとのデートの約束を取り付けた。まあ、グレンにとっては貴重な休日を子守りで潰されるだけかもしれないが・・・。
(暗く考えるのはやめよう!少なくとも、嫌そうな顔はしてなかったわ)
自分に気合いを入れて、エマは明日のデートに着ていくための服選びに取りかかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日は、訳もなく嬉しくなるくらいの青空だった。この季節にしては珍しいくらいの晴天に、天も祝福してくれているような気分になる。
やって来たグレンは、何時もと変わらないラフな格好だったが、一応お洒落してきてというエマのお願いを覚えていたのか、服は新品のようだった。
今日のためにわざわざ買ってくれたのかな?と思えば、少し申し訳なくもあるが、自分との約束を律儀に守ろうとしてくれたと、嬉しくも思ってしまう。それが例え、手持ちから選ぶのが面倒になっただけだとしても。
浮かれてあちこちへと連れ回し、目的の場所に着いたのは日が暮れかけた頃だった。エマが告白の舞台として選んだのは、小さい頃グレンによく連れてきてもらった丘だった。この町を一望出来る展望スペースはエマとグレン、二人にとってお気に入りの場所だった。
「全く、あっちこっちに連れ回しやがって」
呆れたように笑いながらも、グレンのエマを見る目はとても優しい。その優しさが嬉しい一方で、子供扱いされているようでとても悲しくもある、複雑な心境だ。
グレンは線引きがしっかりしている。身内として認めた者にはかなり甘くなるが、それ以外には素っ気ない態度をとることをエマは知っている。エマに優しくしてくれるのは、グレンの中でエマが妹のようなものとして扱われているからだ。そうでなかったら、今日のデートだって頷いてくれなかったと思う。そんな関係を壊してしまうことに躊躇いはあるけど、エマはグレンの妹になりたいわけじゃない。いつか、グレンの隣に別の女性が並ぶのを妹として見ることになるくらいなら、そんな関係は壊してしまいたい。
改まってグレンを見つめるエマの様子に気が付いたのか、グレンも真面目にエマに向き合ってくれた。前世でも経験したことではあるけど、いざ告白しようとすると緊張してしまう。震える手を握りしめて、グレンの目を見つめながら口を開いた。
「ずっと前から、グレンが魔法学校に行く前からグレンの事が大好きです。私をグレンのお嫁さんにしてください」
言った、言ってしまった。思いもよらないことを言われたとばかりに、グレンは呆然とした顔でエマを見ている。
「ちょ、お前、俺が魔法学校に行った時ってお前まだ5歳じゃ・・・」
まぁ、普通は5歳児にそんな風に思われてたなんて考えないだろう。だけど、年齢なんて関係ない。例えエマが正真正銘の5歳児だったとしても、きっとグレンに恋をしたと思う。
「本当の事だよ。ずっとずっと、私はグレンだけが好きなの」
真剣な眼差しでグレンを見据えるエマの姿に、戸惑うばかりだったグレンも、冗談ではないとわかったようで、頭に手を当てて大きく息を吐いた。
そんなグレンの様子に、エマはびくついてしまう。これまでずっと、グレンだけを見続けてきたのだ。彼が自分に好意を告げてきた女性を手酷くあしらう様だって、何度も目にしている。
生温いこれまでの関係を続けることは出来ないけど、彼に嫌われるのも恐い。震えるエマに気付いたのか、グレンは優しく笑ってくれた。
「ありがとな、エマ。お前の気持ちは嬉しいよ。でも、お前を俺の嫁には出来ないんだ」
優しい言葉に、上がってしまった期待が続く言葉に打ちのめされて、エマはどうして良いのかわからなくなった。そんなエマを備え付けのベンチに座らせて、グレンは話し出した。
「魔法使いが、何で国に管理されてるか知ってるか?」
突然の質問に訳がわからないながらも、懸命に考える。
「魔法を悪用しないように、じゃないの?」
少なくとも、エマは周りの大人や学校の授業でそう習った。
「そうだな。それが一番大きい理由だな。だけど、それだけじゃない。他にも理由があるんだよ」
言いながら、グレンは寂しそうに笑った。そんな顔は見たくないけど、何と言っていいのかもわからず、エマはじっと話の続きを待った。
「・・魔法使いは魔力量の多さでランク付けられる。そして魔力の多いものほど老化が遅いんだ。下手をすれば1000年生きることだってある。例えば、その辺の町で年を取らないやつが1人で暮らしてたら、どうなると思う?」
「・・・迫害、される?」
魔法使いが長生きするというのは聞いたことがあったが、まさか年の取り方まで違うとは思わなかった。魔法使いに詳しくない人達の中で、何時までも年を取らないうえに不思議な力を持っている人がその辺で暮らしていたら、不気味に思われて化け物扱いされることだってあるだろう。
「そうだな。必ずしもそうなるわけじゃないが、そうなる可能性は高い。そうじゃなくても、自分以外はどんどん年を取って死んでいくんだ。相手が大切であればあるほど、その事実に耐えられる奴は少ない。
そして、耐えられなかった魔法使いは狂うんだよ。理性を無くして、魔力を暴走させて目に写る全てを破壊する。そうなることを防ぐために、魔法使いはある程度同じ実力者同士で集められるんだ。同じ時間を共有出来るように、もしも1人が狂っても直ぐに止められるように、な」
告げられた事実に、言葉もなかった。
エマにとって、魔法使いはファンタジーな世界の象徴のようなもので、流石異世界は違うなぁと暢気に考えていた。実際に生きる彼らの苦労なんて、欠片も考えていなかった。
ここで泣いてすがりつけば、グレンはエマを受け入れてくれるかもしれない。仕方ないなと笑って、連れていってくれるかもしれない。けれど、そうして一緒になってもエマがグレンよりも先に死ぬことは変わらないのだ。エマは満たされるかもしれないけれど、残されたグレンは・・・。
「ありがとう、グレン。真剣に応えてくれて、嬉しかったよ」
必死に泣かないように笑顔を作る。グレンは泣き笑いみたいな顔をしている。多分、エマも似たような表情をしていると思うけど、お互いにそんなことは口にしない。
「・・・そろそろ、帰るか」
見つめあって数秒、どちらからともなく視線を外した後の微妙な空気の中、グレンが言った。
「そうだね、グレンは先に帰っててよ」
「馬鹿、そんなわけにいくかよ」
そう言ってグレンはエマの手を掴んで歩き出した。しっかりとエマの手を掴んでいるのに、顔は前を見続けていて決してこちらを見ようとはしない。それが不器用なこの人なりの優しさだとわかるから、エマはやっぱりこの人が好きだなぁと思った。
見事に当たって砕けたエマだが、気分はスッキリしていた。理由は自分でもわかっている。グレンはエマを受け入れる気はないと言ったが、その想いを否定することはなかった。子どもの戯言とも、冗談だろうとも言わず、真摯に受け止めてくれた。
どうやらエマにとって、前世で圭吾に中途半端に振られたことは結構なトラウマだったらしい。それを吹っ切れさせてくれたグレンには、感謝してもしきれない。
「エマー、ちょっとお使いに行ってきてくれない?」
普段なら渋るような母からの頼みにも、笑顔で頷けちゃうくらいご機嫌だ。
勿論、振られたことは悲しいけど、前向きに次の恋を探そうと思えるくらいには、エマは立ち直っていた。
買い物からの帰り道、よく晴れた青空を見ながら遠い王都にいるだろう人を思う。告白から一月後、20歳になったグレンは予定通り王都に向かった。
元気にしてるかなとここではない場所に思いを巡らせていたエマは、だから突然曲がり角から子どもが飛び出してきた事に気付くのが遅れてしまった。
子どもは後ろを見ていてエマには気付いていない。追いかけてきた母親がエマに気付いて声をあげたときには遅かった。
勢いよくぶつかられて、エマはバランスを崩してしまった。不幸なのはそこがちょうど階段の横だったこと。横向きに落ちていくエマは、最後の瞬間まで何が起きたのかわからなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
暗い闇の中で黒い影が笑う。
《お前の望みは何だ?》
曖昧な意識の中でエマは思う。
(せめて最後にもう一度、グレンに会いたかった)
そうして再び影は笑う。
《お前の望みを叶えてやろう》