一七の幕
最たる阻害――生物自律兵器――を仕留めたことにより敵は総崩れとなった。もとより統率の取れていなかったギリーたちは、姿なき《暗殺者》に次々と撃ち抜かれて浮き足立ち、ついには《共食い》ともいえる形で自滅していった。シキビトは依然として点在しているが、武器を持たずして突貫してくる手合いなればこそ、さほど脅威に感じるわけもなく根絶やしにされるのも時間の問題だろう。
しかしそれでも住民たちの顔色は優れない。街中にこだまする攻防の轟きが止んでいないのだから当然といえば当然だ。が、一番の原因としては戦火を点けた諸悪の根源を知ったから、と言った方がいいのかもしれない。
「その、なんというか。突拍子もないっていう」
「……そうっすね」
全貌を明らかにされたアドミニスターの柊と大山の顔色は蒼褪めている。生き残りの住民たちも似たような反応だった。しかし未知の兵器を目の当たりにした今では、世紀を跨って襲撃してきた外敵の存在ですら不思議と受け入れられる。
「話には聞いていたけど、過去の技術って凄かったんだ……」
「ろすとてくのろじーってやつっすか」大山は東条の方を見て言う。「――ってことは、私らは竜胆家の復興もとい侵略の手始めに選ばれたわけっすね?」
「ん、まあ……有体に言えばそうだな」
東条は歯切れ悪く答えた。傍目から見ても心苦しそうなシュキを考慮してのことである。しかし彼女はもはや堪え切れないと低頭して、皆に謝った。
「……?」
沈痛な面立ちのシュキを見やり小首を傾げる大山は、すぐに合点がいった。
「ああ、言い方をまちがったっす。訂正。竜胆家にあらず屑野郎が画策した謀に巻き込まれた私ら。そしてもちろん、一番の被害者である貴女たちに非はないっすよ」
「そうそう、そのとおり。朝霧先輩と秋月先生を誘拐したのも奴らの手先に違いないのですよ。だからシュキさんが咎めを負う必要は皆無。そう遠からず元凶は血祭りに上げられて、孝明さんは救出されますよ。安心してアドミニスターである我々にお任せくださいな」
淡泊な語りとは対照的に、彼女たちの瞳には《二つ》の炎が煮え滾っていた。言うまでもなく一つは正義の灯。もう一つは闇にあってなお暗い私怨の怒りだ。
「そ、そうだ! シュキとやらに非はねえ。元凶を血祭りに上げちまえ!」
住民の一人が言った。
「アドミニスター、いけすかねえ奴らだって思ってたけど見直したぞ」
次はだれが言っただろうか。
ともあれ、それまで悄然とした雰囲気がたゆたう中にあって、アドミニスターの侠気溢れる言葉に感化された住民たちはひっきりなしに喊声を上げはじめた。
まったく天神の住民たちは単純すぎて御し易いことこの上ない。東条はそう思いながらも笑っている。
「…………」
おおよその予想を裏切る彼らの《開き直り》にしばし呆気にとられるシュキ。
「ここの奴らって単純なんだよ。危害を加える敵には容赦しねえが、そうじゃなけりゃ気にもかけない。だからこそ本質が見抜ける。お前らが厄災を運んできたんじゃねえ。《野郎》が厄災を運んできたんだと、な」
大山も同意するように続けた。
「ああいう輩はどこにいようと変わらないっす。今回たまたま天神が狙われただけであって、そう悲観することも。己の不運を恨む前に指先に力を入れろ。ようするに四の五の言わず撃鉄を鳴らせってやつっすね」
「桐ノちゃんかっこよすぎぶっ!?」
「ロリコンは黙れ」
大胆不敵にものを申す大山に興奮を覚えた薬師寺ではあったが、おにぎりほどの大きさの鉄拳をお腹に食らってしまい、あえなく消沈した。
「ガキじゃあるまいし、そうがっついたら子猫ちゃんも警戒するってもんだ。紳士たるものいかなるときも相手を気遣いながら暗黙の了解をつうじてこうするっとだな」
「するっと肩に手を回したらしし執行しますよう!?」
東条がごく自然に接近するも、柊の危険感知器に抜かりはなかった。
「直径一メートル圏内に侵入してきたら指先が動くかも?」
「……うん、ごめん。冗談だからかなめ嬢止めて」
こんな至近距離でウィンチェスターM70の引鉄を引かれでもしたらたまったものではない。草食動物のようにびくびくする彼女のもとから東条はおそるおそる後退した。
ようやく殺意から解放された東条に一人の傭兵が業を煮やしたようにして尋ねてくる。
「……あの、そろそろいいですかな?」
「ああ、すまねえ。連れていってくれ」
己の手で殺してやりたかったところを頼まれたから我慢してやったというのに、こうも青年らの馴れ合いを見せられたとあっては、傭兵が苛立つのも無理からぬことであった。
「ここに《尋問対象》が幽閉されてるってわけか」
「ええ。間抜けにも単独で突撃した挙句に《RSV》に感染した奴ですよ。しかもワクチンをくれくれってすがり寄ってくる始末。取るに足りない敵なので殺そうかと思ったんですが」
「なるほど。尋問としては最高の素材じゃねえか。こっちもやりがいがあるってもんだ」
「僕も行った方がいいかな?」
薬師寺はそう訊いてくるが、
「お前はかなめ嬢たちと周囲の警戒をしててくれ」
「なんだい、もしかして残酷な光景に僕が耐えきれないとでも?」
「いや、お前がやると殊更に血みどろになっちまうからだよ」
言いながら扉を開ける東条の眼光は、これまでになく嗜虐に満ちた氷点下なのだった。




