立花 絵茉の恋
立花 絵茉は平凡な少女だ。特にこれと言った特技もなく、かといってそこまで不得手なものもない、平均値を常にキープしているまさしく平凡な少女である。
そんな彼女が想いを寄せるのは、同い年で幼馴染みの長谷 圭吾。絵茉と同じく平凡と称されるであろう彼の事が、いつからか頭から離れないようになっていた。
中学3年の受験生。家が近所とはいえ、高校が離れてしまえば自然と顔を会わせることも減ってしまうかもしれない。友人から彼が少し離れた学校を受験すると聞いて、絵茉は焦った。
だから、友人達に頼んで絵茉と圭吾が二人きりになれるようにセッティングしてもらった。ノリの良い友人達は雰囲気も大切だと、最高の告白シチュエーションを作ってやると、息巻いていた。
だからといって、これはベタ過ぎると思う。人気のない放課後。夕陽の光が射し込む階段の踊り場で、圭吾の到着を待ちながら絵茉は苦笑した。
そうしてドキドキしながら姿見で全身チェックしていると足音が聞こえ、程無くして圭吾の姿が見えた。
「なんだ絵茉か。こんなとこに呼び出して何の用だよ?」
いつも通りの圭吾の声。不思議そうで、何故呼ばれたのか本気でわかっていなさそうな鈍感頭。
(普通、少しくらい感付いてるものじゃないの!?)
理不尽だと思いつつも、あまりの鈍感さに少し恨みがましい目付きになってしまうのを止められない。
「な、何だよ?」
絵茉の機嫌が悪くなったのはわかったのか、少々居心地が悪そうにしている圭吾の顔を見て、頭が冷えた。
そう、自分はこんなことがしたいのではないのだ。心臓の音がうるさい。緊張で呼吸も苦しい気がする。だけど、今を逃したらもう2度と言えないと思うから、ありったけの勇気を振り絞って告白した。
「圭吾が、好きです。私と付き合って下さい!」
真っ赤になっているだろう顔を見られるのが恥ずかしくて、やや俯きながら彼の返事を待つが、いつまでも反応がない。
恐る恐る顔を上げて圭吾の方を見ると、思いっきり予想外だと顔に張り付けていた。それでも何とか現状を呑み込めたのか、返事を待つ絵茉を見ながら圭吾は慌てていた。
そして、彼が選んだ答えは絵茉にとって何よりも残酷なものだった。
「冗談止めろよ。これ、罰ゲームにしても酷すぎるだろ?」
圭吾はどうやら、絵茉の告白を罰ゲームで言わされたものとしてとらえたようだ。いや、そう思いたいのだろう。圭吾の目は、そうだと言ってくれと、絵茉に訴えている。
そうなると、絵茉にとれる選択は多くはない。
「何だ、ばれちゃったか。でも圭吾の慌てる顔が見れたから取り敢えずは成功だね!」
笑顔の仮面を無理矢理貼り付けて笑う絵茉の様子は、明らかに不振だっただろうに、圭吾はホッとした顔で頷くばかりだった。
「本当だよ。一瞬マジで焦ったからな」
笑え、笑えと自分に命じる。そうでないと今すぐにでも泣いてしまいそうだから。
「ふふ、変なことに巻き込んでゴメンね?また今度アイスでも奢るよ」
「お~、ラッキー。じゃあ教室戻ろうぜ」
「あ、ゴメン。まだ私この後用事あるんだ」
早く帰って。でないと、もう耐えられないから。言えない言葉を飲み込んで、笑顔で彼に手を振る。
「おぅ。じゃあまた明日な」
笑って手を振り返して、彼は廊下を曲がっていった。彼の姿が見えなくなり、足音も聞こえなくなってから更に数分が過ぎた頃、漸く絵茉は体から力を抜いて、その場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。
悲しい、悲しい。振られたことではなく、想いを認めてもらえなかったことが、何よりも絵茉を傷付けた。
絵茉だって、圭吾が自分に幼馴染み以上の感情を持っていないことは知っていた。それでも、高校が別れれば何時までもこの想いを抱え続けることになるだろうから、今日こうして勇気を出したのに、その想いの全てを否定された。
ただ振られただけならまだ良かった。長年の想いに、どんな形であれ決着をつけれたなら、それで良かったのに。告白することさえ許されないなんて。
泣いて、泣き続けて涙さえ枯れた頃、下校を促す放送が流れた。何時までもここにいるわけにはいかない。すっかり冷えてしまった体を抱き締めながら立ち上がり、姿見で服装を整える。流石に目元が赤いのは誤魔化せないけど、この時間ならそうそう誰かと鉢合わせることもないだろう。
協力してくれた友人達に振られたと報告すれば、失恋パーティーの開催のお知らせがきた。みんな、絵茉が振られるために告白しようとしていたことは、何となくだがわかっていたのだと思う。
茶化しながらもこちらの様子を伺う内容に、自然と笑みが溢れる。よし、と自分に気合いを入れて歩き出す。今日は流石にまだダメだけど、明日はみんなと思いっきり遊ぼう。遊んで、騒いで、嫌なことは全部忘れて、また頑張ろう。
顔を上げて前を向いて、一歩踏み出そうとした瞬間、絵茉の体に衝撃が走った。まるで何かが勢いよくぶつかってきたようだった。
一体何が、と思う間もなく、絵茉の体は勢いのままに前へと倒れていく。絵茉がいたのは階段の踊り場。今まさに降りようと段に足を掛けている途中だった絵茉の体は、なす術もなく空中へと投げ出されて落ちていく。
長い階段を転がり落ち、最後に後頭部に強い衝撃を感じたところで、絵茉の意識は闇に包まれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
暗い闇の中で、黒い影が笑う。
《お前の望みは何だ?》
曖昧な意識の中に響く問い。絵茉は意識しないままに答えを探す。自分の望みとは何だろう?
(彼に想いを否定されてとても辛かった。叶うのなら、彼のいない世界にいきたい)
それは漫然と浮かんだ思考。本人でさえ意識していない無意識の答え。
それでも、影にとっては充分なものだったようで。
《お前の望みを叶えてやろう》
クックッと笑う影の声は、もう絵茉には聞こえなかった。
友人達は絶対に来ないでという絵茉の懇願に頷いて、校門でひっそり待機していました。
そのままの勢いで失恋パーティーに雪崩れ込もうと思っていたのですが、何時までも出てこない絵茉を探しに校内を探して第一発見者になってしまいました。




