☆第5話☆
私の名は小金守安人。
国家の威信を賭けた、総理大臣肝入りの事業である核融合発電開発の研究主任だ。
しかし、開発は難航に次ぐ難航。全く出口の見えないトンネルの中を彷徨っていた。
正直に言って、最早実現は不可能、私の心は折れ、諦める寸前まで追い詰められていた。
そんな時、奴が現れた。
あの、自信満々で、奇矯な声をあげ、異様な存在感を発揮し、全てを知り尽くしたような目をした男。
幽天橋狂太郎。
奴が来てから、研究はがらりと変わった。
そもそも、研究方針が変わった。
奴は、常温での核融合が可能だと宣ったのだ。
信じられないことだ。常温での核融合は、過去に研究されてはいたが、実現は不可能だということが定説だったからだ。
それが、なんということだろう。奴のプランに従って実験を繰り返していくうちに、可能なのでは、と思えてくる。
研究所では、日夜あり得ない実験結果が頻発し、常温核融合も夢ではないないと思えるところまで来ているのだ。
私は、すっかり奴の手足となり、実験を遂行している。
奴のあの熱気、驚異的なまでのエネルギー、異様なまでの突破力、超常的なカリスマ性、それは不可能を可能にする圧倒的なパワーとなって、私を含めたすべての研究員を飲み込んで爆走していく。
今日も、奴の力に吸い込まれるように、私は研究所のメインルームに滑り込んだ。
「おはようございます。小金守主任」
「ああ、おはよう。金崎君」
金崎君は、この研究所でも最も将来を嘱望される若手研究員だ。
そんな彼も、今では幽天橋狂太郎の熱狂的な信者の一人だが。
「幽天橋さんはどこだい?」
「幽天橋先生は第3実験棟にて次の実験準備をされています」
「そうか……」
奴はもう次の実験の準備か。全く、あの男はいつ寝ているんだ。
24時間、研究所で実験を続けている。家にも帰っていないようだ。
「小金守主任、おはようございます。幽天橋さんが早く実験棟に来るように言っておられました」
「おはよう。伊勢川君。すぐに行くよ」
伊勢川君は冷静な分析の能力と、的確なサポートでこの研究所を支えてくれている女性研究員だ。
奴、幽天橋に対しても、平静に対応できる唯一の研究員と言っていい。
実に頼りになる。
「おはよ~、こがっち。狂太郎のとこ行くんだったら、アイス買ってきてって言っといてー」
「こがっち……。アイスですね。伝えておきます」
この女。研究所のソファーに寝ころんで、ゲーム興じているだらしない女、時ヶ峰量子は奴の幼なじみらしい。
すっかりソファーの上を定位置にして、ここに馴染んでいる。
私が奴のいるという実験棟へ向かうため部屋を出ようとした時、扉が勢いよく開き、奴が入って来た。
「遅いぞ!小金守!!実験を開始するぞ!!!!」
「す、すいません。幽天橋さん」
「準備は出来ている!!!小金守!!!お前はそっちでデータをとれ!!!金崎!!お前はこちらで私を手伝え!」
「はい!!!」
軍隊ばりの敬礼をして金崎君が奴の所へ走っていく。
私も自分のPCを立ち上げて、準備をする。
「幽天橋さん。実験内容について確認ですが……」
伊勢川君が冷静に状況を確認してくれている。
「狂太郎、アイ…」
「ほら、アイスだ」
「お、気がきく」
量子が言い終わるよりも早く、奴はアイスを渡していた。何と抜かりのない奴だ。
「さて、諸君!!!! これから常温核融合実現に向けた、第23次実験を開始する!!!!!」
奴の声が響く。
この声を聞くと不思議と実験が成功するような気がしてくる。
私は、奴から目を離すことができない。
奴の持つ謎の魔力に、私も毒されているということか。
まあいい。このまま常温核融合の実現まで、奴に魅せられ続けるのも悪くない。
私は奴を真似て、微笑みながら小声でつぶやく。
「ふはっはっはっはっはっはー」




