二の幕
少し登場人物が増えてきます。
一説によるとRSウイルスの感染源は犬であったと言われている。
元々存在していた狂犬病ウイルスが突然変異を起こし、人から人へと感染する病原体に進化を遂げたというのが有力な説だ。唾液を媒介に感染するにくわえて発症後に極端に水を恐れるようになり、また凶暴性が見受けられるなどの類似点が多いことからも推測できよう。
しかし末期症状では、堪えがたき食人欲求《人肉嗜食症候群》の芽生え、そして思考そのものが喪失するなどの相違点があることから、あくまで推測の域をでない。
いずれにせよ、末期患者の行き着く果ては凄惨な末路だ。
正式呼称『Non Humanity cace(人ならざる者)』。
通称、シキビト。
人ならざる者への変貌である。
シキビト出現は今からおよそ一世紀前にさかのぼる。
世界は未知のウイルスの発生に未曾有の大混乱に陥り、それまで当たり前のように存在していた《常識》が崩れ去った。
人類はその現象を、パラダイムシフトと言っている。
爆発的流行により国家の機能は停止し、瞬く間に人類は衰退していったというのが世の見解であるが、それは断片的な原因に過ぎない。
ワクチン開発が難航していたにせよ、人類の破壊兵器をもってすれば地上を徘徊するだけのシキビトを処理することなど造作もなかったはずだ。
実際には、人類同士の殺し合いがこの結末を導いた最たる原因だろう。治安が悪化したのをいいことに無法に走る暴徒たち。暴力とシキビトとの間で板挟みになる人々の耳元で囁くカルト宗教。末に、疑心暗鬼に陥った人々は理性を欠いて自らも混沌の奈落に身を投じてしまう。
かくして世界のあちらこちらで小規模戦争が起こるようになり、終末期を迎える。
いわば自滅だった。
とはいえ、今を生きる人々にとってはもはや一世紀も前のこと。きれいさっぱり過去の出来事であると踏まえて他人行儀に――無論他人に違いない――ろくでもない時代に生まれてきてしまったものだと悲観する者と、ならばしょうがない一層楽しく生きてみせようと企む者とで大まかに二分化されていた。
言うまでもなく、アウトサイダーの彼らは後者であった。
統治機関を失った国において現代まで永らえた街はことのほか少ない。
その一つが天神自治区である。
東と西をそれぞれ高洲川と隅ノ川に挟まれ、北に遥か遠方まで広がる群青の海原。南は延々と無法地帯が続いているため、国道二〇二号線を境に各要所に防衛施設が構えられている。戦乱の煽りで倒壊した、もしくは《人為的》に撤去された以外の二つの橋には、堅牢な検問所が設けられていた。
水を恐れるシキビトの進撃を防ぐにはうってつけの地形であり、かつ無法者のギリー対策として川岸全体に地雷を敷設しているのだから、抜かりはない。直後に警報が作動して、天神の守護兵たちに皆殺しにされる運命が待っているだけだ。
時刻はとうに夕暮れを過ぎている。
天神に到着したアウトサイダーは、行きつけの酒場に立ち寄っていた。
「マスター、ノンアルコールミルクを四つくれ」
すぐにダンディズム溢れる寡黙なマスターは極上の笑顔でノンアルコールミルクをもてなしてくれた。小さめのバスケットに詰まれたチョコレートとともに。
困惑する津島たちに微笑み「サービスです」と言って別の客の接待へと向かうマスター。不覚にも男性に惚れてしまった四人。
そうして粋な計らいに感謝をしつつ、彼らは一日を振り返りはじめた。
「今日も一日長かったな」
「まあな。でもアレは運がよかった。うつくしい婦人を眺めながら日向ぼっこしてたら勝手に仕事が舞い込んでくるとはな。しかもお触りできるなんて最高だったぜ!」
ほくほく顔の東条は茶髪を掻き上げながら津島に言う。
「ま、一銭にもなりませんでしたがね」
ブギージャックは曇った黒縁眼鏡をタオルで拭きながら指摘するが、
「だが我々は金では手に入れられないものを手にした」
「むはっ、確かに」
「違いねえ」
迷いを感じさせない津島の言葉にブギージャックと東条は深く頷いた。とここで、隣でまごつく薬師寺に気づく津島。どうやらガスマスクを脱ぐのに四苦八苦している様子だ。
「しょうがないな。どれ、俺に任せろ」
言いながら、彼は慣れた手つきで薬師寺のガスマスクを脱がせてやった。
薄らと蒼色を帯びた可愛らしい髪の毛が、ふわっとふんわり突如として。
「助かったよ。なんだか髪の毛がベルトに引っかかっていたっぽくて」
毛先を指で弄び、薬師寺は頬を膨らませて口元を尖らせる。その見た目からして仕草からして、これではまるで美少年……いや美少女そのものではないか。
「お、お前は……いや、君はだれだっ!?」
「……ん? 僕だよ、薬師寺玄太に決まってるじゃん」
「あっ、ああ、そうだったな。すまん、今のは忘れてくれ」
「もう、毎度毎度驚かないでよねっ」
拗ねるようにして非難のまなざしを向けてくる薬師寺。だが、そうは言っても不可抗力というものだ。怨嗟を吐くのが常である彼がいざ蓋を開けてみれば、だれもがうろたえてしまうほどの美貌の持ち主とあっては驚くのもしょうがない。そのもちもち肌が憎らしい限りだ。
正直どう返答しようかと考えあぐねていると、突然けたたましい音が酒場中に響いてきた。
酒場の出入口から何者かがずかずかと上り込んでくる。
まったく騒々しい客がいるものだと後ろを振り返ってみた瞬間、津島の眼光がぎらついた。
「ウエスタンドアが荒々しく開かれたとき、招かざる客が来訪すると相場が決まっているっていうやつはどうやら当たっているらしい」
津島は立ち上がるや否や声を大にして叫んだ。
「現れたな。朝霧京子!」
朝霧京子と呼ばれた女性を筆頭に、砂色の戦闘服を着込んだ四名の女性が蔑んだ眼差しでこちらにやってくる。
「津島景久! 今日という今日はその悪事を見逃さないわ! 私たちアドミニスターに身柄を拘束されなさい!」
そう言い放つ彼女率いる一行は、この世界で唯一の治安保持を目的としたアドミニスターの構成員だった。しかし実際には名ばかりの組織であり、その規模が小さいことが所以で、世間では慈善活動集団としか見なされていないのが実状だ。
ともあれ、朝霧は天神を拠点とする支部の指揮官であり、秩序を乱す輩を許すことのできない正義感を備えた女性。つまるところ、アウトサイダーにとって天敵の存在だった。
「あっはっは、いつもいつも陳腐な台詞ありがとう。分かり易くて助かるよ」
貶すように言われた朝霧は、その燃え盛るような赤毛と同じく肌を鉄火に変容させる。
「ハッ! さすがは下衆、下品、下劣の三拍子が揃った奴ね。まるで恥を知らないっ!」
「無粋かもしれんが言わせてもらうと、その下劣という言葉は下衆と下品の両方の意味合いを持つ。よってこの場合、下劣はあえて言わなくてもいいぞ」
「くぅっ、屁理屈を言いよってからにぃ! そのああ言えばこう言うの口を切り裂いてやりたいわっ!」
「屁理屈ではないのだが……っておい! 正気を保て!」
朝霧は逆上するあまり腰に差しているナイフを抜きださんとするが、そのとき。対照的に気立てのよさそうな、大和撫子と称するにふさわしい女性が割って入ってきた。
「支部長。ここは冷静に。いかにゲスな輩であろうとも、かような場所で惨事を招いては組織の沽券に関わりますわ。ここは大人の対応をしませんと」
「そ、そうね……。ごめん巴」
一見うるわしき大和撫子宜しく艶のある黒塗りされた長髪美人――秋月巴の正体を津島は知っていた。そしてそれは主にブギージャックに被害が及んでいることも。
「あとそこの白豚はこっちを見ないでくださる? 汚れますので」
「いいえ違います。豚ではなくぽっちゃり系男子とお呼びな――」
「ふふ、白豚に人語は似合わないですわよ?」
嫌みったらしい秋月の辛辣な言葉に、ブギージャックは胸を押さえた。
「大和撫子がそんな酷いことを……。まさか貴女は大和撫子ではなかったのですか!?」
「そんなこと一言も言っていませんわ」
ブギージャックは崩れ落ちた。「この世に神はいない」
津島は秋月を睨みつける。
「この腹黒女めが。うちのブギージャックを虐げるとはいい度胸だ」
「私に非はありません。この男が勝手に言い寄ってきただけ」
「むぅ、まったくもってそうだから反論できん」
しかし反論できないからこそなにか言いたくなるのが人の性分。朝霧の後ろでちょこんと佇む栗色の髪の毛をした柊かなめへと視線を移す。
「やはりそこにいましたか、かなめ嬢」
「ひぃ、見つかった!?」
突然話しかけられた柊は小動物のように怯え、朝霧の背中の影に隠れてしまう。そんな彼女の反応を見て愛くるしく思い、思いのあまり冷やかしたくなる。
「どうでしょう、我々の部隊に入ってみては? 貴女ならば歓迎しますよ?」
「全力でおお断りしますっ!」
完膚なきまでに拒絶されたというのに、意に介することなく津島は彼女の実りに実った大きな乳房を犯罪的に見つめてため息をついた。
「しかしまずは肉便器としての雑務をこなしてもらわなけれバハァッ!?」
不意に放たれた拳に、津島は仰け反るようにして倒れ込む。
「津島景久……やはりアンタは生かしてはおけないわ。変態につき死ねェ!」
朝霧の猟奇的な視線にたじろぐ津島。が、両者の間に割って入る者がひとり。
彼の右腕の東条智彦だった。
「おお……智彦! 助かっ――」
「かなめ嬢はだれにもやらんぞお!」
振り向きざまに言い放つ東条は怒り心頭の様子で、鼻息を荒く立てていた。思わぬ伏兵に度肝を抜かれる津島だが、一発の銃声で我に返る。
「邪魔者はどきなさい。私はこの男に用があるの」
東条は「お姉ちゃんみたく怖い」と支離滅裂なことを呻いて、床に横たわっていた。
とんでもない理不尽を垣間見た津島は、非難のまなざしを朝霧にぶつける。
「ゴム弾だから死にゃしないわよ」
「たとえゴム弾だったとしても当たり所が悪ければ死ぬというのに、なんて奴だ」
わななく津島を尻目に、朝霧は秋月を一瞥する。
「ごめん巴……我慢できなかった」
「いいのです。血がでてなければ惨事ではないですから。支部長は我が道を貫いてください」
「そうね、これは惨事ではないもの。ありがとう、我が道を貫き通すわ!」
あまりに物騒なもの言いをする彼女たちに津島は毒突く。
「貴様たちも負けず劣らずゲスだな」
「ゲスにゲスと言われても痛くも痒くもないわ」
「なるほど。あくまでゲスはゲスをもって制するという心意気なわけか」
それもそうかと妙に納得してしまうが、津島は世迷言を振り払って訊いた。
「――で、中立なる我々になに用かな、クライムクラッシャーどの?」
「クライムクラッシャーって……くッ。あんたはそうやっていつも白を切るけど、今回はそうもいかないわよ」
「はて、なんのことやら」
「別の支部から連絡があったの。アウトサイダーに妻が慰め者にされたってね! 忘れたとは言わせないわよ!」
烈火のごとく怒る朝霧に対し、津島の反応はいたって冷静なものだ。
「ああ、今日の依頼主か」
「依頼主?」
まるでひょっとこのような顔できょとんとする朝霧。バカ丸出しだった。
「歪曲して連絡されているようだな。我々は、契約された報酬を受け取ったまでなのだ」
「……どういうこと?」
「だから、シキビトに襲われていた一家と偶然遭遇した我々が彼らを救ったのだよ。その対価として相応しい報酬をもらっただけだ」
「……」
ものの見事に潔白を裏打ちされた朝霧は返答を窮する。断片的な情報に踊らされていた自分が歯痒くて、それでいて情けないと自戒する彼女の赤毛がしな垂れる。
「……その、ごめんなさい。今回ばかりはこちらの不手際のようね」
叱られた忠犬のように低頭する彼女を見下ろしながら満悦気に頷く津島。
「あやまちはだれにでもあるさ。次からは――」
「この男に言い包められてはなりませんわ」
ところが、秋月が射抜くような視線を津島に飛ばして待ったをかける。
「支部長もまたこの男に歪曲された情報を提供されているにすぎず、どんな契約があろうとも奴の犯した行いが正当化されることはないのです。おそらく、絶命の危機に瀕した一家に無理やり契約を結ばせ報酬を無理強いさせたのでしょう」
すべてお見通しだと言わんばかりの彼女の推論に、津島は驚きを隠せない。
「き、貴様! さては千里眼の持ち主か!?」
「ふふ、だとしたら?」
「恐ろしすぎる!」
仰天して目を剥く津島に呆れる秋月。
「はあ、真に受けすぎですわ」
「冗談だよ。冗談」
なおも状況を察していない朝霧を一瞥しつつ、津島は秋月に言う。
「同情するよ、こんな馬鹿な指揮官を持って」
「馬鹿じゃありません。ただ素直なだけですわ」
「苦労しているだろう?」
「苦労なんてありません。むしろ愛着が持てますわ」
「なんだ、ただの変態か」
「変態じゃありません。物好きと言ってくださる? 殺しますよ?」
所々部下にすら馬鹿にされているというのに気づかない朝霧は、ようやく答えに辿り着いた。
「えっと、つまりこの男は私に都合のいいことだけを言ったってこと?」
「はい、本質を見失ってはいけません。この男はれっきとした悪ですわ」
事の真相をすべて理解した彼女は、頭上に火の粉を散らせながら煮え繰り返る。
「――ッ、アンタって奴は本当に! やはりこの場で――」
「笑止!」
今にも銃腔を向けんとする彼女を、津島は厳かに言い放った。
「だとしてもだ、我々は犯罪を起こしてはいない! しかも、我々が助けに入らなければまず一家は無残に殺されていたことだろう。それを感情論だけで果たして執行していいものか。このような公衆の面前でなァ!」
いつの間にか人だかりができているなかにあって、アドミニスターは二の句が継げない。これ好機と見るや彼はさらに畳みかける。
「そもそも貴様たちが組織としての役割を果たしていればこんなことにはならなかったのだ。それを我々が尻拭いしたというのに、この言われよう。落涙禁じ得ないよまったく」
「で、でもそれは組織の要員数がまだ十分じゃなくて」
「否! 正義とはいかなるときも弱き者の味方であるがゆえに弱音を吐いてはならない。ならびにいかなる誹謗中傷にも甘んじる覚悟が必須である。それが正義を志す者の宿命かつ責務であるのだよ分かるかね!?」
恬然として傲然たる態度でものを言う津島は、やはりと言うべきかさすがと言うべきか。ともかく、ゲス野郎と言われ続けていること伊達ではなかった。しかし指摘していることのなかには無視できないものがあるのも事実。それを物語るように、いきり立っていた朝霧の勢いは衰え、洞察力に富んだ秋月ですら歯噛みしていたのだった。
「もう、うるさいっスよ!」
結果として津島の高笑いを遮った、妙にうわずった呂律の回っていない声が響いた。
「こちとら楽しく飲んでいたのに騒々しいっす。死んで下さいアウトサイダーの皆さん」
声の主は少女だった。その手に持つスコッチは何本目だろうか。テーブル一面に乱雑された空瓶を確認するだけで、十本はくだらない。そして、その足元に累々に築かれた空瓶の山々は驚愕に値した。
目の下が黒ずんでいる以外は、餅のような張りのある肌にくわえて、葡萄のような色をした愛くるしい髪の毛が際立つ幼気な少女である。なのに、なぜアルコールなどという大人の嗜好品に口をつけているのか皆目見当つかない。
津島は怖がらせまいとおそるおそる接近を試みる。
「やあ、オマセなお嬢ちゃん。君のような子にはお酒はちょっと早いかな」
「私に構わないで下さいっす」
「それに目の下のクマはなんだい? 睡眠を取らなきゃ駄目だよ」
「……デリカシーの無い人は嫌いっす。あっち行って下さい」
「はは、しょうがないな。ならおじちゃんと一緒に家に帰ろうか? 自宅はどこかな、安全に届けよう。十年後には君を愛でる準備ができていることだろうさ」
そう言って、津島が少女の腕を半ば強引に引っ張ろうとした瞬間――。
「黙りやがれっス! 私はこう見えても立派な成人です! 馬鹿にするなぁ!」
したたかに手を叩かれた津島は、いたく傷づいたような顔をする。
「そ、そんな……私はただ君を――」
「しらばっくれるんじゃないッスよっ! アドミニスターがひとり、大山桐ノと知っての狼藉っすかァ!?」
「え――……ああ!? 客に溶け込んでいたせいか全く気がつかなかったぞ!」
「それ本当ッスか!?」
「うむ、本当だ。失礼をしたようだな、君は確かに成人だ。そして永劫愛でることはないとここに宣言する」
津島は、大山桐ノ(の)のないようでやっぱりない胸元を一瞥してから断言した。
求めてもいないのになぜかフラれ幼児体型がゆえの劣等感までもかき乱された大山は、最後のスコッチをぐびびと飲み干して、自嘲気味にせせら笑う。
「誕生日が二月二十九日だったらまだ五歳っすねえ。ゆくゆくは巨乳に……なわけあるか」
少女の乙女な心に風穴を開けたというのに、まるで罪悪感をおくびにも出さない津島は両肩を竦ませてみせるだけだ。そんなゲスな彼の背後からひとりの男性が躍りでる。その道を往く薬師寺玄太その人だった。
「酷いよ景久! 桐ノちゃんはこんなに可愛いのにどうしてそんな――」
「ロリコンは爆死しろ」
そんな彼を、目の下のクマが一役買っているものすごい剣幕で大山は一蹴した。
「え、っ、はは……。ば、爆死しろって言われちゃった、よ?」
好意を完全拒絶された薬師寺は懐に手を伸ばす。
「「や、やめろ――ッ!」」
刹那に深まる部隊の絆。隊が一つになった気がした刹那。
異国の者だからこその大和撫子といった空想の産物に取り憑かれた挙げ句、現実を思い知らされたブギージャック。不意の凶弾によって愛くるしい存在との間を引き裂かれた東条。彼らは今、薬師寺の腕を抑え込んでいた。
「智彦、お前気絶していたのではなかったのか!?」
「なに言ってんだよ。気絶してる振りしてかなめ嬢のおっぱいをじっくり視姦してたぜ!」
「なんて奴だ、お前は変わらないな!」
「おうよ! 俺はいつでもバリバリ青春だぜこの野郎! おっぱい最高!」
ブギージャックも負けじとばかりに言う。
「私も脳内で大和撫子を蹂躙し尽くしていましたよ! 無論、被写体は秋月巴さんです」
「お前の妄執には呆れてものが言えないぞ!」
欲望に忠実であるがゆえの驚くべき執念。地べたに這いつくばろうとも微塵も崩れぬしたたかさ。天魔波旬もたじたじの悪人面した東条とブギージャックを喜々として見つめる津島もまた然り、極悪非道な面をしていること甚だしかった。
「今日の桐ノちゃんはどうやら不機嫌らしい。どうだろう玄太、ここはひとまず退散しないか? 乙女にも事情というものがあるのだよ。紳士として察してやらねば、な?」
「……そうかもね。嫌われたくないし」
津島に諭された薬師寺は理性を取り戻し賛同する。
そうと決まれば事は速かった。彼らは用具一式を担ぐと、まるで忍者のような足捌きでその場から遁走し、瞬く間に群衆の中に埋もれていった。
その束の間の出来事をアドミニスターの彼女たちは呆然と眺めるしかない。
と、不意に酒場の入口から顔をだしてくる津島。
「あと朝霧京子。その荒廃に満ちた胸板に草木を植えることをお勧めするよ。ちなみに豊胸は認める。では、さらばだ!」
こうして、彼らの波乱に満ちた一日は終え、いつか来ることだろう火種を無闇に植えていったのだった。
「「絶対いつか殺してやる」」




