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アウトサイダー  作者: 明日ヶ太郎
7/17

七の幕

文字数が相変らず多くて申し訳ありません。

全体として本一冊分の量がありますので、まだ四分の一程度しか進んでいません。物語が動き出すまでしばしお待ちを。

 第三章 火蓋


 中心街からさして遠くない位置にある、十字交差点の角に面した雑居ビル。

 その傍らにある駐車場といえなくもない小さな空き地に、ハンヴィーは止められていた。

 ビルの二階の窓から淡い白光が点滅する。

「ここが我々の根城だ。存分にくつろいでくれたまえ」

 津島は威厳をもって言う。しかしシュキは周囲を見やって言った。

「……くつろぐ、どこで?」

 食べ残された干からびたスパゲッティ、緑色に変色したパン、腐敗した鶏肉のソテーと散らばる空き缶の数々。それらはテーブル上に乱雑されており不快な臭いを漂わせている。ソファーには黄色く焼けた雑誌がどっさり投げやられ、部屋の隅にあるジュークボックスは埃まみれ。きわめつけは、なにか得体の知れない液状のものが床を伝っていた。

 部屋は総じて汚らしく、不衛生きわまりない。シュキが眉間にしわを寄せるのも、無理からぬことであった。

「すっぺぇ! なんなんだ、この男汁に腐ったカレーが混ざり合ったような臭いは!?」

「くそっ、最初から臭いがすると思ったのだ! さてはお前たちだな、あれだけ片づけはちゃんとしろと口を酸っぱく言ってきたのになんという体たらく!」

「なに言ってんの! 景久だってその一人じゃないか!」

「そのとおり。しかも一昨日の晩、次の日は仕事があるというのに貴方が『今日は大盤振る舞いだ、皆の者祝杯をあげるぞ!』って言いだしたじゃないですか。案の定、次の日は慌てて仕事に行く羽目になって、片づけはできずじまい。つまりこの惨状を作りだした張本人は津島さん、紛れもなく貴方なのですよ……!」

「ふぐぅ!? ……だ、だとしてもだよ、ブギージャック君。これはなんだね。このジャムみたいな液体は。俺は知らんぞ!」

 矛先を転じるために話をはぐらかそうとする津島。だがたしかに、床には不気味な液体が浮いていた。

「まさかブギージャック、お前なにか知っているのではないだろうな?」

「いや、私にもまったく」

「玄太は?」

「いや、僕も知らないよ」

 ならばだれだというのか。この不可解な液体の正体を知っていることであろう人物。もしくは、直接的要因である犯人。

 ふと、東条に尋ねていなかったことに気づいた津島が視線を移すと、彼はむずかしい顔でその液体を見つめていた。

 どことなく怯えている様子の東条に、津島は尋ねてみる。

「智彦、もしかしてなにか知っているのか?」

「……あ、いや、知っているのかといわれれば、知っているような気がするけどよ」

「なにをそんなに怯えているのだ? お前と俺たちの仲ではないか。心配することなく、事実を白日の下に晒したまえ」

 犯罪者を説き伏せるように、諄々と説いていく津島に後押しされ、東条はその重い口をおずおずと開いた。

「そうだな。そうだよな。でも、一つだけ確認させてくれ」

「ああ、なんなりと」

「……聞いて、引くなよ?」

「引く? 今さらなにに引くのだ。これまでお前のありとあらゆる醜態を目にしてきた。もはやなにも動じぬわ。だから気兼ねなく言ってみんさい」

 肩を添えられた東条は、頷き、件の記憶を紐解いていった。

「あれは一昨日の皆が寝静まった頃だった。寝つきが悪くて、俺は意味なくリビングにでたんだよ。案の定だれもいなかった。そのとき、俺はピンときたわけ。文字通りピンとね。頭に浮かんだが最後、胎動する欲望に抗えなかった。ただ、その先は妙に記憶が曖昧でな。酔いと興奮が重なり合って、もう色々と途方もなかったんだろう。だから確実ってわけではないんだが、でも、かぎりなく確実に近い確率でやっちまったんだろうな。《ハッスル》ってやつをよ」

「ハッスル?」

「ああ、ハッスルだ」

 告白を終えた東条は目を細めて、津島に言い返す。

 津島は物的証拠と東条の記憶を照らし合わせて、一つの真実を導きだす。

 てきめんに血の気を失った。

「お、おおまえ、ま……まさ――」

「俺のためにも、お前らのためにも」

 東条は泣きそうな顔で呟いた。「それ以上は言わない方がいい」


 深い眠りについている竜胆を、そっとベッドに寝かすシュキは、部屋を見回す。

「ここはきれいにしているのですね」

「安心しろ、豚箱はリビングだけだ」

 部屋は小奇麗にまとめられており、壁の一面を占める本棚と机、なかほどにあるベッド、そして一角に佇む武器庫のみである。

 津島の部屋だった。

「書物を沢山読む方なのですか?」

「紙を媒介にした書物は知識の宝庫。知識を知りたいという好奇心で読んでいるだけだ」

「……意外ですね」

「だろうな。傭兵が書物を好んで読むなんぞ、変人呼ばわりされてもしょうがない」

 皮肉にしては弱々しい語調に、シュキは戸惑いながらも否定した。

「いえ、変人では御座いません。職業柄など関係ないのです。時を生きる上で知識は必需。好奇心の衰えは歩みの衰え。すべてが停滞してしまいます」

 津島は口の端を上げる。「やけに褒めるな。懐柔する算段か?」

「……そうではありませんが、ただ、今更になって感謝の思いが募った次第であります。主の仰せになられた通り、あのままでは袋小路に見舞われていたはずです。今こうして主が温かい寝床で眠っていられるのも、ひとえに貴方がたの助けによるもの」

 シュキはそう言って、恭しく低頭した。

「遅ればせながら、この度は本当にありがとうございました」

 出会いのひと悶着を忘れたかのように、一転して柔和な態度にでるシュキに対して、津島は驚きを禁じ得ない。

「ま、まあいいのだ。こちらは仕事を請け負ったにすぎないからな」

 彼はそう言ってから、ドアのノブを掴む。「お前もここで寝るといい」

 むず痒い熱を背筋に感じながら、津島は部屋をあとにした。

 リビングにもどると、東条たちは掃除に精をだしていた。臭いも幾分か改善されている。

「あ、お帰りなさい。って、どうしたの? なんだか狐に包まれたような顔してるけれど?」

「ん、いやなんでもない」

 薬師寺に指摘されて、津島は頬をこね回した。

「今から《NYF》に向かおうと思うがブギージャック、そこまで運転してもらえるか?」

「はいはい、少し待って……もぐもぐ。よし、行きましょうか」

 干からびたスパゲッティを平らげたブギージャックは、承知する。

「なんでも食いやがる。まさに豚のごとしってやつだな」

 東条は鼻で笑った。ブギージャックはそれを切って返す。

「共有の場で汚物をぶちまける異常性癖者よりもマシですがね」

 東条は「ひどい!」と言って、自室に消えていった。

「よし報酬を貰いに行くとしよう」


読破御礼申し上げます。

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