☆第13話☆(最終話)
「助手!!! 何をぼーとしている!!! この世界を変革する超天才、幽天橋狂太郎の常温核融合実現という偉業の達成が目の前なのだぞ!!!!!」
「ふふっ。だから、助手じゃないって」
量子の周りは光につつまれて何も見えない。
ただ、彼女の前には長身で白衣を纏った一人の男がいるだけだ。
「いいか助手!!! この世界は、一つだけじゃない。世界は、あらゆる可能性のある世界線が同時多元的の存在しているのだ!! マルチバースというやつだ」
「え? どういうこと? 難しいことはわかんないよ」
「わからんでもよい!! お前は、この無数に存在する世界、本来は因果関係を持ちえない世界線たちを繋げてしまった特異点なのだ。その無限の可能性の中で、お前はお前自身の分身として、この幽天橋狂太郎を創造し、生み出した」
「いや、ちょっと、まじでわかんないんだけど……」
「ふわっはっはっはっは!!!! だから、わからんでもよい!!!! そして、観測者にして創造主であるお前が、その事実を認識してしまった今、全ての事象は収束する!!!!」
「はあ??? つまりどういうこと????」
「つまり、俺とお前は一つになるのだ。もっと具体的に言えば、この幽天橋狂太郎の精神の核と、時ヶ峰量子の精神の核とが融合するということだ」
「ええっ!? そんなこと、できるの? それって、あたしは狂太郎とお別れしなきゃならないの?」
「別れではないさ。融合だからな。二人の精神が一人になる」
「二人が一人になんて……。いやだよ……。あたしは狂太郎とこれからも一緒にいたいよ。あたし、狂太郎がいなきゃ何も出来ないし。融合しても、狂太郎に会えないなら意味ないよ……。アイス買ってきてよ」
「アイスは自分で買え。大丈夫だ。お前の中に俺はあり続けるから」
「ふふふっ。それはちょっと、うるさそうだね。狂太郎と二人で一人なんて。楽しそうだけど大変そう。大丈夫かな?」
「一人の人間に二人の精神が融合すると、精神があふれてしまうが、問題は無い」
「いや、問題ないの!?」
「無いさ!!! そのあふれた精神によって、世界が再構成されるのだからな!!!!」
「うーん、意味わかんない」
「つまりこういうことだ!!!!!!!」
「どういうこと?」
「あふれろ!核☆融☆合!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
世界は光につつまれた。
………………………
アメリカ合衆国、バージニア州アーリントン郡ペンタゴン。
キャリー・ターナーは翌週に迫った休暇のために、たまった書類仕事の片付けに追われていた。彼女は、作り終えた書類をプリントアウトすると、上司であるトニー・ケールマンのデスクに向かう。データで送って確認を待っても良かったが、今日中に仕事を片付けるには、決済は早い方が良い。
「ボス」と声をかけてトニーのデスクを覗くが、すでに誰もいない。隣の同僚に聞くと、定時になった瞬間にトニーは足早に退勤したそうだ。何でも、アマチュアオリンピアとかいうボディビルの大会が近いために、トレーニングンにいそしんでいるらしい。
「チッ。一歩遅かったか」と思いながら自分のデスクに戻り、とりあえずデータで書類を送る。それにしても、あれ以上筋肉をつけてどうするのだろう、とトニーの分厚く発達した胸板を思い出す。まあ、他人の趣味に干渉するつもりはないし、それを言ったらキャリーの趣味の方が変わっている。
彼女は、数年前から空手と合気道の道場に通っている。Youtube でたまたま見た日本の伝統武術の動画に感動し、アメリカにも道場は無いかと探して、今の先生を見つけたのだ。
来週からとった休暇で、初めて日本を訪れる予定だ。そこで、先生の先生である師範に会うことを楽しみにしている。
........................
日本。茨城県つくば市。
素粒子原子核研究所の所長室で、小金守安人は今年度の実験結果と、来年度以降に向けた実験計画、予算案を前に溜息をついていた。
昨年、ついに所長という大任を任される立場となったが、研究よりも国の各種補助金の申請要綱とにらめっこをしながら、予算の作成と執行結果の報告書の作成という事務作業に追われている。
「所長、お疲れ様です。文部科学省よりお電話です。昨年度の予算執行について確認事項がるとのことです」
「ああ、金崎君。ありがとう。予算案関係の資料については……」
「それについては、伊勢川さんがまとめてらっしゃいます」
「そうだった。伊勢川君、先日お願いした資料は……」
「小金守さん、昨日のメールでお送りしています」
「ああ、そうか。見落としていたよ」
小金守安人は電話を受けながらPC画面を凝視する。
気苦労は絶えないが、優秀な部下に助けられて仕事を全うする日々だ。
..........................
あたしは、馴染みすぎて自分の身体と一体化しているベッドで目を覚ます。
カーテンから漏れる光が眩しい。お母さんが朝食を作っている物音がわずかに聞こえる。
時計を見る。
6:38
こんな時間に目覚めたのは久しぶりだ。
のっそりとベッドから起き上がって部屋を見渡す。
当然だが、部屋にはあたし以外は誰もいない。
なんだろう、少し心がちくっとする。
あたしが階段を降りリビングに行くと、キッチンのお母さんが驚いた顔で出てきた。
確かに、あたしが自分の部屋でしか食事をしなくなって、もうどれだけ経ったかわからないくらいだけど、リビングに行っただけでそんなに驚かなくてもいいのに。
そのまま黙って朝食を食べて、お茶を飲み、テレビを眺める。そのころにはお父さんも起きてきて、珍しい動物を見るような目であたしを見ていた。
あたしは、そんな両親が少しめんどくさくなって、早々にリビングから出てシャワーを浴びる。朝にシャワーを浴びるのも、超久しぶりだった。
入念に髪を乾かして、セットし、鏡を見る。
鼻毛が出ていたので、こいつはマズイと思って切る。
ついでに眉も少し整える。
さて、部屋に戻って、制服を着る。
鏡で自分の姿を眺めると、まったく馴染んでいない制服は、まるでコスプレみたいだ。
しかし今のあたしが考える、きちんとした服はこれしかないので、まあ良いとする。
よし。まだお父さんの出勤時間には間があるはずだ。
あたしは、鏡の中の自分を見つめながら大きく深呼吸する。
大丈夫。
あたしに不可能はない。
リビングに降り、相変わらず驚き顔の両親に向かう。
「えーと。お父さん、お母さん、ご相談があります。あの、あたし、学校に行きます」
「量子……!!」
なんか、お父さんもお母さんも涙ぐんでて、めんどいなぁ。
「でも、あたしが前に通ってた学校って、もう席ないよね? 何年も経ってる気がするし。さすがに、同じ学校は通える気がしないから、それで、ほら、こことかどうかな?」
あたしは、昨夜に調べておいた通信制の高校のホームページをスマホで見せる。
ずっと部屋から出られなかったあたしが、どうして急にこんな前向きな考えに至ったのかは、よく分からない。
でも、あたしは気づいたんだ。何かがあたしにそれを教えてくれた。
なんだかわかんないけど。
あたしが思えば、きっとなんでもできる。
できないなんてことは、なにもない。
目をつむると、どこからか高笑いが聞こえてくる。
自信に満ちた笑い声。懐かしいような、嬉しいような、ちょっとうざいような声。
あたしを守ってくれて、導いてくれて、慰めてくれた声。
その声は、あたしの中に微かに響いた後、消え去り、再び聞こえることはなかった。
完




