表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/15

第2話 演奏

 スベーニュの街では、多くの店が日没にあわせて閉店していた。それは、この “avec (アヴェク) des() cordes(コード)”も例外ではなかった。

 一日の終わりを迎えると、クレイドは店の外に『closed』の看板を掲げた。


 ***


「今日もお疲れ!!」

 大声をあげて、唐突に店の扉を開けて入り込んできた男性。

 しかし、彼が中を見回しても店内作業場の中には誰も見当たらなかった。明かりは全く灯っておらず、壁に並ぶように吊るされたバイオリンが不思議と悲壮感を漂わせている。

 作業台の上には作りかけのヴァイオリンが置いてあり、他になにか目につくものと言えば、箱の中に保管されている使い込まれた工具や楽器の部品ぐらいだった。

「おーい!」

 男性は店の中を堂々と歩き回る。

 しかし、耳を澄ませても返事が聞こえてこないため、彼はさらに奥の部屋まで無断で足を踏み入れた。


 そして、ようやく見つけた目的の人物は椅子に座って眠っていた。



「誰だ……?」

 眠い目を薄っすらと開けた。

「おぉ、クレイド。寝てたのか、起こして悪いな。ちょっと一緒に楽器弾こうかと思ったんだけどさ」

 悪いと言いつつも、この男は本心で悪いと思っていないような口ぶりだ。

「いや別に。ただ、少し疲れたから休んでただけ。演奏なら相手してあげるよ。来ると思ってた」

 クレイドは慣れたように雑な返答をした。椅子から立ち上がってランタンに明かりを灯すと、作業場へ楽器を取りに向かう。

「ロディール、お前は何の楽器を弾きたい?」

「ん~。じゃあ、ホイッスルにしようかな」

 ロディールはやや冗談めかした口調でそう返事をした。

「おい、ここは弦楽器専門だぞ? ホイッスルを吹きたいなら自分で持って来ることだな」

 真面目に弾き返すと、ロディールは少し顔をしかめた。

「うん、ちょっと言ってみたかったんだ。……よし、俺はヴィオローネかヴィオラダガンバにしよう」

「あっ、待て。低音楽器は俺が……」

 クレイドは咄嗟に割り込む。

「えー、たまには俺も低音弾きたいんだけどなぁ。お前、少しぐらいヴァイオリンも弾いてやれよな」

「そっちはあまり得意じゃないんだ。分かってるけど」

「よーし! じゃあ俺の命令として、お前がヴァイオリン。俺はヴィオローネだ」

「何で俺が命令されるのさ……?」

「年下だからだな」

 間髪を入れず、ロディールは笑顔で即答した。彼の言葉には全く嫌味がなく、それが少し憎らしい。

「年齢なんて関係ないだろ。俺は年功序列よりも実力主義派だ。……まぁいいけど、何の曲弾く?」

 クレイドは文句を言いつつも渋々了承した。両手に楽器を抱えて、大きい方をロディールに渡す。

「おう、ありがとな。曲は久しぶりにワルツとかどうだ? 俺はお前に合わせて弾くからさ」

「うーん、ワルツなら何でもいいのか? 基本的に耳で聞いただけの曲ばかりだから、上手く弾けないと思うが……」

「大丈夫、大丈夫!」


 クレイドは楽器を構えると、前触れもなく曲を演奏し始めた。

「これだから天才は……」

 ロディールは小さく呟くと、ヴィオローネで滑らかなハーモニーを乗せていった。



 今夜のスベーニュには、街を彩るような弦楽器の優しい音楽がこぼれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ