☆第11話☆
「さて、前座は終わり、真打登場といったところか」
腕を組んで仁王立ちする狂太郎は、そう言って扉を見る。
ゆっくりと開く扉の間口を、巨大な輪郭を持つ男が狭そうにくぐる。
「加米利也国国務省特殊部隊隊長のトニー・ケールマンだ。先ほどは部下が失礼した」
「いやいや、なかなか大したお嬢さんだったよ」
「ふん。私がここに来た理由は解っているな」
「核融合実験の研究所データだろう。ご苦労なことだ」
「ああ。おとなしくデータを渡してもらおう」
「欲しければ自分でとりな。ただし、お前さんは俺の後ろには進めんがな」
メインPCの前に立ちはだかる狂太郎に対して、トニーはニヤリと微笑みかける。
「これを見ても、まだそんな口が叩けるかな?」
上半身の服を脱ぎ捨てて、トニーは両手を振り上げる。
「ふん!!!」
「前双二頭筋!!!!」
はち切れんばかりの胸板、筋肉の一つ一つがはっきりと分離して、硬質に隆起した上腕。
めきめきと血管が走り、皮膚が張り付くほどに筋繊維を浮き上がらせる前腕。
汗を迸らせ、熱風さえ感じさせる輝く筋肉に、狂太郎はたじろいだ。
「これは!! 生半な鍛え方ではないな。ふふっ! 面白い!!」
「前背筋拡張!!!!!!」
トニーは両腕を下ろし、腰にあてる。腕と胴体の間にできた隙間から、あり得ないほど大きく発達した広背筋がせり出して見える。
弾ける筋肉の圧倒的な迫力。その前で狂太郎は、暴風雨を受けているかのようなプレッシャーを感じる。
「横大胸筋!!!!!!」
トニーは身体を左横に向けて、右肩を前に出し、狂太郎にじりじりとにじり寄った。
「くっ!!! なんという圧力!!!!」
狂太郎がわずかに下がる。
「後双二頭筋!!!!!!」
さらに近づいたトニーは、後ろを向き、両腕を持ち上げて背中を反らす。
膨れ上がる僧帽筋、はじける二頭筋、うなりを上げる広背筋。
狂太郎の感じるそのプレッシャーは、もはやハリケーンといっても過言ではない。
全身を汗だくにして、がくがくと膝を震わせながら、なんとかその場に立つ。
「おのれ、貴様……!!!! これほどとは……!!!!」
「後背筋拡張!!!!!!!!!!!」
ババッという効果音が聞こえるほどに広がった広背筋。
その勢いに、ついに狂太郎はその場に尻餅をつく。
「横三頭筋!!」
へたり込んだ狂太郎を尻目に、横に向きを変えつつトニーが前進する。
気がつけば、トニーのズボンは筋肉のパンプアップによってはじけ飛んでいた。
下半身は、黒いブーメランパンツだけが光る。
「腹筋脚!!!!」
前を向き、両手を上げて頭の後ろに組むトニー。
山脈の連なりの如く彫り込まれた大腿筋、大根がおろせそうなほどの凹凸が刻まれた前鋸筋、チョコレートよりも硬く分離した腹筋。
足に力が入らなくなった狂太郎は、その場から立ち上がることが出来ない。
成すすべもなく、トニーを見上げる。
「最!大!筋!力!!!!!!!!!!」
トニーが腕を身体の前に構え、持てる全ての筋肉のポテンシャルを最大にした瞬間、彼を中心として爆風が吹き荒れた。
狂太郎は、その猛威に抗うことも出来ずに転げて飛ばされる。
うずくまり、ピクリともしない狂太郎。
「ふん。口ほどにもなかったな」
汗びっしょりになりながらポーズを解くトニー。
メインPCの本体を、無造作につかんで持ち去ろうとする。
「あのー、おじさん。それ、持っていかれると困るんだけど」
PCを抱えたトニーの背後、音もなく立つ女がいる。
量子だ。
「いつのまに!? 誰だ!?」
「それ、返してもらえる?」
量子は、驚愕するトニーに構わずに淡々と言った。
「ぐっ! 助手! いたのか……!!」
「ソファーで寝てたら、騒がしくて起きちゃったよ。あと、助手じゃなくて量子」
這いつくばる狂太郎に、いつも通りのテンションで返す量子。
「ふん!! こんな小娘が、この私のポージングに耐えられるわけがない!!! 最!大!筋!……」
再び、全ての筋肉に力を込めようとしたトニーの身体を、するりと撫でる量子。
すると、それまで充血し漲りきっていたトニーの筋肉から、一瞬で緊張が抜けた。
「何!!! どういう、ことだ……!!! 力が、入らない……!!!」
「うわ。汗が手についちゃった」
「こら!! 量子!!! 俺の白衣で手を拭くな!!!!!」
力の入らないトニーは、その場に膝をつく。
量子は、そのトニーの手の中にあるPC本体を抜き取って、重そうに抱えながらデスクに戻した。
「くそっ……! どうして!? 私の身体はどうなってしまったんだ?」
跪き、困惑するトニー。
途方に暮れる彼の前、扉が開き、一人の老人が入って来る。
「ほっほっほ。如何なる筋肉も、特異点の前には無意味じゃよ」
「シュバルツシュタイン? どうしてお前がここに!?」
驚くトニーを無視して、シュバルツシュタインは量子の前に歩み寄る。
「時ヶ峰量子さん。君のことを聞かせてもらおうか」




