☆第7話☆
「小金守~。第86次実験のデータはまとめ終っとるか~」
深夜2:40。
メインルームだけに明かりが灯る研究所で、実験を続ける二人。
狂太郎はテンションの低い平坦な声で問いかけた。
「は……、はい…………。今、送りま…す……………」
眠気も限界の小金守が応える。
今や核融合実験は佳境も佳境。
大詰めを迎えている。
狂太郎は全く睡眠をとらずに実験を続けて12日目。
小金守はさすがに多少眠っているが、それでも平均睡眠時間3時間の日々が続いていた。
「よし。今回も素晴らしい結果だ……。ふわっ…はっ…はっ…は……」
さすがの狂太郎も、実験に次ぐ実験の毎日で疲労しているのか、いつもの高笑いにも力がない。
「助手は何をしている?」
「量子さんでしたら……、そちらです……」
小金守が指さした先のソファーの上で丸くなって眠っている量子。
彼女は最低でも1日9時間の睡眠時間をとっている。
「ふん。いるならいい……。では、第87次実験の準備についてだ…が……」
狂太郎は、喋りながら手に持っていたカップから超深入りのコーヒーをすする。
そして、そのまま時間停止したように動かない。
「…? 幽天橋さん?」
小金守が声をかけても不動のままだ。
その見開かれた強靭な眼光は、一点を見つめたまま微動だにしない。
「どう……、されたんですか?」
さらに小金守に話しかけられても固まったままの狂太郎。
規則的な呼吸音だけが静かに聞こえる。
そのまま数十秒。
「……!!! はっ!!!! 寝てない!!!! 寝てないぞ!!!!!!」
びくっと動き出し、狂太郎は取り乱す。
カップが揺れて、コーヒーの雫が舞い散る。
「幽天橋さん、さすがに不眠不休で実験を続けるのは無理があるのでは…? 少しお休みになられてはいかがでしょう? というか、私も眠いので……」
「うむ……。それも…そう、だな……」
小金守の提案を受けた狂太郎は、ふらふらとした足どりで宿直室に向かう。
そして、この研究所に来てから初めて、宿直室のベッドにもぐりこんだ。
狂太郎、遂に眠る。
「ふあ~。よく寝た。今、何時かな? 深夜2:45~。みんな寝てる?」
「ああ、量子さん。お目覚めですか。もちろん、みんな寝てますよ。私もこれから仮眠をとるところです」
「ふーん。ん? あれ? もしかして、狂太郎も寝てる???」
「先ほどお休みになりました。さすがに限界だったようです」
「珍し。狂太郎が寝るなんて」
「そんなに珍しいんですか? 確かに、幽天橋さんはこの研究所に来てから、まともに眠ってはいませんでしたが」
「珍しいよ~。狂太郎、ショートショートスリーパーだし」
「そんな短編小説みたいな」
「いや、この小説も1話ごとのショートショートみたいなものじゃん」
「ちょっと、メタな発言はやめてください」
「ごめんごめん」
寝起きで意味不明な発言をする量子との会話を切り上げて、小金守も仮眠につく。
「あれ? もしかして、起きてるのあたし一人?」
誰もいない研究所のメインルーム。
静寂だけが支配するその部屋。
量子はソファーから立ち上がり、狂太郎が使っているメインPCを立ち上げる。
「ん。全然わかんないな~」
そう言いながら、適当に操作する。
「あれ、何か消えた。んー、戻らないな~。まーいっか~」
不穏な言葉を発した量子は、PCをいじることにあっという間に飽きて、再びソファーに寝転がる。
そしてそのまま、眠りに落ちていく。
翌朝。
「こ!が!ね!も!り!!!! 第86次実験のデータはどうした!!!!」
狂太郎の絶叫がこだまする。
「え? 昨夜、送ったはずでは??」
「どこにもないぞ!!!」
「そんなはずは……? では、再送します……。あれ? 私の方のデータも無い……」
「ど~いう、こ~と~だ~!?!?」
「いや……データがですね……、消されてしまったようでして……」
狂太郎と小金守が騒ぐ中、量子は健やかな寝息を立てていた。
「何て言うことだ……。実験はやり直しか。いや? まてよ……?」
考え込む狂太郎。
「そうか!!! 小金守! 実験プランを変更するぞ!!!!」
「ええ?!」
「まさか、この幽天橋狂太郎ともあろう者が、勘違いをしていたとは!! 第86次実験の方針転換だ。この重水素の扱いをEパターンに変更すれば、実験手順を大幅に短縮できる!!!」
「これは!!!本当だ!!!なぜ今まで気がつかなかったんだ……!」
「ふわっはっはっはっはっはっはっは!!!! そうと決まれば実験準備だ!!! 小金守!」
「はい!!!」
天才の中の天才、あらゆる才能を超えた才能をもつ幽天橋狂太郎は、転んでもただでは起きない。
実験は常温核融合実現に向けて今日も続く。




