表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

プロローグ

 羽毛のように柔らかな雲がたなびき、夕陽が群青色の空に染まり始めたころ、街に教会の鐘の音が響き渡った。

 一日がもう少しで終わりを迎えようとしていた。


 街の広場には、鐘の音に紛れて様々な音があふれていた。風に吹かれ、木々の葉が擦れ合う音。歩く人々の話し声。演奏を楽しむ者たちによる癒やしの音楽。

 とりわけ話題になっていたのは、時々広場に現れるヴィオラダガンバ(※ヨーロッパの古楽器、チェロに似た形状の楽器)という擦弦さつげん楽器を演奏する青年の存在だった。

 自然と耳に入り込んでくるような太く優しい楽器の音色は、広場を歩く人々に安らぎを与えていた。

「あら、まだここで演奏していたのね」

「本当ね。私たちは久しぶりに来たけど、今も変わらず夕方に演奏しているのかしら」


 ここは人々が自由に利用できる公共の広場であり、時には騒がしいほどにもなる場所だ。

 しかし、どれほど周囲が騒がしくとも、この青年が自分のペースを乱すことは一切なかった。ある意味で一目置かれた存在であり、彼の存在を噂する人々は、彼の演奏やその風貌を高く評価していた。それでも、彼と実際に会話を交わしたことのある者はほとんどおらず、彼が何者なのか知る人は少なかった。


 ヴィオラダガンバを演奏する彼は瞳を深く閉ざしていたが、ただ一人、幼い少女が目の前でじっと静かにその演奏に耳を澄ませていた。


 青年は長い一つの曲を弾き終えると、ゆっくりと目を開けた。少女と目が合った。

 数秒の沈黙があった後、彼は穏やかに尋ねた。

「……お嬢さん、もしかして私の演奏を?」

 自分とは違う、育ちの良い少女だと一目で判別がついた。貴族の子供のようにも見える。

「うん! 演奏、上手だね」

 少女は屈託のない笑顔で答えた。

「聴いてくださったのですね。ありがとうございます」

「また、聴きに来るね!」

 少女はそう言うと、手を振りながら駆け足で去って行った。

 彼はその後ろ姿を眺めながら、もう一度、ありがとうと心の中で呟いた。 


 ***


「お母様! 広場で演奏していた人、とても上手だったの!」

 少女は眠りにつく直前、広場で出会ったヴィオラダガンバ奏者の話を持ち出した。

「ほら早く寝なさい、ティフェーナ。もう知らない人と話をしてはいけませんよ」

 母親は厳とした態度で娘をたしなめた。

「どうして? あの人、いい人だったのに」

「たった一回話をしただけで、そんなに軽く人を判断するものではありません」


 すると、この部屋に家政婦の女性が入ってきた。

「失礼します、奥様。話が少し聞こえてしまったのですが、その奏者の事でしたら存じております。街の楽器店で働く若者のようです」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ