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アウトサイダー  作者: 明日ヶ太郎
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十四の幕

 第四章 内戦


 瞼をなでる陽射しをきっかけに、そして腹部に走る鋭い痛みで思考が目覚めた。

 天井と向かい合う東条は、未だ淀む思考の中で突然溢れだしてくる色彩に戸惑う。

「……あ、れ……俺は、って――……」

 横を見ると、椅子の背もたれに腕を預けて寝入っている薬師寺がいた。

「――御目覚めですか? 大事に至らなくて安心致しました」

 扉の閉まる音がしたと目線を向けたら、水桶を手に持つシュキが立っていた。

 東条は腹部に巻かれた包帯に気づく。そこで彼は把握した。ここは自室だ。自分はあのとき負傷したのだ。

「ああ……すまねえな。これ、あんたが治療したんだろ?」

「お気になさらず。それよりも今は御自愛してもらえませんと」

 身体を起こそうとする東条を説き伏せるシュキは、そして目を落す。

「……もとは私の油断が原因。面目次第もありません」

「なに言ってんだよ。護衛対象の代わりに弾に当たるのも仕事のうちだ。気になさんな」

「し、しかし私はその護衛対象では」

「俺らにとってはそのうちに入ってんだ。あんたが死んじまったらあの少年が悲しむだろ? 鈍感な俺でもそんぐらいは分かるってもんだぜ」

 とうの恩人がそう言うのであれば、これ以上食い下がるのは礼儀に反する。正直、胸につかえる負い目が消えることはなかったが、シュキは大人しく引き下がった。

 小鳥のさえずりが耳朶をくすぐり、太陽の光りが心地いいかぎりだ。いっそこのままひと眠りしたい気分であったが、そうも言ってはいられない。東条はおもむろに口を開く。

「そろそろ無関心を装うのも飽きてきたところだ」

「……」

 なんの反応も見せないシュキに構うことなく、彼は私見を陳列した。

「シュキ、あんたは少年の用心棒だ。その身を護る義務があるのも分かる。だがそれにしても、少しばかり努めすぎやしないか? 仕事熱心だと言われればそれまでだが、俺は腑に落ちねえ。少年を誘拐されたときの、あの尋常ならざる鬼気迫った反応。まるで用心棒が取る態度のそれじゃない。むしろ、もっと親交の厚い間柄もしくは忠誠を誓った関係。そうだな、主人と従者の対人関係であれば、容易に説明がつく」

 東条は核心にメスを入れる。

「あんた――いや、あんたらはなに者だ? 奴らの正体は? 奴らの目的は、少年を攫った動機はなんだ? 本当の事を教えてくれ。今ここでなにが起きようとしている?」

 しばしの沈黙を経て、胸のうちでなにかしらの覚悟を決めたシュキは、それまで閉じていた瞳をゆるやかに開けた。

「……どこから御説明すればよいのでしょうか?」

「好きなように順々にすればいいさ。と、その前に少し待て」

 東条はまるで起きる気配を見せない薬師寺に向かって、

「こらっ、玄太! いつまで寝てるの、早く起きなさいっ!」

「――っ!?」

 突然張り上げられた大声に跳ねるようにして飛び起きた薬師寺は、東条を見るなり目を剥いて仰天した。

「智彦が生き返ったっ!?」

「……どんな夢を見てたんだよ。お前は」



 東条はどちらともとれない、形容しがたいため息をつく。それは薬師寺もおおよそ同じ印象であった。すべてを聴き終えた東条は、堪らず再確認する。

「――すべて本当の事だよな?」

「はい。にわかには信じがたいことであるというのは承知しております。当然ながら、常人には絵空事のようにも聞こえましょう」

 東条の反応に怒るでもなく訝るでもなく、さも当然至極のように立ち振る舞うシュキの対応は、この場合、決して喜ばしいものではない。むしろ、勘弁してくれよと言いたくなるのが正直なところだ。これではまるで、彼女はいたって常識的な人間であると裏づけしているようなものではないか。

「そうだな、もし出会い頭に言われていたなら、鼻から信じちゃいねえさ。だが実際にあんなでたらめな兵士をこの目で見ちまったからには、認めるしかあるめえよ」

 頭を掻き毟りながら、東条はなお受け入れがたいと言わんばかりのしかめっ面で、それを言葉にした。

「混沌とした時代におさばらするため昏睡状態に落ちて、このたび一世紀ぶりに目覚めたのが敵の連中。そしてあんたらも然り――パラダイムシフトが起こったその《時》の住人だと」

「平たく言えばそのとおりです」

「……なんだか、SFチックだね」

 率直な感想を述べる薬師寺に対し、東条は深く同意する。

「ああ、自分で言ってても笑えてくるぜ。SF好きな奴らだったらさぞや有頂天になっていただろうが、あいにく俺はその手のことに興味がねえ。ただただ、開いた口が塞がらない状態だぜ。まさに自己のパラダイムシフトが起こったって感じだな」

「……トーマス・クーンのパラダイム概念が今ではそのように引用されているのですね」

 悠久の時を感じさせるシュキの発言に、しかし東条は受け答えする余裕がないとみえて、一方的に疑問を解消していく。

「敵方は竜胆家の実権を握りたい親族の者。つまり、内部紛争ってところだな?」

「左様で御座います。歴史ある由緒正しき名家、それが竜胆家。近代の世には表立って影響を及ぼすことはありませんでしたが、ささやかながら社会の貢献をしておりました。その点で言えば、ある程度の《力》を持ち合わせていたのでしょう。実際、親族の者が誘拐されたことがあり、そのため我々一族が陰で竜胆家の守護を仰せつかったのです。――だが、あのとき、私は気づけなかった。まさか身内の者が、主の奥様の弟が謀反を起こすなんて……」

 粛々と事のなりゆきを口にしていたシュキは、怨敵の狡猾さに歯噛みし、己の犯した不様な失態に怒り震えた。

「……あろうことか奴は、目覚めて体勢が整っていない最中に乗じて企てを起こした。手始めに旦那様をその手で葬り去り、忠義に厚かった者たちをことごとく血に染め、そして己の野望を成就させるべく、今回、主までも……誘拐したッ。さしずめ現当主を傀儡せしめて己の意のままに操る魂胆なのでしょう」

 血にぬられた経緯を聴いて、ふーっと腹の奥のやるせない気持ちを吐く東条。

「――で、今も敵の計画は着々と進んでいるわけだ。シュキ、今後の奴らの動向はなんだと思う? あんたの見解を聞きたいんだが」

 シュキは暗鬱たる面立ちをもって答える。

「十中八九、この街の掌握を皮切りに勢力を拡大していく目論見でしょう」

「……なんとも大層な野望だな」

「ええ、愚の骨頂と評すべき暴挙です。然るに無秩序に苦しむ人々が自ずと望むは、国の再建と安寧。人々はいつの時代も甘言に惑わされ易いものであり、ましてや脅威的な武力を保持しているので、敵を侮ってはなりません。……現に貴方がたの御仲間は未だ消息不明。街の《内部》では既になにかが起きはじめている。彼らはその何かに巻き込まれた、……と」

 敵の素性を知っているからこそ滲みでてくる焦燥感。隠し切れない焦りと怯えが、彼女の声色を擦れ声へと変容させていく。

 紫煙のごとく漂う不穏な空気。

 その場にいただれもが最悪の事態を想像してしまう。

 沈黙。

 しかし東条が自分に言い聞かせるように呟く。

「あいつらなら大丈夫だろ。なにせ大小便の中でも生息できるようなゴキブリ並みの生命力だからな」

「うん、それには同意するよ」

 薬師寺はにやつきながら、こくこくと何度もうなずいた。

「だとしても今は俺たちだけでやるしかないか。話を聞いた限りじゃ少年を殺すことはないと思うが、自分の姉の夫を殺した奴だ。いつ気が変わっておいそれと殺すかも分かんねえし」

「……はい」

「そこで厄介になるのが、敵方の戦力。ただの人間であれば銃弾一発で事足りるが、なんて言ったか、あの装甲で守られた」

「生物自律兵器」

 シュキが代弁する。

「そう、そいつらだ。でだ、対処方法を吟味する必要があると思うんだが、奴らに急所ってやつはないのか?」

「特筆すべき弱点などは無いかと。ただバイオ燃料を原動力として活動しているので、激しく損傷させ燃料を枯渇させることにより無力化にできましょう」

「つまりはなんだァ……昨日の晩みたく雨のように撃ち込むしかないってか?」

 昨晩の光景を思い浮かべながら、東条は顔を歪めて怨嗟を吐いた。

「……はい、残念ながら」

「ま、だったら鉛玉をしこたまぶち込んでやるまでだ」

 言うと、東条は立ち上がる。

「あっ、身体大丈夫なの? 智彦」

「心配すんなって。弾の破片が刺さっただけだ。兵士たるもの、ちょっとやそっとの痛みぐらいは辛抱せにゃな」

 シュキはもとより薬師寺も、意を決して戦闘の身支度に取りかかった。

 すでに準備をし終えて手持無沙汰であったシュキは、気もそぞろに立ち尽くしていた。そんな彼女に、東条は言い切る。

「落ち着けって。一度はしくじったが、二度目はねえから」

 まったく根拠のない励ましではあったが、今のシュキにとっては多少の支えにはなったようだ。蒼褪めた表情が、多少は緩和した気がする。

「街の掌握を目的とすれば、敵は恐らく街のいずこかに潜伏しているとみてまちがいないでしょう。ひとまずは主を幽閉している隠れ家を捜索しなければ」

「ならとりあえず《NYF》にでも寄ってみよう。景久たちが消息を絶った場所に行けばなにか分かるかもしれねえ」

 迅速に敵の潜伏先を突き止める必要に迫られていた。一刻も早く主の安全をこの目で確かめたかったが、はやる気持ちを抑えてシュキは東条の案に賛成する。

 簡易なブリーフィングを済ませた東条、薬師寺、シュキの三名が荷物一式を背負ったとき、突然、固定電話が鳴った。もしかすると津島たちからかもしれない。そう思ったからこそ、薬師寺ははしゃぐようにして受話器を取った。

 しかし、その顔がみるみるうちに曇っていく。

 なら一体だれからの電話だろうか。電波が届く範囲からして街のどこかから発信されていることは推測に足りるが、この電話番号を知る人物は限られていた。仕事関連で伝えている五十嵐か、あるいは、過去に言われもない疑いで職務質問をしてくれたアドミニスターのうちの誰かか。

「――それで、だれからだった?」

 薬師寺は、うろたえるばかりで答えない。只ならぬ様子の彼に、東条はなにごとだと、今度は語調を強めに訊いてみる。すると我に返った薬師寺は顧みて、絞りだすようにして言った。

「街中にギリーとシキビトが現れたって……桐ノちゃんが。――は、早く助けないとっ!」


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