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9. 駅のホーム

 夢の中の女の子は言った。


『私は死にます。しかも、あなたのせいで死にます。だけど、あなたの行動によっては、私が生存する可能性があります。どうか私を探し出して。どうかどうか、私を助けて下さい』


 俺は彼女と約束の握手をしたんだ。

 彼女のために、俺の貴重な時間を割く。

 今日一日を丸ごと使う。

 それで彼女が生存する可能性が生まれるのなら、出来る限りのことをしようと思うんだ。


 夢を本気にして走り回るなんて馬鹿げてるって?


 俺だってそう思うさ。

 だけど、夢の中の女の子を死なせたくないんだ。


 誰が笑おうとも、俺は彼女を探し出すために走る。


 俺が、暗雲を払ってやるんだ!


「塔子、シゲオ、これ、切符」


 俺は自分の定期があるので切符を買う必要が無いが、二人は俺の家の方面の定期を持っていなかったので、切符を買う必要があった。


「ありがとう」

「ありがとう」


 ようやくシゲオも心を開いてくれたようだ。


 俺たちは改札を素早く抜ける。

 俺、塔子、シゲオの順に通り抜け、階段を上った。


 上っている途中で、


《まもなく、三番線に、快速電車が参ります。白線の内側に立って、お待ちください》


 というアナウンス。このアナウンスが流れてから電車が来るまで、一分か二分は時間がある。


 だから全く急ぐ必要は無いのだが、今は、少しでも早く、電車に乗りたいという思いから、気付けば階段を駆け上がっていた。


 一刻も早く、思い出の公園に行かなければならない。


 上り切って駅のホーム。

 ホームの端に出た。


 その時……。


 その時、視界に飛び込んだ光景は、


 スーツ姿の女と、黒い服の男がもみ合っている姿だった。


 女のほうは、先刻、駅前百貨店の屋上で叫んでいた長い髪の女。荒木絵美。


「離せ!」


 黒い服を着た男が叫んだ。

 男が暴れているのを、絵美が押さえつけようとしている。

 ん……?

 あの男は……さっきファミレスで一万円を……。


「やめなさい! あんたのそれは気の迷いよ!」

 絵美は叫んで男の動きを奪おうとしたが、男の力は強い。


 突き飛ばされた。


「キャァ!」


「絵美!」

 俺は叫んで、彼女に近寄る。


 遠くに見える電車は高速でこちらに向かってくる。

 男は、白線を跨ぎ、線路内に飛び降りようとしていた。

 まさか、高速で走る電車が走る線路に投身する気か?


 絵美が黒い服の男に向かって手を伸ばす。

 目一杯伸ばしても届くはずがなかった。


 絵美と駅員までの距離は、五メートル。

 だけど、今の絵美の姿勢ではすぐに動くことはできない。


 今、今この男を救える位置にいるのは、俺だけだ。

 そう思った。


 俺は駅のホームを蹴る。

 男に近付く。


 もう電車は目の前だった。

 三メートルも無い。

 黒い服の男の体が斜めになる。

 両手を広げ、十字を描いて前方に倒れようとしていた。


 そのまま倒れれば、電車に撥ねられる。


 そうなれば――死んでしまうに違いない。


 そんなこと、させない!


「届けぇ!」


 ガシッ!

 男の手を掴み、思いっきり引っ張る。


 ゴォ!

 直後、強風と轟音。電車が目の前十数センチを通過した。


「…………」

「…………」




 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪





「……」


 プシュー


 しばらく風が吹いた後、電車が停まり最後尾の車両にある扉が開いた。


 ギリギリだった。

 誰も死ななかった。


 死のうとしていた黒い服の男は、さっきファミレスで会った男だった。


「……ありがとう、ありがとう……」

 荒木絵美は、言いながら、泣いていた。


「どうか、しましたか?」

 近くを通りがかった男が近付いて来た。


「あ、あの、私が自殺をしようとしたんです。それを、この男の人が止めてくれて……」

 と荒木絵美。

「え?」

 と黒い服の男は呟いた。


 俺に腕を掴まれて座っている男は戸惑っていた。どうやら絵美が嘘を吐いたらしい。


「そう……ですか……何も無かったならよかったです」


 やって来た男はそう言って、あっさりと立ち去った。

 その場に残されたのは、俺と、駅員、絵美、そして呆然とする塔子とシゲオ。


「あの、お名前は?」

 俺の横までやって来て、絵美が訊くと、


「石川」

 黒い服の男は答えた。


「そっか……石川!」

 と荒木絵美。


「は、はい……?」

 と石川。


「死ぬなんて、バカなこと考えちゃダメ!」

「……しかし……」


「よかった……死ななくて、本当に、よかった……」

 絵美は呟き、その場にへたりと座り込んだ。

 と、その時――


 プシューガコン!


 そんな音がして、扉が閉まった。

 そして電車が走り出した時――


 俺は目を疑った。


 ズルズル


「きゃあああ! 痛い痛い! 何、これ、え?」


 絵美の長い髪の束が、電車のドアに挟まれて、絵美は体ごと引きずられていく。


「やぁあああ! 痛い、痛いよ! 痛い! 助けて! 死にたくない!」


 絵美は叫んでいた。

 運転士は、気付いていないようで、電車はむしろ加速してゆく。


「え、絵美!」

「嫌、いやぁ!」


 絵美は足をばたつかせて慌てている。


「おーい! 電車止めてくれ! 止めて!」


 俺は跳びはね、両手をブンブン振った。


 しかし、それでも運転士は全く気付いていないらしい。電車は止まらない。


 こういうこともあるのだろう。

 いかに訓練されている運転士でも、偶然の見落としが低確率であるものなんだろう。

 かなりの低確率で、奇跡というものがあるように。



「おい! 非常停止スイッチ!」


 俺は石川に言ったが、おっさんのくせに戸惑っていて、右往左往していた。


 やばい。

 まずい。

 どうすればいい。


 非常停止スイッチが近くに見当たらない。


 俺も混乱していて、注意力が低下しているのだろうか、見つからない。


 引きずられていく絵美の表情が、少しずつ絶望の色に近付く。


「絵美ィ!」


 俺は叫んだ。



 なおも引きずられていく絵美。

 加速していく電車。

 叫ぶ事しか出来ない俺。

 乗客の居ない車両内の様子は、俺を絶望させるだけだった。


 ダッダッダッダ!


 足音がきこえた。

 学校指定の革靴が、地面を蹴る音だ。


 タンッ


 制服姿の女子が、綺麗なジャンプをして車両に張り付いた。



 塔子だった。



 俺たちも誰も居ない駅のホームを走って電車を追いかけたが、加速していく電車には、追いつけそうになかった。


「助けてぇ!」


 手を伸ばしながら、手足をばたつかせる絵美。


 塔子は、窓や扉等、掴める場所を掴みながら、少しずつ、絵美に近付く。

 素早い判断が功を奏して、絵美から二メートルほどの場所に掴まっていた。


「大丈夫! 今助ける!」


 塔子はそう言うと、また一歩、絵美に近付く。もう手が届く距離。塔子はブレザーのポケットからカッターナイフを取り出して、扉に挟まれていた絵美の髪の束を切った!


「――あぁぅ!」


 ズザザザ


 二人は重なるように少しだけスライドして、ゴロゴロゴロと転がって、止まった。

 カッターナイフが空中に浮いて、線路内に落ちていくのが見えた。


「はぁ……」


 俺は、心の底から安堵の溜息を吐いた。


「大丈夫ですか? 荒木絵美さん」


 起き上がった塔子が訊くと、


「こわかったよォ……」


 言って、絵美も起き上がり、塔子の平たい胸に顔を埋めて、泣いた。


「大丈夫か? 二人とも」

「何とかね」


「うええええん」


 絵美は、しばらくずっと、子供みたいに泣いていた。





 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪





 しばらくして……。


「おれも一緒に連れて行って下さい」

 塔子が絵美を助けた後、石川は俺に向かって言った。


「私も、あなたたちに興味があるから、一緒に行きたいわ」

 と荒木絵美。


 荒木絵美と石川。

 一緒に行くのは断ろうと思っていたのだが、


「いいわよ、皆で一緒に行きましょう。ね? 空乃助」


 塔子に主導権を握られていた。


「もちろんだ。どんどん全員ついてこい!」


 よくよく考えてみれば断る理由も無い。


 擦り切れてボロボロスーツの荒木絵美。

 どう見ても小学生なシゲオ。

 黒い服を着た石川。

 高校の制服姿の俺と塔子。


 五人。


 統一感の無い五人組は藍子を助けに行くために、緊張感を持ちながら電車に揺られ……


 公園のある駅へと向かった。





 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪





 電車は駅に着いた。


「皆、俺は走るぞ!」


 俺が言うと、


「うん」

「ええ」

「おう」

「レッツゴー!」


 これまた統一感の無い返事が四つ、返ってきた。


 駆け出す。


 人の少ない駅を走り、改札の前で駅員に注意され、無視して、改札を抜け、何度も上り下りした駅の階段を駆け上り、外へ出る。


 見上げた空は、まだ曇天。

 わずかに小雨が降っていた。






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