大いなる文化祭
「文化祭だ! 今まで準備ごくろう!」
オオさんが叫んだ。
本番である三日は各担当に分けられ、私は三日あるうちの一日目、十一月二十九日を担当した。
今は二日目、十一月三十日である。
今日明日と自由な私はしばらく友人と周り、友人の友人が来たので一人で周り始めた。
「お、あれは」
りんご飴屋を見つけて覗いて見るとぶどう飴があったので一つ買う。
さっきから
『彼女を探そう』と小さいのがうるさいがいつものように気にしない。
「うむ……」
廊下はどこも人だらけ、この人混みの中ぶどう飴を食べる気にはならない。
どうしたものかと歩いていると屋上解放のポスターを見つけた。
去年までは屋上も普段から解放されていたのだが何処ぞのバカが新入生歓迎に鳥人間などという物を実験したばかりに閉鎖となったのだ。
去年といっても我が想い人が入ってきた新入生歓迎会である。
ポスターを読めば屋上は休憩所として機能しているようだ。文化祭だからこそまたバカが現れる気がしてならないが……まあ対策はしているだろう。
とりあえず飴を食べるにはいい場所だ、私は久々にみた屋上への階段を登った。
「おお……」
思わず声を漏らしてしまった。すごいバリケードである。
これでは鳥人間も無意味だろうな。
『お、あれは』
小さいのが声を上げた。見ると我が想い人がいるではないか。
しかし、だ。
『落ち込んでいるな』
彼女はみるからに落ち込んでいる。バリケードごしに街を見下ろしては
何回も溜息をついている。
「…………」
誰しも一人になりたい時はあるだろう。
そう思って立ち去ろうとすると小さいのが怒鳴り始めた。
『そんなんでどうするんだ! 励ませよ!』
私は小さい声で答える。
「……一人になりたい時もあろう」
『そんな事でどうする! お前と彼女の仲だろう!』
「お前がそこまでいうのなら……」
私はそっと彼女の隣に立つ
「どうかしたのか、楽しい文化祭に溜息ばかりついて」
彼女は横目で私を見た
「トウヤさん……いえ、少し考え事をしていただけです」
「そうか」
少しの沈黙の後小さいのが叫んだ
『何で鵜呑みにしてるんだ! 嘘に決まっているだろう!』
私はまた小さい声で返答する
「嘘までついて聞かれたく無いものを無理に聞くのは野暮だろう」
『あー、もう!!』
小さいのが怒り出して私に体当たりをしてきた。
体がドクンと揺れ血が逆流したような感覚に襲われる。しかし反対に身体は軽くなる。
何か、何か思い出しそうだ……いや、今はそれどころじゃない。
私はまた小さく溜息をついた彼女に話かける
「悩みならば……聞くぞ」
さっきまでは思ってもいなかった思考が働く、何かが違う。
彼女は少し顔を上げた
「じゃあ……いいですか?」
「ああ、言ってみろ」
実は、と彼女は切り出した。
「両親に十二月二十五日、つまりクリスマスまでに良い相手が見つからなければ金宮さんの所に嫁に行けと言われまして」
「なっ……嫁!?」
大学生だぞ、それとも彼女はもしかしてご令嬢なのか
「はい、私の両親は仕事に生きているような人でして」
私はショックを受けながらも相槌をうつ
「それで……はっきり言うとお金持ちである金宮さんの所に私をやることで今は中堅の会社を成長させようと考えているようで」
「そんな、会社の都合などで」
彼女は首を横に振る
「いえ金宮さんは悪い人では無いのです、寧ろ良い人で両親もそれを思い私の為でもあるのです」
それでも彼女は落ち込んでいる。
「しかし、君は」
「はい、大学生でこんな事を言うのもなんですけど婚約というのは本当の愛が無いと嫌というか……それこそ物語のような……」
彼女の言わんとする事はわかる
「私もそうだ、大学生だろうと夢を持っても、理想を抱いても良いだろう」
あれ、私は今までもっと現実を重視
してはいなかっただろうか。
彼女はふと腕時計をみた
「……あっ!」
「どうした」
「休憩時間過ぎてました!」
そういえば彼女の実行委員担当は今日であった。
「私でよければ変わるぞ、さっき友人の友人が来て暇を持て余していた所だ」
彼女はまた首を横に振る
「いえ、仕事に私情は持ち込みません」
「そうか、頑張れ」
「はい、聞いてくれてありがとうございます」
丁寧にお辞儀をして立ち去る彼女を見送ろうとした時、また血が逆流するような感覚に襲われた。
つい一瞬まで頭の隅っこでも思って無かった事が浮かび、つい口にする。
「明日は……明日の夜は暇か?」
彼女は首を傾げる
「後夜祭の事でしょうか、それなら一人ですけど」
後夜祭、夕方に終わる文化祭の後に行われるお楽しみ会のような物だ。真ん中にはキャンプファイヤーがいり、寒くも無く中々に楽しいものらしい。
しかし参加するのはだいたいが恋人がいる者か文化祭を純粋に楽しむ者であり、恋人のいない者や興味の無い者の殆どは打ち上げと称して酒の力を借りて互いに愚痴りあうのである。
去年は私も飲み呑まれの側だったのだか、もちろん今年もそのつもりだったのだが。
私は自分でも予想しなかった言葉を自分の口から発した。
「ならば、私と後夜祭に行かないか?」
「その……えっと」
彼女は突然の申し出に戸惑っているが当の私も戸惑っている。
まさか私がそんな言葉を発するとは、全くの予想外だ。
……否定しよう
「いや、すまな」
否定しようとした私の言葉を彼女の声が上書きした。
「行きます」
「え……」
「喜んで行かして貰います」
「うむ……」
私は屋上で一人ぶどう飴を舐めて考える。
あれは私だったのか、あれは何だったのだ。血が逆流するような感覚、しかし身体は軽くなる。
今思えば私はおかしい時の私に何処か親近感を感じていた。
親近感どころではない、何処か懐かしいような……そんな感覚である。
『ふん、次は君が黄昏るのか』
小さいのが私を弄る、そういやさっきは彼女といたのに小さいのは余り横槍を入れてこなかったな。
まあ、いいか。
『何故黄昏る、彼女と後夜祭の約束を取り付けたのだろう? 嬉しくは無いのか?』
「嬉しいさ、しかしあの時の私は私では無い気がして……」
小さいのは溜息をついた
『今更何を言う、さんざん私というお前では無い存在を見ているだろうに』
「それはそうだが……ん?」
あれ? ちょっと待て。
私では無い別の私、それでも私のような別の私そして横槍を入れてこない小さいの。
その全てが私の脳内で繋がった。
「お前か」
私は小さいのに言った。
『まあ、そうだ』
小さいのは淡々と答えて続ける
『私はお前だからな』
「……私にはそれがわからないと言っているのだ」
『まだわからない、か』
小さいのは呆れたように呟いた。




