☆第12話☆
あたしがどうして部屋にひきこもるようになったのか、あたしにもわからない。
地元の公立高校に入って、しばらくは学校にも通っていたことは覚えている。
そのころの時間が、本当に虚無だったことも。
朝、母親に起こされ、味もよく分からないままご飯を食べて、制服に着替えて学校に行く。
決まった席に座り、ただひたすら時間が過ぎるのを待つ。
誰かと会話した記憶はない。
いや、さすがに最初のうちは、少しは喋っただろうけど、もう覚えていない。
ただひたすら、死んだ目をして、死んだ空気を呼吸し、死んだ時間を死に続けていた。
そしてある時、部屋から出るのをやめた。
母親がぎゃあぎゃあと何か言っていた気がするが、それも記憶の遥か彼方だ。
朝起きて眠り、昼起きて眠り、夜起きて眠る日々。
ずっと部屋にいたら、そのうち食事も部屋に運んでくれるようになった。
気が向いた時に食べて、眠り、スマホをぽちぽちし、100回読んだ漫画を読み返す。
何日、何か月、何年そうしていたのか、よく分からない。
ただ、そんな日々を過ごすうちに、あたしのとろけた脳みそは、一人の幼馴染を夢想するようになった。
そいつは、傲慢で、不遜で、突拍子も無くて、破天荒で、ぶっ飛んでいて、天才的で、あたしを助手扱いするのだ。
幽天橋狂太郎。
そう名乗った。
あたしの部屋の中を歩き回り、喋り倒して、わめきちらし、演説をぶったかと思えば、叫び声をあげて、我が物顔で居座った。
あたしの好みを熟知していて、時にはアイスを買ってきてくれる。
そいつは、いつでもあたしと一緒だった。
そしてある時、そいつが言ったのだ。
「常温核融合を完成させた」
あたしは、「はあ?」と思ったが、そいつが言うならそれはきっと真実だ。
そしてそいつは、あたしをここに連れてきた。
あの部屋以外で、初めてあたしの居場所になったこの研究所に。
いつも通り、怠惰にソファーで寝そべるあたしの前に、そいつは立っている。
ほら、みんなにも見えるでしょう。
あたしの幼なじみ。
あたしのたった一人のともだち。
あたしがこの世界に生きてる理由。
あたしのすべて。
もうひとりのあたし。
幽天橋狂太郎。
シュバルツシュタインに声をかけられた時ヶ峰量子は、うつろな目でソファーから立ち上がった。その場にいる全員、研究所の研究員たち、シュバルツシュタイン、トニー・ケールマンの視線が量子に集まる。
「ああ、そうだったんだ。あたし、気付いちゃった」
「時ヶ峰量子さん。あなたはやはり特異点だ。理論的には存在する可能性があるとは思っていましたが、実際に目にするとは驚きですがね。そして、あなた自身がそれを認識した以上、この世界はあるべき状態に収束する」
シュバルツシュタインの言葉の意味を理解できない量子だが、その意図は正確に解っていた。
「幽天橋狂太郎は消えるのね」
「いや、消滅ではない。融合じゃよ。あなたの中に還るのじゃから」
量子は、目に涙をいっぱいに湛えてうなずいた。




