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アウトサイダー  作者: 明日ヶ太郎
15/17

一五の幕

 その小一時間前――天神中央部に位置する、屋台が軒を連ねる裏通りにて。

 百年以上営業されていない老朽化の進んだ百貨店の裏手では、昼日中だというのに、すでに賑わいを見せていた。

 人の往来が激しい小路を掻き分けていく男は、未だ赤提灯が灯されていない屋台の暖簾をくぐると、やおら腰をかけた。

「もうやってる?」

「へい、丁度今から開店するところで」

「なら一杯もらおうかな」

 言いながら男は上着を客席にかけて、銃火器を足元に置く。戦闘ベストを着用し、なお拳銃を懐に忍ばせている男の生業は、言わずもがな傭兵であった。

 平日の日中から一献傾けるとはいい御身分だ。さぞや傭兵は儲かる仕事なのであろう――と聞こえてきそうだが、そういうわけではない。ただ、臨時収入にしては多すぎる額の収入が急に舞い込んできたのである。しかも所属する組合の御偉い方から言いつけられたことといえば、命令があるまで待機とだけ。報酬の額が額なだけに、実に奇妙だ。普通じゃない。よって同僚同士の間では、時を越えてやってきた渡来人による恩恵だとまことしやかに囁かれているが、まあ、くだらない与太話には違いない。

 にわかにざわついてくる耳元。

 首を伸ばして外を見回してみれば、大通りの方で人だかりができていた。

 好奇心を刺激され、傭兵は様子を見に行ってみることにした。

 車道の中央で行く手を阻むかのように大型車両が鎮座している。のみならず荷台の中からぞろぞろと人がでてくる。見れば一人一人が、男にとっては見慣れた特徴的な恰好をしていて、まるで無秩序をこよなく愛する、蛮行の象徴であるギリーそのものだった。

 ――仮装パーティーでもおっぱじめるつもりなのか? 

 訝しげに観察する傭兵は、しかしなにやら楽しいことが起きるような気がすると思い、むやみに人だかりを押し分けて、仮装した一人に手を振ってみた。すると険な雰囲気にはそぐわない喜悦な表情をもって、仮装男は《なにか》の筒先を覗かせた。

「――ッ!?」

 曲がりなりにも傭兵であった男は、すんでのところで陶然とした思考を凍らせて、飛び退いていた。

 殷々たる銃声とともに静まり返る一帯は、とはいえ、一瞬にして悪夢の狂騒へと様変わりする。ついさっきまで男が立っていた位置には、彼の背後に折しも居合わせてしまっていた女性が、おびただしい血を流しながら俯けに転がっていた。

 なぜこの街にギリーがという益体もない疑問を置き去りにして、傭兵は考えるまでもなくさっきの屋台に踵を返すと、自分の銃火器を執って抗戦に打ってでた。《手段》を所持しているためもあろうが、突発的な危局にも浮足立つことなく反応できたのは、ひとえにこれまで荒事に身を置いてきた経験による賜物であろう。

 が、次の瞬間には、傭兵の闘争心は乾涸びてしまっていた。

 市民はもちろん無法の片割れすら顧みることなく轢いていく新手の車両。なだれ込んでやってきたそれから、今度は、終末の黙示録を序奏するがごとく化身――シキビトがせきを切ったように躍りでてきたのである。

 さしもの傭兵もついに取り乱してしまう。どうしてギリーとシキビトが? この街でなにが起こっているのだ? もう、自分の手には負えない……。

 悲鳴と哄笑が交錯する狂騒の一部と化した男は、おんな子ども関係なく我先にと押しのけて逃げまどった。脇道に逃れるが、先が閊えて思うように進めない。のろまな群衆を撃ち殺してやりたい気持ちが湧いてくるが、そうするまでもなく前方の人間が転倒した。これしめたと踏み越えようとしたとき、赤錆びた異形はいた。

「うあァァァァ――ッ!」

 本能的に『死』を悟った男はでたらめにトリガーを絞る。放たれた幾多の銃弾が異形の総身を削り、錆びついた装甲は荒々しい銃痕に蝕まれ、そこから血ではない何かの液体が絶え間なく沸きあがってきた。

 仰々しい鎧が無残に穿たれた様子を見て、男は我知らず嗤う。虚を衝かれ面食らってはしまったが、見かけ倒しだったようだ。得体の知れない奴にせよ、これだけ銃弾を浴びれば即死は免れないだろう。これだって立ち往生の類――……。

 立ち尽くす胴体を銃床で小突こうとした刹那――男の首筋に度を超えた圧迫が生じた。

 皮から脂肪へ、そして筋肉繊維を経て到達された頸椎はあえなく握り潰されてしまう。支えを失った男の頭部はだらしなく垂れ下がるが、なおも事足りないと異形はそれを石塀に押しつけて、縄張りを示威するように塗擦した。徹底してやった甲斐あって頭蓋骨だけとは言わず脳漿の大半を破壊尽くした下手人――生物自律兵器は、ここでようやく骸を放り投げて次なる対象へと矛先を変える。兵器に痛みは無縁であり、半死半生の身なれど稼働可能なのだ。

 血の光沢を放つ兵器をふり仰ぐ草食動物のごとき人々は、恐怖のあまり人事不省に陥る。

 正気を失い、脳裏を地獄が去来した彼らに比べれば、あっけなく死んでいった男は幸福だったのかもしれない。


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