2. 一つ目のメッセージ
俺はまどろみの中に居た。
夢かと思った。
実際、夢だと思っている俺が居た。
しかし、俺の直感は「夢ではない」と叫んでいた。
普段なら夢なんてものはすぐに忘れてしまうが、今日の夢は鮮明すぎて忘れる事ができなかった。
手の感触や、耳の奥に残るクリアな声。助けを求める悲しそうなあの瞳。
夢だと思いたくない俺だった。しかし、顔だけがどうしても思い出せなかった。
「探し出して……助ける……ったってなぁ……」
呟いて考えても、どうしようもない。手がかりが何もないのだ。
起き上がり、目を開く。時計を見ると、いつも起きている時刻だった。
俺は立ち上がり、欠伸を一つしてからカレンダーで日付を確認する。
五月某日。
平日だった。
金曜日なので、高校生男子である俺は学校という場所に行かねばならない。
と、その時、カレンダーの今日の日付の場所に、小さな小さな文字で、何かが書かれているのに気付いた。顔を近づけてよく見てみる。
『下駄箱↑』
そんな文字を書き入れた記憶はなかった。俺は思わず首をひねる。
俺の身に覚えが無い以上、誰もこのカレンダーに何かを書き入れることなどできないはずだ。
何故なら俺はアパート一人暮らしだから。
やはり先刻の夢は、ただの夢ではなかったのか。
「下駄箱……か」
呟いた後、俺は玄関にある下駄箱の上を調べてみた。
そこには、木彫りの熊やこけし等といった父親が買い集めてきた全国各地の民芸品たちと、俺が小学生の頃に作った粘土人形があるくらいで、怪しいモノは何も無かった。
まぁ全部怪しいものだと言えなくもないが。
「うーん……」
普段使わない頭を使って考えてみるも何も思い浮かばない。
「…………」
「……」
そして、
「あっ、やべ……」
考えているうちに、家を出なければならない時間になってしまった。
俺は急いで着替えを済ませ、制服姿になると、玄関で学校指定の靴を履いた。四畳半アパートの鉄扉を開けて閉め、施錠。
歩き出す。
曇り空だった。
♪
「空乃助!」
通学路、どこかで聞いたような声がした。俺の名を呼んでいた。
「ああ、藍子か」
一人の高校生女子が俺の左側に並んできた。
彼女の名は藍子。
俺の幼馴染だ。
昔、よく一緒に遊んだ。
「おはよう! 今日も良い天気ね!」
「おはよう。曇ってるぞ」
「晴れるわよ」
「そうなのか」
藍子の天気予報はかなり的中率が高い。テレビの天気予報すら比にならないくらい、よく当たる。
だから藍子が晴れると言ったら、今日は晴れなのだ。
昔、ゴミ捨て場だった場所に造られた近所の公園で一緒に遊んで居た時に、藍子が突然帰ることが何度かあった。
その後には、いつも雨が降った。
雨の気配を感じることができるのだと後になって聞いた。
「晴れないわけ、ないんだから……」
藍子はそう言って、空を見た。
まだ曇っていた。
「こうして、藍子と登校するなんて久しぶりだな」
「そうね。何年ぶりかしら。小学校以来だっけ?」
「おいおい、先月も何回か一緒になっただろ? 憶えてないのか?」
「そういえば、そうだったわね」
「なんだか、上の空だな」
「……ねえ、空乃助」
「何だ?」
「アレ、まだ持ってる?」
「アレって何だ?」
「私と一緒に作った粘土の人形」
っていうと、小学生時代につくったあの人形か。
「ああ、下駄箱の上に飾ってあるぞ」
「そっか、よかった……」
藍子はそう言って曇り空を見上げた。
俺はといえば自分で言った下駄箱という単語で、今朝の夢を思い出した。
そして、カレンダーに書き込まれていた『下駄箱↑』の意味をもう一度考えてみる。
「……なんだか、懐かしいね」
藍子はそう言うと、バス停へと続く歩道橋に向かって駆けた。
俺と藍子は違う学校に通っていて、藍子はバス、俺は電車でそれぞれの高校に向かう。
だから、いつもこの場所で別れるのだ。
「じゃあなー!」
俺が叫ぶように言って手を振ると、
「またねー!」
元気な声が返ってきた。