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アウトサイダー  作者: 明日ヶ太郎
13/17

十三の幕

 地階を駆け上がり、ときに妨害に遭いながらも、《尋問》した甲斐あってかふたりはたやすく仲間の居所を発見することができた。

 手際よく看守を仕留めた彼らは、ひとまずの案件を済ませて安堵する。しかし津島の表情は浮かないとはいかなくても、同胞の再会に破顔するそれではないことだけは確かであった。

「……ブギージャック。お前はなにをしているのだ?」

 鉄格子を隔てた空間の片隅で、ブギージャックはうずくまっていた。

「人ではなく白豚……豚……人語は、喋っちゃだめ……私は白豚なのだからぶひ」

 かたや同じ牢獄に閉じ込まれていた秋月は、むしろ水を得た魚のごとく生き生きしていた。

「支部長、ご無事でなによりですわ」

「巴も無事でよかった。というか、軟禁されていたわりにはなんだか妙に元気ね?」

「ええ。幸運なことに、暇つぶしには事欠きませんでしたから」

 もって生まれた気質としかいいようもない、サディスティックな笑みを浮かべながら、秋月はブギージャックを横目で一瞥する。

「またしてもお前かっ! うちのブギージャックになにをした!?」

 津島は同胞を虐げた犯人に詰め寄るが、とうの秋月は平然として言った。

「ただ白豚に白豚なりの生き方を伝授したまでですわ。むしろ生かしてあげたこちらの懐の広さに感謝して欲しいところ。――ね、豚?」

「……っ、ぶひっ」

 ブギージャックは可哀相に、すでに恐怖という名の教育を施されている模様だった。屈強な彼の精神をこうも打ち砕いたということは、筆舌に尽くしがたい悪罵の限りを浴びせられたのだろう。

 同胞の見るも無残な醜態を見せつけられた津島は怒りを露わにする。

「貴様には俺の教育をもって新たな人格を形成してや――」


「ヒャッハ――ッ! 地球が廻ってるぜぇ!」


 しかしながら、どこからともなく聞こえてきた奇声により、やむなく津島は言いさして周囲に神経を尖らせる。

 目線の向こうにある、通路の最奥に面した扉から光がもれていた。どうやらそこに奇声の主がいるようだ。

 恐る恐る扉を開けてみると、とば口のすぐ隣で腰かけているギリーが支離滅裂な言葉をしきりに呟きながら、犯罪的に輝く白い粉を鼻から吸い込んでいた。

 白い粉にご執心な男の頭部に、朝霧は口づけをする。言うまでもなく凶器の。

「……え?」

「死になさい」

 そう言って朝霧は引鉄を引こうとする。しかしなにを思ったのか、津島がそれを制した。

「まあお待ちなさい。いかに悪人とはいえども、更生する機会を与えなければ」

 慈愛に満ちた牧師さながらの口調で、彼は罪人に尋ねる。

「なにゆえに罪を犯してしまったのか。汝の思いの丈をここで、告白しなさい」

「……ハ、ハッピーになるたくて、つい……」

「なるほど。しかしその方法でハッピーになってはいけない。ハッピーになる手だてはごまんとあるというのに、なぜよりにもよって不純なものに手を伸ばしてしまったのか。それは君の弱い心によるところ。それは分かるだろう?」

「うぅ……すみばぜん……っ」

 己のしでかした罪の重さを理解したギリーは、泣きながら頷いた。

「よろしい。君は今、更生への一歩を踏みだしている。まだ間に合うよ」

「本当でずがっ?」

「ああ」津島はおもむろに、男の肩に手を添える。「しかし道は険しい。道すがら再び踏み外してしまうことだってありうる。そんな半端者を受け入れるほど世界は甘くないし、君も不徳と致すところだろう。よって、意志力を確かめたい」

 津島は白い粉を指さした。

「これを今一度大きく吸い込み、にもかかわらず見事己を律することができれば、はれて君は自由の身だ。さあ、試練を乗り越えて両手を広げたまえ」

 戸惑いながらも、男は言われたとおりに吸い込んでいく。そして一呼吸したのちに、男は高らかに両手を広げた。

「どうだね、気分は?」

「ヒャッハーッ! ハッピーだぜぇ!」

「あの世で更生しろ」

 幸せの絶頂の中、男はあっけなく命を散らせていった。

 偽りの幸せに殉じた愚かなギリーを見ながら、朝霧は眉を歪ませる。

「……アンタもあの世で更生しなさいよ」

「俺ならまだこの世で更生する余地はある」

 津島は涼しい顔でそう言った。



 一直線の通路の先に両扉が見えてくる。天井から吊るされた照明器具が仕事をしていないせいで茫漠とではあるが、かろうじて扉の隙間からもれだす日光を頼りに判断できた。

 そろそろこの鼻につく、カビの生えた埃にへどろが加わったかのような悪臭には気が滅入ってきたところだ。外にでれば新鮮な空気が出迎えてくれよう。そんな期待がにわかに高まってきた彼らの歩幅は、自然と大きくなっていく。

 しかし、いざ両扉の前に到着した彼らは立ち止まった。奇妙なことに内側の取手が鎖に固縛されていたからだ。

「ブギージャック、マスターキーを使え」

「Yeah,why not?(ええ、喜んで)」

 命令されたブギージャックがその手に執るは、鹵獲品のモスバーグM500。さきほどの恐怖状態がまるで嘘のように、彼は調子を取りもどしつつあった。敵から押収した散弾銃を嫌々ながら使用してみたところ、なかなかどうして素晴らしい反動にくわえて、銃弾が標的に直撃したときの血みどろな光景にいたく感動し、愛銃ペチェネグの代用品としてお気に召したためである。

 ショットシェルから解き放たれた散弾が、金属質の音を立てながら鎖を切り裂いた。封鎖されていた扉は大きく開き、予想に違わずみずみずしい空気が出迎えてくれる。

 しかし次の瞬間、彼らの目に飛び込んできた光景は――

「……ドッキリだったとすれば、企画した奴はとんだ頑張り屋さんだな」

 おちゃらかした言い回しとは裏腹に、津島の双眸は激憤に焼灼されていた。

 随所から立ち上る黒煙。荒れ狂う煉獄の劫火。逃げ場のない道を逃げまどう人々。悲鳴、狂笑、銃声、唸声、阿鼻叫喚――ありとあらゆるパラノイアが蜷局を巻くようにして、天神自治区を呑み込んでいた。

 そう、まるで在りし日のパラダイムシフトを彷彿とさせる麻のごとく。


いよいよ市街戦の開始となります。

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