物理的に強い姉と精神的に強い妹
とある王国のキョーヘン辺境伯爵家には、とある姉妹がいた。
姉であるラナンは母親である辺境女伯に似て、猫のようなシャープな目にサファイアの如き青色の目をしている。黒く艶やかな髪は背中の真ん中あたりまで伸ばされ、今まで一度も剣で切り落とされたことはないと有名だ。
また、武勇に優れた女性でもあり屈強な男を投げ飛ばし、幾度となく辺境に押し寄せる他国の軍勢を押し返しては逆に攻め落とすような戦いぶりを見せており、皆からは敬意を込めて「姫騎士」と呼ばれている。
妹であるマーガレットは姉とは対照的に地味ではあったが、いつも笑っているような顔をしている穏やかな顔立ちの令嬢である。父親である王弟の柔らかな金髪を受け継ぎ、長いその髪を緩く三つ編みにし、そこに花を飾れば花の妖精もかくやと言わんばかりの姿をしている。
だが、体が弱いのかあまり社交界に出ることはなく一部では「ラナンが嫉妬して行かせないようにしている」などと口さがない人々も多く、謎に包まれていた。
そんな2人が珍しく揃って王家主催の夜会に出た時、事件は起きた。
「ラナン・キョーヘン伯爵令嬢! 貴様には失望した! 私は貴様との婚約を破棄し、貴様の妹であるマーガレットと新たに婚約を結ぶ!」
夜会のど真ん中で、ラナンの婚約者であるケマーヌ・カバホア公爵令息がマーガレットの肩を抱いてそう宣言したのだ。周囲は妹であるマーガレットが略奪した、いやいや本当はあの2人が婚約しようとしていたのにラナンが割り込んだのだと好き勝手に囀る。ケマーヌは無駄に整った顔をにんまりとさせると、マーガレットの手に口付けた。
「もう大丈夫だ。私がキョーヘン辺境伯を継げば君は解放される。あんなラナンのような野蛮な令嬢にこき使われることなど――」
「我が妹よ」
女性としては低めだが、耳心地の良い声色でラナンがマーガレットを呼ぶ。マーガレットはいつもの表情でケマーヌを見ていたが、姉が自分を呼んだのをしかと聴いており、顔をそちらに向ける。ラナンは形の良い眉を下げ、困惑の表情のままマーガレットに言葉を投げかけた。
「どうしてその大馬鹿者は自分が辺境伯家を継げると思っているのだ? 後継者はメグにと国王陛下と母上が仰っていただろう?」
その言葉に周囲がざわつき、ケマーヌは目を見開いてマーガレットを見る。マーガレットは困ったと言わんばかりに頬に手を当てて首を傾げる。そして、カナリヤのような可愛らしい声色で言った。
「その前にお姉様、助けてくださいませ。このままでは肩にあざができてしまいます」
「それはいかん! ケマーヌ、いつまで愛しき妹の肩を触っている、さっさと離せ!」
「離せとはな、」
ケマーヌが言い返そうと口を開いたが、体が衝撃と共に宙に浮かぶ。あまりにもキレの良いアッパーカットが正確に顎を貫き、一切容赦のない痛みがケマーヌを襲った。その間にラナンはマーガレットを優しく抱き抱えると、自身の侍従のジャケットを剥いでマーガレットに着せてやる。ちらりと肩を確認すれば赤くなっていたがすぐに手当てをすればあざにはならないだろう。
「陛下にはもう挨拶したのだから帰ろう。メグ、痛むか? もう一発殴っておくか?」
「素晴らしい一発でしたわ、敬愛するお姉様。かの方に使う時間がもったいないので帰りましょう」
「そうか! 皆々様方、お騒がせし申した! 我ら姉妹はここで帰らせていただくのでゆるりと楽しまれよ!」
そう言って2人が帰って行っても人の噂に戸は立てられないもので、勝手な憶測が憶測を呼び、この夜会のことは面白おかしく世に広まって行った。
『姉は妹に家督を取られた』
『妹は家督が欲しいゆえに姉を戦漬けにした』
『本当は姉妹揃って王家の転覆を目指している』
なお、この内容は夜会の翌日にラナンがマーガレットを素晴らしい笑顔で抱いて運んでいる姿が目撃されたことですぐに消えた。
◆ ◆ ◆
次女であるマーガレットが家督を継ぐのは、辺境伯家の掟が関係している。それは、『男はすぐ死ぬから女が家を継げ』というものであった。
事実、辺境伯家の血を継ぐ男たちは皆屈強であり戦闘大好きな者ばかりで物資も備蓄もお構いなしに戦いに行くような者しかいない。いや、残らなかったというべきだろう。
なんせ、そうでなかった者たちは皆初陣で死んだ。
これを危惧した初代辺境伯は自分の子供のうち、兄弟を容赦なく馬用の鞭で叩きのめし事務仕事をさせていた娘に辺境伯を継がせた。なぜたくさんいる中でもその娘をと周りが喚く中、娘を膝に乗せた初代は恐ろしい顔でこう告げたと言われている。
『男はすぐ死ぬ上に、妻となる者が不貞を働いても気づけぬだろう。
だが女であれば、種がどうであれこの家の血は続くだろう。』
その言葉に誰も異を唱えることはせず、今の今まで律儀に守られてきた。本家に女が生まれなかった時は分家から嫁を取り、その嫁をもらった男が当主代理として辺境伯家を取り仕切った。
それが狂いかけたのはラナンとマーガレットの母の相手として王弟が捩じ込まれたことだ。先王は末の息子の行く先を案じ、種馬として何もせずにいればある程度の幸せが約束された辺境女伯の婿になるように王命を出した。
けれども王弟は、女伯の腹にマーガレットが宿る前にやらかした。愛人を囲ってしまったのだ。女伯は「種馬風情が1人2人増やしたところでどうなる」と無視を決め込んだが、その愛人が男を産めば王弟は舞い上がり、「この子こそが真に辺境伯家を継ぐのだ!」と喚いた。
その結果、王弟はご自慢の陽物を麻酔なしで魔物の餌とされ、マーガレットは当初の予定より早く産まれた。加えてそれを間近で見てしまったラナンが力に目覚め、辺境で戦う騎士の1人となるべく修行を始めて花開いてしまった。
「だから、お姉様はこの家を継げない。もう少しわたくしが頑丈でしたらもっと社交に力を入れられるのですが……」
「すまないな、メグ。我が強いばっかりにお前にペンしか持たせてやれぬ」
「いいのですよお姉様。お姉様はどうかそのままでいてくださいませ、メグはお姉様の戦う姿を戦女神も祝福する美しさだと思いますわ」
「……俺の目の前でやらないでください」
夜会の仕切り直しと言わんばかりに、王都のタウンハウスで姉妹が侍従の青年にそう語る。青年はいまだにジャケットを返してもらってはいなかったが、品の良い柔らかな素材をふんだんに使ったソファに座り、テーブルにはプチケーキがたくさん乗せられた皿と紅茶が入ったティーカップが並べられていた。
「あら、あにさまはこの家が欲しくはないのですか?」
「そう呼ぶのはやめてください、不貞の腹違いですからね。分家の令嬢の婿となるのを許可していただいただけ御の字です」
「だが半分は同じだろう」
「むしろなんでお嬢様方が受け入れてるんですか?」
「「母上がお許しになったから」」
姉妹は知らないことだが、本当は女伯は夫と愛人の間に生まれた子を許したくなどなかった。けれどもたとえ不貞の結果だとしても半分は王族の血を引く者であり、安易に市井に放り出すわけには行かない。
そう悩んでいるときにラナンがその子を見つけ、「半分だけど弟だ!」と喜び、跳ねては木を薙ぎ倒した。それを見て女伯はラナンに家を継がせることを諦め、不貞の子を腹の中の子の侍従にすることを決めたのだ。それを隠すためにあえて2人には許したと伝えている。
「にしてもお姉様のお婿さんはどういたしましょう。カバホア公爵家からはたくさん慰謝料をいただくとして……そのほかに家格の釣り合う家にお相手の決まってない方なんておりましたか?」
「それならば、我が副官を婿にしたい。あれならば背を預けられるし、あれと我の子ならよく敵を叩きのめしていくだろう!」
「賛成ですわ。そうしたら我が家が保有する男爵の位をお譲りしますからお姉様の気がむくままにお過ごしになって? 後処理はお任せください」
「苦労をかけるが、よろしく頼むな」
にこやかに微笑み合う姉妹を見ながら青年は黙って紅茶を飲む。
あの公爵令息、婚約者なのになんで姉妹仲が良いこと知らねえんだよと心の中で悪態をついた。
その後、マーガレットは宣言通り公爵家から慰謝料を搾り取り、ついでに公爵家で軟禁されていた庶子を拾って婿として迎え入れることとなる。
ラナンは戦後の昂りを利用し、見事副官を婿として捕獲し、妹の力となるべく一層武勇を磨き、やがて伝説の夫婦として実しやかに語り継がれる存在となるのであった。
姉:野獣系令嬢。可愛い妹が大好き。
妹:身体弱めの腹黒令嬢。麗しい姉が大好き。
侍従:強い女に振り回される宿命。
元婚約者:このあとめちゃくちゃ妹が身包み剥いだ。




