蟹鋏
「いますか、カニカマ大臣」
仮面がとれた夜、私はカニカマ大臣の家を訪ねた。
「いる、いるよ」
大臣はやあやあトーヤ君、といつもの挨拶をした。
「何か御用かな、トーヤ君」
「その、嫌な過去を掘り返してしまうのですが……」
大臣はくるくると丸まった髭を撫でて
「悩みのようだね、まあ入りなさい」
「すいません」
私は豪華に見える部屋を見渡していると大臣がお茶菓子と紅茶を入れてくれた。いつもながら美味しい紅茶だ。
「で、何かな?」
「その……」
私は大切な人が愛犬を失って落ち込んでいる事。
どうすればいいのか同じ状況であった大臣に相談しにきた事を言った。
愛犬の話が出てきたので大臣は少し複雑な顔で
「それは悲しいだろう……」
とひとしきり彼女への慰めを何故か私に言って
「まず一つ、人にもよるが似た犬の人形で慰めるとかは駄目なのである」
「駄目なのですか!」
いつでも思い出せる、いつも共にいると言う象徴では無いか。
「それが駄目なのである! 特に落ち込んだばかりの時は思い出すと余計に落ち込むのだ!!」
「な、なるほど」
目から鱗だ。
「それよりも、その大切な人って言うのはトーヤ君の想い人だね?」
「うっ……」
その後、大臣から様々な教えを受けた私はあるプレゼントを買う事にした。
「後夜祭だ」
「はい、後夜祭です」
私と我が想い人は後夜祭に参加していた。
恋人だらけの有志バンドが大音量でライブをし、キャンプファイヤーの周りでは多数のカップルが談笑している。
「何をしましょう」
「何をすべきか……」
何しろ二人共始めてなので何をすべきかわからないのだ。しかし一つ目的がある。
私はカバンに入れたチケット、デザートハウスと言うデザート食べ放題の大人気店のチケットを彼女に渡すのだ。
「甘い物は人を幸せにしてくれる、蟹やカニカマはさらに人を幸せにする」
そう言うカニカマ大臣の助言を受けて決めたものだ。カニカマで幸せになるのは大臣だからだろう。
『そんなにがっついていいのか? やりすぎでは無いか?』
私の横で私の姿をした者が横槍を入れる。
これは小さいのでは無い、私が被っていた私の仮面、仮面の私、命名仮面男である。今日の朝起きると横にいたのだ。
「とりあえず……周りますか」
「だな」
物好きの生徒が出す夜店を回っていると夜もふけてきた。物好きなだけあって何処もテンションが高すぎる。
歩き疲れた私と彼女はキャンプファイヤーであったまりながら休んでいた。
「暖かいですね」
「そうだな」
そんな他愛も無い会話が続き、じきに良い雰囲気になってきたように思う。
今だ、チケットを渡せ! 心の中で私がそう思い隣の仮面男が『早すぎる!』と叫ぶ、そんな時だった。
「やーやートーヤ君」
「ちょっと、蟹王様」
後ろを見るとカニカマ大臣と変人がいた。
「オウゲツモさんに大臣じゃ無いですか」
「うむ、オウゲツモだ」
いや、変人だ。それより大臣と変人は知り合いであったか
「いい所ごめんね、王がどうしてもというから」
大臣が私に耳打ちした。大臣の王は変人であったか。
変人は綺麗で大きいバックから巾着袋を取り出した。あいかわらず和と洋が異常にチグハグだ。
「悩める生徒よ、仮面を被りし男子よ」
変人は俺の事を指しているのだろう、仮面は破ったのだが。
「お前さんにこれを授けよう」
変人は私に一つの鋏を渡した。
茹でた蟹のように真っ赤で小さいトゲトゲがついた鋏だった。
「これは……」
「蟹鋏だよ、最高の鋏だ」
変人はそう言って去って行った。
「また王は説明を忘れる……」
大臣が溜息をついて私に言う
「その鋏は我ら非公認の部活、クラブクラブが作った最高の鋏だ」
「これが……」
「それは何でも切れる、人との縁だって魂と肉体の繋がりだって切れる」
「そんな物まで……」
彼女が声を漏らす
大臣は得意気に再開する
「しかし使えるのは一度きり、使えば蟹鋏は消える……何処で使うかは君次第だよ、トーヤ君」
じゃ、王を追わなければと大臣は去って行った。
「これが……最高の鋏」
「凄いですね」
二人で鋏を眺めていると後夜祭終了の放送が入った。チケットは渡せなかった。




