4. 三つ目のメッセージ
「ねえ、空乃助。授業は受けなくて良いの?」
白井塔子は、俺に向かって言った。
「お互い様だろ」
俺はやっぱり彼女が心配で、目を離したら飛び降りてしまいそうな気がして、その可能性がもしもあるのなら……と。
早い話が、俺は彼女を見張っていた。
授業も大事だが、彼女の命の方がもっと大事だ。
人の命は、あまりにも重たいのだ。
それに、夢の中の女の子が彼女ではないと決まったわけではない。
「空乃助は、どんなメッセージを探してるの?」
「ええっと、そうだなぁ……矢印とかが入ってる――」
「それ、あるじゃん」
「え? どこ?」
「あれ、見て」
塔子が指差したのは校庭だった。
『SOS↑』
金網ごしに見えた、砂に書いた大きな文字。
殴り書いたように汚い字だった。
それは、出来の悪い地上絵。
「一体、誰が書いたのかしらね」
矢印は、学校の外を示していた。
SOS……言うまでもなく救難を求める文字列だ。
どうやら、助けを求める誰かは、こういった暗号で自分の居場所のヒントを俺に向けて発信しているらしい。
何の目的で……?
簡単にわかったら苦労はないだろう。
ともかく、俺は決めた。
助けを求める誰かを、助けようと。
「俺、行かなきゃいけないかもしれない」
「え?」
「じゃあな、塔子!」
俺はそう言い残して、校庭の矢印の指す方向に行こうとしたのだが、
ガシ。
腕を掴まれた。
その細腕で。
「待ってよ」
「何だよ」
「面白そうだから、あたしも行くわ」
心底楽しみといった様子で、白井塔子はそう言った。
「…………勝手にしろ」
一緒にサボって抜け出すことになった。
「……ありがとう」
とてもとても、小さな声で、彼女は言った。
塔子と俺は、誰もいない校舎を抜けて、塔子は靴を履き、靴を履き替え、校庭を突っ切って閉じていた門を乗り越えた。
外に出た。
人生初の女の子と二人きりでのサボリに、少し胸が高鳴ったりした。
♪ ♪
「矢印は……こっちだったよな、塔子」
「違うよ、こっちだよ」
自慢じゃないが、俺は方向音痴だ。
だから、正直、白井塔子が一緒に来てくれてかなり助かっていた。
「空乃助……方向感覚皆無ね」
「すまん……」
そして、閑静な住宅街をしばらく歩くと、袋小路の行き止まりに着いた。
そこにあったのは、民家だった。
表札が無いこと以外、何の怪しいところもない民家。
門を開け、敷地内に入る。
ドアの前に立つ。
白井塔子が言うには、矢印が指し示しているのはこの家に間違いないらしいのだが、いきなり知らない人の家に訪問するのって、勇気いるよな。
と、そんなことを考えて躊躇っていたところ、
ピンポーン。
白井塔子の傷だらけの人差し指が、インターホンを押した。
「…………」
返事がなかった。
ピンポーン。
もう一度押した。しかし、また返事が無い。矢印が示したのはここではないのだろうか。
「塔子、本当にここなのか?」
俺が訊くと、少し苛ついたのだろうか、
ピンポン ピンポン ピンポン ピンポン!
インターホンを連打した。
「おい、やめろって――」
俺が塔子の手を掴んだ時、
ガチャリ。
扉が開いて、小学校五年生か四年生くらいの少年が出てきた。
俺は掴んだ塔子の手を放した。
「誰?」
と少年が言った。
「少年、何かメッセージ受け取っていないか?」
俺は単刀直入に訊いた。
「……外に出るなって、お母さんに言われた」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
「どいて、空乃助。あたしに任せて」
塔子は、俺と入れ替わるように少年の前に立つと、少年と同じくらいの目線になるくらいにしゃがんで、
「アメあげる」
と言って、ポケットからアメ玉一個取り出して、少年の手に握らせた。
少年は、塔子の手を見て、はっとした表情をした。
「……おねえちゃん……僕に何か用なの?」
「少し、お部屋の中が見たいなって思って」
「……うん……いいよ、おねえちゃんなら。あと……そっちのおにいちゃんも……」
飴玉で少年の心を買収するのに成功していた。