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アウトサイダー  作者: 明日ヶ太郎
6/17

六の幕

 突然現れた津島たちに囲まれた旅人のふたり。とりわけ少年は、むしろ怯えていると表現した方がいいほど驚いていた。無理もない。見知らぬ兵士たちに包囲され、しかもガスマスクを被っていたとすれば、それはもう新手の追いはぎかその類かと思われて当然だ。

 アウトサイダー一行は、マスクを外した。

「どうか心配なさらずに。我々はギリーの魔の手から貴方がたを救出しにきた善良な兵士であります。傭兵部隊アウトサイダーというものです。以後お見知りおきを」

 頬を撫でるような津島の声音に、少年はそこでやっと肩の力がゆるんだ。

「ああっ……本当に助かりました! もうダメかと思っていたところでした」

 少々くたびれてはいるものの、上質な三つ揃いの背広を着こなす少年は喜びに破顔する。

「そうでしょう、そうでしょう。本当に幸運なことですよ」

 ウェストコートのポケットから、金色に輝くアルバートチェーンが優美に垂れて、少年の上品さを窺えた。幼い子どもにしては似つかわしくない端正な言葉使いもあって確信する。まちがいない、とんだ良家の坊ちゃんじゃないか。玉の輿に乗るのも夢ではないぞ!

 誤用である。が、彼の妄想は止まらなかった。

 あれを買おうか、あれも買おうか、はたまた立派なハンヴィーを買ってしまおうか。そろそろレンタルもうんざりしてきたところだしなどと一人夢を膨らませて、奇矯に身をよじらせる男を不安そうに眺めていた少年は問う。

「そろそろこの縄を解いてくれませんか?」

「……あ、ああ……そうでしたね。これは失敬」

 夢から覚めた津島は少年の手足を拘束する縄に手を伸ばすが、すぐに引っ込めてしまう。

「……?」

 もの問いたげそうな少年に、津島は神妙な顔つきで言った。

「我々は善良な兵士であるゆえに、善良な市民を救うことを生業にしておりますが、それにはちとばかし身銭を切っているのが現状。そのせいかここ最近、懐がわびしいのです」

「つまり金目のものが欲しいということですか?」

 直接的表現をされた津島は少し怯むが、それならば話は早いと同情を誘うかのごとく暗澹たる顔で言う。

「なにぶん銃火器には色々と金銭がかかってしまうので、ほとほと困り果ててしまい」

 彼が御託を並べているとき、ふと布が擦れる音が聞こえた。長らく沈黙に徹していた、少年の同伴者である女性が上半身を起こしていた。

 情緒の欠片もない表情で、女性は冷淡に言う。

「……主よ、御注意なさい。貴方を惑わすは下劣な輩でありますぞ」

「シュキ?」

 ようやく口を開いたかと思えばなにを口走っているのだと、津島はやや立腹気味に質した。

「藪から棒になんだね君は。そもそもだれなのだ?」

「用心棒といったところです」

「ふん、ならばその用心棒とやらに問おう。さきほどの言葉――初対面でありながら、なおかつその命を助けてもらった恩人に対して言う台詞ですかな?」

「滲みでる醜き欲望の汁が、鼻腔を伝わり嗅ぎ取るのです――臭い、と」

「な、貴様!? なにを言うか、俺ほどの徳の高い人間はそうはいないだろうにっ!」

「…………」

 眼光炯炯としてうちなる心を見透かすような彼女のまなざしに、津島は堪らず問責する。

「さももっともらしいことを言ってはいるが、貴様は大事なことを忘れている……!」

 陰湿な笑みを湛えて、彼は嘲笑った。「主を守れなかった貴様は、用心棒失格だ」

 咎められた女性はしな垂れるようにして頭を下げる。

 我が意を得たりと勝ち誇るように俯瞰する津島。だがそう長くは続かなかった。

 女性の肩が小刻みに震えている。表情は見て取れないが、それは愉快に、口元を歪めているように感じられた。

「な、なにを――」

「おおおでは死なないぞぉおおォォッ!」

 そのときだった。

 突然津島の背後から、さきほど殺したはずのギリーが襲いかかってきた。

 だしぬけに振り下ろされた刃物に反応できない。だれ一人として。

 女性を除いては。

 妖しい光が瞬いたと思った刹那には、急襲者の喉笛が無残に抉り取られ、大量の鮮血が噴きだしていた。脳髄より送られる伝達信号に狂いが生じ、男は跳ねるように地面に突っ伏す。

「さて、ここで選択肢が二つ。ここで果てるか、大人しく消え失せるか。どちらが如何か?」

「なるほど、な。いつでも殺せたのか。……だが俺は諦めんぞ」

「ならばひと思いに花を散らせるのも、また一興」

「……血の雨を降らせるのまちがいだろう」

 津島の首筋には、血濡れたコンバットナイフが添えられていた。

「景久ッ!」

 東条は驚愕交じりの悲鳴を上げる。

 目にも留まらぬ早業で繰り広げられた殺人に、これから行われるであろう殺人に、その場にいる者は恐れおののいた。

 鋭利な刃がわずかに動く。

 が、肉を裂くまでには至らなかった。

「シュキ! 駄目だ!」

 少年は厳かに言う。「その武器を早く下ろして」

「しかし主……」

 女性は心なしかしおれるように言いよどみ、そして従った。「……御意に」

 死の危険から解放された津島は首筋を撫でながら息をつく。

 縄を解かれた少年は、自分の護衛の非礼を詫びる。

「数々の御無礼、どうかお許しください。彼女の名はシュキ。僕の用心棒であり、僕の命を護るのが仕事です。ただ、少し神経質なだけなんです」

「ふん、ただの神経質で殺されては敵わんぞ」

 津島に皮肉を言われた女性――シュキは、他人事のように荷物一式を担いで、己が武器ドラグノフ狙撃銃をスリングで肩に預けていた。

「彼女には極力殺生を控えるようにと頼んで、あえて大人しくしてもらっていたんですけど、貴方たちに助けられたのも事実。お詫びと感謝の意を込めて贈りたいものがあります」

 すっかり忘れていた報酬の話に、津島は心はずませて耳を傾けた。

「少し傷んでますが、この時代においてこれほどのものはなかなかないと思います」

 少年はウェストコートのポケットに手を忍ばせて、金色に輝くアルバートチェーンに繋がれた、絢爛たる黄金色に輝く懐中時計を取りだした。

 目が眩むかのように煌めく懐中時計を前に、津島は小振りして喜びを露わにする。

「すす素晴らしいぃ! こ、これが噂の黄金というものですか! いやはや、なんと言いましょう。神聖ささえも感じるゴージャスな一品ですなァ! うは――」

「なりません主!」

「ぐぬぅ!? またしても貴様かァ!」

「それは主の父――」

「いいんだ」少年はシュキを止める。「この人たちに贈るのは、もうこれしかないんだよ」

「もしや、例によってそれは少年の父の形見なのか?」

「……あ、でもいいんです。別に気にしないで受け取ってください」

「ん? ああ、もちろん遠慮なく頂くよ?」

「この下衆め!」

 あまりにも薄情きわまりない津島の返答に、シュキは憤怒を露わにした。

 やれやれよく吠える牝犬だことと肩を竦ませてから、津島は報酬に手を伸ばす。

 しかし、

「……少年、なんの真似だね?」

 くぱくぱと虚空を掴むしぐさをする津島は、少年をじろりと見やった。

「もう一つだけお願いを聞いてはくれませんか?」

「いよいよ本性を表したか、小僧!」

「申し訳ありません。しかしこうするしかなかったんです」

「お前みたいなガキは嫌いだ」

「そうですか……。ではこの話はなかったことで」

「あいやお待ちなさい」

 懐中時計をポケットへと忍ばせようとする少年を、津島は引き止める。

「こう見えて我々はプロの傭兵であり、誇りを胸に刻んでいる。いかなるあんちくしょうな依頼主であったとしても、ときとして意にそぐわない仕事内容であったとしても、我々は忠実に任務を遂行するだろう。悩み多き少年よ、詳しい話を聞かせなさい」

「実は、僕は追われる身なんです。シュキを用心棒としてかかえてはいるんですが、広大な大地をあてもなく彷徨っていてもいずれは捕まってしまうでしょう。だから、数日だけでいいので身の安全の保障と、貴方たちの住み家に匿わせてもらうことはできませんか?」

 聴き終えた津島は顎を摩る。

「込み入った事情があるようだな?」

「……」

「まあいい。依頼を達成すれば、その素晴らしい懐中時計は支払われるのだな?」

「貴方たちを信用しているので、引き受けてもらえるのなら先払いさせていただきます」

 少年は父の形見である懐中時計を再度、津島の前に差しだした。

「なかなか殊勝なことだ。俺はこの依頼を引き受けようと思うが、お前たちはどうだ?」

 津島は後ろで控えていた東条たちに話を振る。

「ま、いいんじゃねえか? 用心棒の姉ちゃんは少し剣呑で怖いけど、おっぱい大きいしむしろ歓迎させてもらう」

「私も一言一句東条さんと同じ意見です」

「景久がそう言うだったら、僕もいいよ」

 津島は重々しくうなずき、懐中時計を受け取った。

「契約成立だ。我々、傭兵部隊アウトサイダーが承った。その身の安全、保障するぞ」

 なんとも頼もしい言葉に少年は瞳を瞬かせて、ぱっと花咲くかのように微笑んだ。

「ありがとうございます! 本当に、本当によかった!」

 少年の顔を見入ると、目の下にくすみが滲んでいた。その笑顔の裏では不慣れな長旅と心労に、長きに渡って苦しんでいたのだろう。

 津島は労わるように少年の肩を掴むと、ハンヴィーへと誘導していく。

「おっと、雇い主の名前を聞くのを忘れていた。少年の名はなんというのだ?」

「いけない、僕もすっかり忘れていました」

 少年はもう一度笑った。

「僕は竜胆(りんどう)(たか)(あき)。竜胆家の嫡男であり、今は当主です。だけど、家族は皆いなくなって、友達もだれもいません。天涯孤独の身になってしまいました」

 疲れはてたような、すべてを諦めたような、決して子どもが浮かべてはならない笑みで、孤独な少年、竜胆孝明はそう言うのだった。


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