10. 藍い空の下で
走った。
とにかく走った。
後ろを振り返らないで全力で走った。
昔、何度も藍子と一緒に歩いたその道を。
(藍子……藍子……)
心の中で、唱えながら、想いながら。
やっと、自分の気持ちに気付いた。
俺は今まで素直じゃなかった。
本当は最初から、この気持ちがあった。
――好きだ。
そうだ、好きなんだ。
俺は、藍子が好きだ。
なのに、中途半端に大人になったフリして、気の無いフリして。
バカだった。
ゴォという風の音。
懐かしいなと俺は思った。
小学生の頃は、暇さえあれば走っていた。
高校生の今は、体育の授業以外で走ることはなくなった。
急に、今までの自分を捨てたいなと思った。
だけど、捨てるんじゃないなとすぐに否定した。
紡いできた日々は捨てないで、
素直になって、
走って、
藍子に好きだと言おうと思った。
どんな結果になっても構わない。
人の命を救うことができて、思ったんだ。
俺が、世界で一番守りたい命は、藍子なんだ!
無事でいてくれ、藍子!
夢の中の少女は、言った。
『私は死にます』
と。
『私を助けて下さい』
とも言っていた。
助けたい。
助けよう。
絶対に。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「はぁ、はぁ……んっ」
到着した。
思い出の小さな公園のベンチに座る藍子を見つけた。
無事で、よかった。
走って、疲れて、苦しそうに息を吐く俺を、少し驚いた目で見つめた後、藍子は……泣いた。
「な、何で、泣いてるんだよ」
「ごめん……うれしくて……」
どうしよう。
いきなり泣かれていると、言いたいことが言い出せないぞ。
「え……えっと……」
俺はひとまず藍子の隣に腰を下ろした。
藍子に命の危険は無いようで、俺の嫌な予感とか心配は杞憂だったらしい。
何よりだ。
「空乃助、やっと、手紙読んでくれたんだね」
「手紙? 何のことだ?」
「え? 手紙見てないのにここに来たの?」
「そうだが」
「え、じゃあ、何でわかったの? 私がここに居るって」
「細かい事を話せば長くなるんだが……簡単に言えば矢印を辿ってここまで来た」
「辿るって言ったって、私はカレンダーに『下駄箱↑』って書いただけだよ?」
「…………」
「…………」
「え? あれ? それだけ?」
「うん……下駄箱の上を、調べて欲しくて……粘土人形の中を、見て欲しくて……」
「…………」
だったら……俺が辿った矢印は、全くの偶然だったってことか……?
だけど、それでも藍子が此処で待っていて、この場所に辿り着いたということ。
それはまさに……。
「でも……そっか……奇跡みたいなことが起きたんだね」
藍子は、優しい声で、言った。
「奇跡……そうだな。奇跡だったな。確かに」
誰も死ななかった。
誰も、悲しまなかった。
そして、俺は今、藍子に会えた。
「私さ、昔さ、私と空乃助で作った粘土の人形あったでしょ? その中に、手紙入れたのよ」
「中って……それ、人形を壊さないと取り出せないんじゃないか?」
「そうよ」
「じゃあどうやって入れたんだ?」
「小学生の時に」
「どういうこと?」
「作った時に入れたのよ。その時からずっと……好きだったから……」
「ていうか待て。その前に、どうやって『下駄箱↑』って書き入れたんだ?」
「大家さんに鍵借りて勝手に入ったの」
何で勝手に……。
「…………」
「…………」
「えっと……それで、手紙には……何て?」
俺は訊く。
「何て書いてあったか、聞きたい?」
「ああ」
藍子は少しの沈黙の後、大きく深呼吸して、
「まだ、教えてあげない」
悪戯っぽく笑って言った。
彼女の顔に陽が差して、輝いた。
「そんなことより…………遅刻だよ、空乃助」
「嗚呼、ここでも俺の皆勤賞が……」
「なによそれ」
「いや、すまん、こっちの話だ」
「ほんっとうに……ひどい遅刻…………。何年も……。」
「ごめん」
俺が謝る。
「あ」
藍子は声を出す。
「うん?」
俺が応える。
藍子は微笑み、頭上を指差して、
「ね、晴れたでしょう?」
頭上にはいつの間にやら青藍の空。
曇天だったのが嘘みたいな五月晴れ。
少し、緑の匂いがした。
ああ、好きだ、と思った。
藍子のことが、好きだ。
ベンチから立ち上がり、愛しい彼女の前に立つ。
「あなたの人生の残り時間を、俺にください!」
頭を下げて、握手を求めるように右手を伸ばす。
「はい、もらってください!」
強く、手が握られた。
「よかった……ありがとう」
パチパチパチパチ
何人かの小さな拍手の音が、小さな公園に響いた。
「すさまじい奇跡の果てに、私たちは生きているんだよね……」
「ああ、でも、生きるのが、当然のことなんだぜ」
「……」
「……」
「ありがとう」
「ありがとう!」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
【ロールプレイング SR 完】