表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢の【調味料】革命 ~マヨネーズを与えたら、魔王級の辺境伯が骨抜きになりました~  作者: 月雅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

第4話 兵士たちの士気爆上げ作戦

「うっ……くっさあ!」


その日の午後、私は厨房に運び込まれた物体を見て、鼻をつまんだ。

屈強な男たちが二人がかりで作業台にドスンと置いたのは、巨大な肉の塊だ。

脂身は分厚く、赤身はどす黒い。

そして何より、鼻が曲がりそうな獣臭さが漂っている。


「すまねぇな、エレナ様。今日仕留めた『ハイ・オーク』の肉なんだが……こいつはどうにもならねぇ」


料理長が困り顔で頭をかいた。

ハイ・オーク。

豚の魔物の一種で、繁殖力が強く、この辺境ではよく遭遇する厄介者だ。

肉の量は多いけれど、その独特の臭みと筋っぽさから、兵士たちからは「ゴムタイヤの次に不味い」と嫌われているらしい。


「いつもはどうやって食べているの?」

「ぶつ切りにして、香草と一緒に煮込むんだが、それでも臭みが抜けなくてな。みんな鼻をつまんで丸呑みしてるよ」


なるほど。

煮込むだけじゃ、この強烈な個性(臭み)には勝てないわね。

私は腕まくりをした。


「任せてください、料理長。この厄介者、私が『白米泥棒』に変えてみせますから!」

「はくまいどろぼう……?」

「とにかく、その肉を薄くスライスしてください! 私はタレを準備します!」


   ◇


オーク肉の攻略法。

それは「臭みを消す」のではなく、「臭みを旨味に変える」ことだ。

そのためには、あの最強の調味料セットが必要になる。


私は誰もいない倉庫の隅で、スキルを発動させた。


【スキル発動:調味料作成】


今回イメージするのは、東の国で使われている黒い液体『醤油』。

米を発酵させて作る、甘くて深いコクのある『味醂』。

そして、ピリッとした刺激が食欲をそそる『生姜チューブ』だ。


キラキラと光が集まり、小瓶が生成される。

蓋を開けると、醤油の香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

ああ、懐かしい。これよ、これ!

パン食文化のこの国には存在しない、故郷の味。


厨房に戻ると、料理長が肉を見事な薄切りにして待っていた。

さすがプロ、仕事が早い。


「じゃあ、始めますよ!」


私は大きなボウルに醤油、味醂、そして少しの砂糖を混ぜ合わせる。

そこに、たっぷりの生姜を投入した。

この生姜の成分が、肉の臭みを消し、さらに肉質を柔らかくしてくれるのだ。


タレの中に、薄切りにしたオーク肉を漬け込む。

手でしっかりと揉み込み、味が染み渡るように念じる。


「美味しくなぁれ、美味しくなぁれ……」


15分ほど放置した後、いよいよ焼きの工程だ。

熱した鉄板に油を引く。


ジュワァァァ……ッ!


肉を乗せた瞬間、爆発的な音が響いた。

同時に、醤油が焦げる香ばしい匂いと、生姜の爽やかな香りが、蒸気となって立ち昇る。


「な、なんだこの匂いは!?」


料理長が鼻をヒクヒクさせた。

先ほどまでの獣臭さはどこへやら。

今、厨房を満たしているのは、人間の本能を直接揺さぶるような、甘辛くて香ばしい匂いだ。


「これが『生姜焼き』です! 料理長、付け合わせの千切りキャベツをお願いします!」

「お、おう! 任せろ!」


ジュウジュウと肉が焼ける音。

タレが煮詰まり、肉に照りが出る。

端っこが少し焦げて、カリッとするくらいが一番美味しいのだ。


そして、この料理には欠かせない相棒がいる。

私は隣のコンロで炊き上がっていた鍋の蓋を開けた。


パァァァ……ッ。


真っ白な湯気と共に現れたのは、銀色に輝く『ホワイトグレイン』。

この世界では「馬の餌」として扱われている穀物だが、正体はどう見てもジャポニカ米だ。

精米して、適切な水加減で炊けば、こんなにもふっくらとした宝石になるのに!


「よし、完成!」


   ◇


食堂は、異様な雰囲気に包まれていた。


「おい、なんだこの匂い」

「厨房の方からだ。腹が減ってたまらねぇ」

「今日の飯はオーク肉だって聞いたぞ? なんでんこんなにいい匂いがするんだ?」


訓練を終えた兵士たちが、鼻を空に向けてクンクンと嗅ぎながら集まってくる。

その目は、空腹の狼のように血走っていた。


私がカウンターに立つと、先頭の兵士が身を乗り出した。


「エ、エレナ様! 今日の飯はなんなんですか!?」

「今日は『ハイ・オークのスタミナ生姜焼き定食』です。どうぞ!」


ドンッ。


お盆の上には、山盛りのキャベツと、その上に鎮座する飴色の肉。

そして、湯気を立てる山盛りの白米。


「こ、これがオーク肉……?」


兵士はゴクリと唾を飲み込み、震える手でフォークを突き刺した。

タレが絡んだ肉を口へ運ぶ。


ガブッ。


咀嚼した瞬間、彼の目がカッと見開かれた。


「うっ、うめぇぇぇぇッ!!」


絶叫が響き渡った。


「臭みが全然ねぇ! むしろ、噛めば噛むほど肉の旨味が溢れてくる! なんだこの甘辛いタレは!? ニンニクとは違う、爽やかな辛味が鼻を抜けていく!」


彼は興奮したまま、無意識に横にある白米を口にかき込んだ。


「!? なんだこの穀物は! いつも馬にやってるやつだよな!? なんでこんなに甘くてモチモチして……ああっ、この濃い味の肉と合う! 合いすぎる!!」


肉、米、肉、米、キャベツ、肉、米!

無限のループが完成していた。


「俺にもくれ!」

「こっちもだ!」


食堂は一瞬にして戦場と化した。

次々と配膳される生姜焼き定食。

一口食べた兵士たちは、全員例外なく骨抜きにされていく。


「信じられん、これがあの不味いオーク肉かよ……」

「力が湧いてくるぞ!」

「おかわり! 米をくれ、米を!」


厨房の中では、私と料理人たちが必死に肉を焼き続けていた。

焼いても焼いても追いつかない。

嬉しい悲鳴だ。


その喧騒の中、またしても「彼」が現れた。


   ◇


「……暴動かと思ったぞ」


呆れたような、しかしどこか期待を含んだ低い声。

ジークフリート様だ。

入り口付近で、山盛りの丼を抱えて泣きながら食べている部下を見て、彼は驚きの表情を浮かべていた。


私はフライパンを振りながら、彼に声をかけた。


「閣下! ちょうど焼き上がりましたよ! 特製生姜焼きです!」


私は一番美味しそうに焼けた部分を選び、大盛りのご飯の上に乗せて差し出した。

いわゆる『生姜焼き丼』スタイルだ。


ジークフリート様はカウンターに歩み寄り、丼を受け取る。

立ち昇る湯気に、彼の喉仏が動くのが見えた。


「ハイ・オークの肉だと聞いたが……」


彼は肉を一枚、箸(私が即席で作った木の棒)で持ち上げた。

タレが光を反射して輝いている。

それをパクリ。


瞬間、彼の肩がビクッと跳ねた。


「……ッ!」


鋭い瞳が、驚愕に見開かれる。

口いっぱいに広がる醤油の焦げた香ばしさと、生姜の刺激。

そして、オーク肉特有の弾力ある脂身が、甘辛いタレと混ざり合って溶けていく。


彼は無言のまま、すぐにご飯をかき込んだ。

タレの染みたご飯。

それは、貴族の彼にとっても未知の体験だったはずだ。


「……卑怯だ」


彼はポツリと漏らした。


「こんな……こんなに味が濃くて、脂っこいのに。この白い穀物と合わせると、いくらでも腹に入ってしまう」


箸が止まらない。

彼は猛烈な勢いで丼を空にしていく。

その食べっぷりは、勇猛な騎士そのものだ。


「エレナ」

「はい!」

「これは危険だ。兵たちが食べることに夢中になりすぎて、次の訓練に支障が出るかもしれん」


彼は空になった丼を置き、真剣な顔で私を見た。

口の端に、タレと米粒がついていることには気づいていないらしい。

可愛い。


「ですが、見てください」


私は食堂を指差した。

満腹になった兵士たちが、幸せそうな顔で腹をさすっている。

その顔には、昨日のような陰鬱な影はない。

みんな、目に力が宿っている。


「美味しい食事は、心と体に活力を与えます。これで、明日からの訓練もきっと頑張れますよ」


ジークフリート様は兵士たちの笑顔を見渡し、ふっと小さく息を吐いた。

その表情は、とても柔らかかった。


「……そうだな。お前の言う通りだ」


彼は私に向き直り、口元の米粒を拭いながら言った。


「礼を言う。この砦に来て十年……兵たちがこんなに笑っているのを見たのは初めてだ」


彼の金色の瞳が、真っ直ぐに私を捉える。

そこには、確かな信頼の色があった。


「エレナ、お前の『調味料』という魔法は、どんな高等魔術よりも我々を救ってくれるかもしれん」

「閣下……」

「だから、その……また作ってくれ。俺のため……いや、兵のために」


言い訳のように付け足して、彼はそっぽを向いた。

でも、私は知っている。

彼が一番、この生姜焼きを気に入っていたことを。


「はい! もちろんです!」


こうして、嫌われ者だったオーク肉は、砦一番の人気メニューへと昇格した。

そして、私とジークフリート様の間にも、また一つ美味しい絆が生まれたのだった。


――だが、私はまだ知らなかった。

この後、さらに深い夜の時間に、もっと「危険な」グルメが彼を待ち受けていることを。

そしてそれが、彼の理性を完全に崩壊させることになるなんて。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ