当たるも八卦当たらぬも八卦
「最初にお断りしておきますけれども、私の先見はお遊び同然で、しかも何が見えるか私にも全くわからないのですよ?」
私には先見の能力がある。けれどそれは本当に脈略がなく、先見の対象の人が将来、見るはずの風景が、一瞬、チラリと見えるだけなのだ。何気ない日常の一コマの時もあれば、対象の人が大きく感情を動かした時……、驚いたり怒ったり泣いたりする場面の時もある。
困るのは、その風景がなんの意味があるのか、私にはさっぱりわからない、ということだ。対象本人にさえ、さっぱりわからないこともよくある。
私は、とある貧乏貴族の養女。養女だけれど養父母は私を大切にしてくれている。私の能力は宣伝しているわけでもないのに、一部の貴族の間では伝説のように囁かれているらしい。その噂を聞きつけるのか、時折こうして、先見を求めた人々が訪ねてくる。
「……ということですので、私の先見はあくまで余興、ただの遊戯。それを承知してくださるのなら、あなた様の将来をのぞいて差し上げますわ」
私は目の前の男に言った。知人の紹介で訪ねてきた男だ。おとなしめな格好をしているが、引き連れてきた従者の数から高位の方だとわかる。
「余興……」
「そうです。ほら、令嬢方がよく、花びらをちぎりながら「スキ、キライ……」などと占う遊びがございますでしょ?あれと同じようなものです。あれを本気で信じる方なんていませんでしょう?」
「……」
「これまでにも、先見をして差し上げた結果、望まぬ未来だと怒ってしまわれたり、見えた将来が起こらないと文句を言われたりしましたの。私としましても、先見は大変に疲れますし、必ず当たるというわけでも、良い事ばかりが見えるわけでもございませんので、そこをご承知いただいてからでないと……。ご理解いただけると幸いです」
男は明らかに失望したようだ。
「未来を決める選択はご自分でしか決められないものですわ。先見や助言はあくまで参考。ご自身の選択の結果ですから先見に責任はありません」
私のダメ押しの言葉に、男はようやく頷いた。
「あなた様はどこか石造りの殺風景な部屋にいて、手にしたグラスを見ておいでです」
私は閉じていた目を開くと、垣間見えた風景を告げた。
「グラス?」
「はい。食事の場面でしょうか」
それにしては違和感があったが。
「……ちなみにどんなグラスだかわかるだろうか」
「そうですわね……えー、と。グラスというより、杯とでも申しましょうか。上部が金で持ち手が銀、一周ぐるっと黒色の帯があり、全体に豪華な装飾が施されています」
男の顔色が変わった。しばらく何かを考え込んでいたが、やがて立ち上がると私を振り返った。
「……これは少ないが礼だ」
男は小さな袋を取り出してテーブルに置いた。
「先見に対する謝礼は頂かないことにしております」
「……なぜ?ひと財産築くこともできるだろうに」
「先見が遊びでなくなってしまうからですわ。先見を売り物にしたら、ろくなことがおこりません。私が生家である裕福な大貴族から出されて、貧乏貴族の養女となったのは、なぜだと思います?」
そう、私の先見を巡って、生家ではすったもんだがあった。私の能力を大々的に売り出そうとする生家には散々な未来しか見えなかったので、「もう先見はしない」と宣言したところ、泣きつかれたり脅されたりした挙句に虐待されたのだ。見かねた使用人が今の家を紹介してくれた。
父は何をされても頑として先見をしない私を、もう利用価値はないとあっさり手放した。おかげで、暮らしは格段に質素になったものの、心穏やかに過ごすことができている。
養父母は貧乏ながらも器の大きな人々で、「あなたの能力は楽しいオマケみたいなものだと思えばいい」と言って慈しんでくれる。この人たちを紹介してくれた元使用人には感謝しかない。
「……そうか。ではこれは突然訪ねた謝罪だと考えてもらいたい。君の先見は大変参考になった。ありがとう」
男はそう言うと、小さな袋をテーブルに残したまま去って行った。私の事情を察したのだろう。私はホッとした。先見で儲けたり評判になったりしたら、生家が何を言ってくるかわからないしね。
私はあの男の素性も事情も知りたくない。むしろ近寄らない方が平穏に暮らせる。
だが、世の中はそうではない風にできている。特に、珍しい能力を授かってしまった私のような者には。
ある日、とある令嬢が私を訪ねてやってきた。
「お前、やってくれたわね!」
「……なんのことでしょうか、お姉様」
そう、彼女は生家の令嬢、私の血のつながった姉だ。生家にいた頃、この人から直接の虐待や暴言はなかったけれど、周囲を諌めもしなかった。少なくとも使用人たちくらいは止められたはずだけれど。それでも、私はこの姉に感謝している。
「お前をこの家に入れるように、手配してやった恩も忘れて!」
「……お姉様。私は今でもお姉様に感謝しておりますよ。たとえそれがお姉様の脅威になり得る私をあの家から排除するためだったとしても。ですが私が何をしたというのでしょう。事情がさっぱりわからないのですが」
「あの方は、あの忌々しい女と婚約破棄して私を正妃にしてくださると言っていたのに!お前の先見を聞いた後、「目が覚めた」とおっしゃって!!あの女と結婚して、私を、そ、側妃にするなどと!お前、殿下に一体、何を言ったの!?」
どうやら先日、私が先見をした人物は、年齢から推測すると第三王子殿下その人だったようだ。たしか宰相閣下のご令嬢とご婚約なさっていたはず。姉は王族に嫁ぐにしては身分も考えも少々足りないのに、こともあろうに殿下の婚約に横槍を入れ、自分が正妃になろうと企んでいたらしい。
そう考えると、あの先見の光景の意味がわかってくる。
「落ち着いてください、私の先見が不確かなものでしかないことは、お姉様はよくご存知ではないですか。私はあの方がどなたなのか、どういう事情があるのか、たった今まで全く知りませんでした。私が見たのは、あの方が杯を見つめている風景です」
「……杯?」
「見たことのない杯で、豪華な装飾と、飾り文字で「この者の魂よ安かれ」と書いてあります。そのことをお話しすると、かの方は青ざめてお帰りになりました。どういうことなのか、私にはわかりませんし、知りたくもありませんでした」
お姉様も青ざめた。
「つ、つまり……、もしあのまま計画通り、卒業パーティーで婚約破棄を宣言していたら……あの方は毒杯を……。もしそうなれば私も無事では済まない……」
「お姉様」
私は彼女の言葉を遮った。
「私は事情を知るわけにはいかないのです、どうかその辺で」
お姉様は口を噤んだ。
「お前、」
「イヤです」
私は即座に言った。
「まだ何も言っていないじゃないの……」
「お姉様。私、家の方々の先見は、決してしないと言いましたよね。どれだけ虐げられても、決して先見はしなかった。今更、お姉様の先見をすると思いますか?」
「……」
お姉様は下を向いてしまった。
「……けれど、私、側妃の件を本当に迷っているの。お前の先見でもいいから啓示が欲しいのよ」
私は深くため息をついた。
「啓示だなんて。私の先見はただの遊びなんです。啓示なんて立派なものではありません。しかるべき方にご相談でもされた方が、お姉様の迷いは晴れると思います。それに、お姉様。昔小さな頃、一緒に庭を散歩しましたね。あの時、どちらの道に行くか迷って、棒を倒して決めたとして、その先で転んだからといって棒のせいではないですよね?」
お姉様はしばらく下を向いていたが、やがて顔を上げると私を真っ直ぐに見つめた。
「わかったわ。どっちに倒れようと棒のせいにはしないし、棒が示したのとは違う道に行くかもしれない。それでもいいわ。これっきり先見を頼むことは一生しない。だからお願い」
私は再び、深くため息をついた。
「そのお言葉をお忘れなく。そして私が先見をしたこともその結果も、決して誰にも告げないでくださいませ。それと、この先、今以上の迷いが生じたとしても、もう二度と先見はしません。それでもよろしいですか?」
姉はゆっくりと頷いた。
見えた光景は凄惨だった。
私があまりの光景に呻いたので、お姉様は驚いた。
「な、何が見えたの?」
私は俯くことしかできなかった。
「私は何を見たのでしょう……。よくわかりません。お姉様は両腕を前に伸ばされていますが、誰かに止められています。その前には、赤子が……、生まれたばかりのような赤子が、今まさに殺されそうになっている場面です。誰の赤子なのか、どうして殺されてしまうのか、私にはわかりません」
お姉様は息を呑んだ。私たちの間に沈黙が落ちた。
「……よくわかったわ。ありがとう。でも……」
しばらくの後、お姉様が口を開いた。
「正妃の座を逃し、側妃も断ったとなれば、お父様は私を許さないでしょう。将来は、良くて好色爺の後妻だわ……」
そうかもしれないが、もはや私が口出すことではない、かもしれない。
「お姉様」
私は立ち去ろうとする姉の背に声をかけた。
「身の振り方をご相談されるなら、王子殿下でなくご婚約者様にされるべきです」
「……えぇ!?」
「仮にも殿下と将来を誓い合ったお姉様が不幸になるのは殿下がいつまでも気に病みます。後味も悪いです。近くで顔を合わせるのも気まずいでしょう。でも、どこか遠くで幸せであれば、王子殿下がお姉様を忘れるのも早いのではと申し出ればよろしいでしょう」
お姉様はついに涙を見せた。
「私は、あの人が私を忘れてあの女と一緒になるように動かなければならないというのね……」
「選ぶのはお姉様です。そして約束です。私の名は、決して出さないでくださいましね。王家に私は有用だなどと目をつけられたら、私はお姉様を呪いますよ」
人を呪うことなんてできはしないが、お姉様はうすら寒そうに首をすくめた。
それからしばらくして、お姉様が隣国の有力貴族へ嫁いだと知った。これで、この件はひと段落ついたと考えていいのだろうか。
「あなたに面会の申し込みが来ているのだけど……」
養母がためらいがちに切り出した時、頭の中に警鐘が鳴り響いた。
「宰相閣下のご令嬢なのよ」
「……第三王子殿下のご婚約者様ですか!?」
養母は頷く。相手が雲上人すぎる。断れるわけはない。
「わかりましたとお伝えください」
……やれやれ。どうやったらこの平穏な暮らしを続けることができるのか。私は重すぎる腰を上げて立ち上がった。
案外、マブダチになったり!?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




