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6. 五つ目のメッセージ

 平日昼間に制服姿の男女が小学生ほどの子供を連れているというこの状況。

 それは、なかなかに謎な光景だったのだろう、駅ビルに入ってすぐ、周囲の視線が俺たちに集まっていることに気付いた。


 だが俺は、そんな視線には気付かないふりをして、エレベーターに乗り込み、屋上を示す記号『R』が書かれたボタンを押した。

 途中で止まらずに屋上まで辿り着き、ドアが開いたところで降りる。

 屋外に続く扉を開けて閉めると、強めの風が迎えてくれた。


 屋上は、遊園地のようになっていたが、人が少なく、閑散としていた。

 上を見上げれば白い空とアドバルーン。


 アドバルーンの直下には、一人の背の高い長い髪の女が金網を掴んで立っていた。


 スーツ姿のシルエットが、美しかった。


 塔子が「行ってきて」というジェスチャーをして、

シゲオも、俺に「行ってこい」という視線を送ってきた。


 俺は頷き、髪の長い女に近付いた。


 背後まで近付いた時――


「うおおおおおおおおおおおお!」


 女は男らしい叫び声を上げた。


「全員、死ねええええええええ!」


 こわかった。声なんか掛けられない。

 俺は振り返り、塔子とシゲオを見てぶんぶん首を振る。

 しかし二人は「早くしなさい」というジェスチャーと視線をくれた。


「叫んだからってラクになんねーじゃねーかちくしょおおおおおおお!」

 なおも叫ぶ女。

「…………あの……」


 蚊の鳴くような声しか出なかった。


「ご町内の皆様あああ! 私死にまああああああっす!」


 女の声は町内に響いただろうか、それとも喧騒に飲み込まれただろうか。

 現実逃避したい俺はそんなことをボンヤリとした頭で考えた。


 ガッチャガッチャ!


 長身で長い髪の女は、学校の金網よりも遥かに高い金網を登り出した。


「空乃助!」


 塔子のその叫び声が、俺を現実に引き戻す。


 そうだ、何かを考えている場合じゃない。

 考えるとしたら、目の前の金網に登る長髪女を止めることだけだ。

 もしかしたらこの女こそ、俺の夢に出てきて助けを求めたその人なのかもしれない。


 だから――


「ダメだ!」


 俺は叫ぶようにそう言って、すでに俺の身長よりも上にあった女の足を掴んだ。


「きゃあ! 誰? 何! あんた!」


 女はそう言うと、金網から手を離し、万有引力によって俺に向かって落ちてきて、


 ドカァッ!


 俺の左頬に強烈な膝蹴りをかました。


「――はぐぉっ!」


 痛い、まじで痛い。


 ドサ。

 と俺は倒れ、


 トン。

 女は綺麗な着地をした。


「あ、だ、大丈夫ですか?」


 長い髪の女は人格が変わったかのような落ち着いた声で、俺に話しかけた。


「大丈夫です……」


 答えた。


 本当は大丈夫じゃない。

 頬骨骨折してんじゃないかってくらい痛い。

 だけど俺は、痛いとは言わなかった。


 その言葉を苦に「やっぱ死ぬ」と言い出されたらたまらないと思ったからだった。


「……えっと……何て言ったらいいのかな……ありがとう、かな」


 髪の長い女はそう言って、俺の手を掴んで立たせた。


「何してたんですか、こんな所で」

 訊くと、

「――あぁ、私、死のうとしてたの」

 即答だった。


「死んじゃダメですよ」


「わかってる。何かの気の迷いだったよ。私は自分から死んだりできるほど、心強くないし、今だって、金網に登ってる途中で、死にたくない自分に気付いて降りようと思ってたの。そこに、あなたが来て…………顔……大丈夫?」


「大丈夫です」

「そう……あなたの、名前は?」


「俺は空乃助です」

「私は、荒木絵美。空乃助に渡したいものがあるんだけど」


「え? 矢印の入ったメッセージか何かですか?」

「矢印? なにそれ……よくわかんないけど……とりあえず、これあげる」


 荒木絵美はそう言って、俺の手の上に、手帳を置いた。


「昨日までの私は、いなかったことにするわ。今日からは新しい私。生まれ変わった気分よ」

「えっと……」


「それじゃあね」


 絵美は自分の言いたいことだけ言うと、塔子とシゲオの横を颯爽と通り過ぎて、屋内へ続く扉の向こうに消えた。


 ……荒木絵美の手帳を手に入れた。




 ♪ ♪ ♪




 夢の中の女の子は言った。


『私は死にます。しかも、あなたのせいで死にます。だけど、あなたの行動によっては、私が生存する可能性があります。どうか私を探し出して。どうかどうか、私を助けて下さい』


 夢の中の女の子が誰なのか、俺はわからないでいた。


「シゲオ、何でも好きなもの頼みなさい。空乃助のオゴリなんだから」

「うん」


 荒木絵美と別れてから、俺たち三人は百貨店内七階にあるレストランで、これまでの経緯を整理しながら休憩していた。


 レストラン内には、ほんの数人の客が居るだけで、あとはガラガラ。

 俺たちは外が見える円いテーブルの席に座った。


 ふと先刻の絵美の膝蹴りを思い出し、左頬を押さえてみる。痛みは残るものの骨折等の重傷ではないようだった。


「それで、空乃助、何かわかった?」


 俺はずっと絵美の手帳を見ていたのだが、そこには、絵美の個人的な予定が記してあったり、画鋲や生クリームがどうのこうのといった会社の同僚からのイジメの数々が記してあったり、社内のちょっとドロドロな恋愛事情が記されていたりするばかりで、俺が探している夢の中の女の子への手がかりになりそうなものは無かった。


 唯一、目に留まったのは、一番最後のメモ欄にあった、



『1/9 11:15 → ハムと会う』



 という文字列。


 矢印があって、赤丸で囲ってあったから目に留まったというだけであって、どんな意味を持つのかは絵美以外にはわからないようなものだ。


 首を傾げたい。


 そもそも、今はもう五月だから、過ぎ去った日のことを気にしても仕方がないというのもある。


 とその時、


 ぐぅ


 とか音がした。


 ……何の音かと思ったら、自分のお腹が鳴った音だった。


「空乃助。何か食べたら? ごはん食べないと頭に栄養いかないから、何も閃かないよ」

「そうだな」


「シゲオは? 何頼むか決まった?」

「ハンバーグ」


「そっか。あたしはティラミスパフェにするわ。で、どのハンバーグを食べるの? シゲオ」

「僕は高級和牛のスペシャルハンバーグが食べたい」


「シゲオはハンバーグが好きなのか?」

 俺が訊くと、


「…………」


 とことん無視するつもりらしい。


「シゲオは、空乃助がこわいんだよね」


 何だって?

 子供にこわがられるなんてショックだ。


「俺はそんなにこわい顔じゃないぞ。俺のクラスにはゴリラみたいな男がいるし、ゴジラみたいな女もいるぞ? そっちの方が絶対怖い。俺くらいの好青年を怖いなんて言ったら学校なんて行けないぞ」


「……………………」


 シゲオは、またも無視。

 しかも涙を浮かべている。

 何故!?


「こら! 空乃助!」


 塔子におこられた。

 何か言ってはいけないことを言っただろうか。


「シゲオも泣かないの、男の子でしょう?」


 シゲオはこくこくと頷きながら流れ出してしまった涙を拭っていた。


「空乃助! 謝りなさい」

「ご、ごめんなさい……」


「あたしにじゃなくて、シゲオに謝りなさい、バカ」

「ごめん」


「子供泣かすなんて最っ低」

「わ、わかったよ、シゲオ、何でも好きなもの頼めよ、オゴるから」


「当り前でしょ。シゲオは高級和牛のスペシャルハンバーグセットね。で、あたしがティラミスパフェ。空乃助は?」

「じゃあ、アボカドサンドイッチにするか」


「ねえ、空乃助、アボガドってさ、『カ』なのかな、それとも『ガ』なのかな」

「んなもんどっちでも良いだろ、通じりゃどっちでもさ」


 俺はファミレスの店員呼び出しスイッチを押して、店員さんを呼んだ。

 可愛い感じの店員さんはパタパタとやって来て、テーブルに置いてあったプラスチックのプレートを左手に持ち、鉛筆を右手に持った。


「ご注文ですか?」


「はい、ええと、ティラミスパフェと、アボカドサンドイッチ、高級和牛のスペシャルハンバーグセットで」


「スペシャルセットですか?」


「はい……」


 シゲオもこくりと頷いた。


「それでは確認しますね、ティラミスパフェがお一つ、アボカドサンドウィッチがお一つ、高級和牛のスペシャルセットがお一つ……以上三点でよろしいですか?」


「「はい」」

 俺と塔子はそう言った。


「では、しばらくお待ちください」


 店員さんは注文をとったプラスチックプレートを持ったままパタパタと店の奥に消えた。





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