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9話 戦闘の天才

 

 駐在所を出立しておよそ10分。


 トーマは無言で歩くフェリスの後をついていく。


 しかしこの気まずい雰囲気に耐えかねて、彼女に話しかける事にした。


「なぁフェリス、クロイから君は元々冒険者だったと聞いたんだが、そうなのか?」


「チッ、クロイの奴余計な事を...」


(...どうやら触れてほしくない話題だったみたいだな。失敗失敗。)


『もうこれ以上彼女からの好感度が下がる事は無さそうなので、色々聞いてみては如何でしょうか?』


 身も蓋もない事を言うARIAだが、事実なので開き直って色々質問する事にした。


「ここからファネまではどれくらいかかるんだ?」


「...アンタがチンタラ歩いてなければ2日。今のペースだと3日。」


「お、おう。なんかすまん。」


(どうしよう、会話が全然弾まない。助けてアリえもーん!)


『私は猫型ロボットではありませんよ。トーマは対人スキルに於いてまだ学ぶべき点が多いようですね。』


(ぐうの音も出ねぇよ。どうしたら良い?)


『クロイの話から推察すると、彼女は強さに自信があるようです。なのでその点を質問してみては如何でしょうか。』


(なるほど、やってみる。)


「そう言えばフェリスはかなり強いらしいな。クロイ達が言ってたよ。」


 すると、フェリスはチラリとトーマの方を振り返って話し始めた。


「当然よ。アタシとまともに戦えるやつなんて、ガリアークでも数える程しかいないんだから。」


「そうなのか、凄いな。さっきから気になってたんだが、フェリスの武器はそのナイフなのか?槍は持ってないんだな。」


「槍なんて邪魔なだけでしょ。アタシにはこっちの方が合ってるのよ。」


「装備も他の兵士達とは違うんだな。」


 フェリスの装いだが、上半身は胸と肩部分を覆う革鎧、下半身はショートパンツとニーハイソックスに、つま先が金属で覆われたブーツという出立ちで、両手にはガントレットを嵌めている。


 腰の背中側には、二振りのナイフが交差するように鞘に納められ装着されている。


「そのナイフを見たら、なんとなく君の戦闘スタイルが想像出来るよ。スピードと手数で戦う感じだよな?」


「ヘぇ〜、ただのヒョロヒョロかと思ったら、そうでもないみたいね。」


 フェリスは振り返り、意外そうな表情でトーマを見る。


「まぁな。俺も趣味だが武器や戦い方を調べるのが好きなんだよ。」


(嘘です、漫画で読みました...)


「じゃあ多少は戦えるってわけ?」


「いや、俺のいた世界では犯罪者か戦争くらいしか、武器で相手を殺傷するって事が無いからな。からっきしだ。」


「何よそれ。戦えないのに武器が好きなんて、まるで貴族ね。」


「はは、ただの一般人だよ。」


(なるほど、貴族という階級は存在するんだな...)


『地球の歴史に照らし合わせると、貴族階級が繁栄していたのは西暦400〜1,400年頃となるので、文明レベルもそれに近いと推察します。』


「・・・」


 突然、フェリスが動きを止めた。


 そして右足を半歩引いて体勢を低くし、腰のナイフを素早く両手で抜き、街道横の茂みを注視している。


 空気がピンと張り詰め、気温が急激に下がったような錯覚を覚え、トーマは身震いする。


(ARIA、あのナイフって確か...)


『トレンチナイフですね。第二次世界大戦時、塹壕トレンチなど狭い場所での白兵戦に用いられたもので、切る以外にも、ナックルガード付きの柄で相手を殴る事も出来ます。』


(ああ、それだ。日本じゃまず見かけないから忘れてたよ。)


 フェリスの持つトレンチナイフは、メリケンサックから20cm程の刃が生えているような構造で、装備したまま何かを掴んだりする事も出来る。


 どうやらフェリスはナイフを順手ではなく逆手に持って戦うスタイルのようだ。


 彼女にはこれしか無いという程に、そのスタイルが似合っている。


「敵ね。*#△が三体。」


(なんだろう...定番のアイツかな?)


 張り詰めた空気を無視するかのように、茂みの奥から勢いよく三人の子供のような生物が現れるが、トーマはその正体にすぐに気づく。


 灰色の肌に、細い四肢とポッコリ出た腹という不健康な体の小鬼が、棍棒やボロボロの剣を振り回し、咆哮しながらバタバタと走って来る。


(やっぱりゴブリンか!)


 ファンタジーの代名詞とも言える種族だ。


「多分俺の出番は無いよな?」


「当たり前でしょ、護衛対象は黙って護られてなさい。離れてないと血が飛び散るかもしれないわよ。」


「はい...」


(意外と面倒見は良いのかもな)


『この世界で初めての戦闘ですね。全ての情報を記録して今後に役立てます。』


(ああ、頼んだ。)


 ゴブリン達は、フェリスまであと4〜5mというところまで迫ってきた。


 特に陣形もなく、それぞれ2〜3mの間隔をあけて走って来る。


 フェリスは澄んだ青い瞳をゆっくりと閉じて一度大きく息を吸い、そして目を開き息を短く吐く。



 トーマにはその光景が、ひどく神聖なものに見えた。



 フェリスが地面を強く蹴ると、砂埃だけを残してその姿が掻き消える。


(ーー速っ!?)


 先頭を走るゴブリンに一瞬で肉薄し、すれ違いざまに右手のナイフで喉を切り裂くと、ゴブリンは悲鳴を上げ噴き出る血を押さえながら地に伏す。


 そしてその勢いのまま身体を反時計回りに半回転させ、左手のガントレットで二体目の頭部に強烈なバックブローを叩き込む。


 両腕の肘から先を覆うそのガントレットは、彼女の腕より幾分か大きく作られている。


(おお、格闘もイケるんだな。ガントレットが大きめなのは防御力重視なんだろうか。)


 二体目は横に吹き飛びながら三体目にぶつかり、そのまま覆い被さるように絶命する。


 最後にフェリスは軽やかに跳躍し、頭蓋骨を凹ませた仲間の下でもがく三体目の顔面に、着地と同時に両手のナイフを突き立てる。


 短い悲鳴と共にゴブリンの身体がビクンと跳ね、戦闘が終わった事を知らせる。


 少し遅れて、あたりに血の匂いが立ち込める。


 数度の瞬きの間に全てが終わっていた。


 ゴブリンが武器を振るう間も無く倒し切るあたり、フェリスの類稀なる戦闘センスと、身体能力の高さが伺える。


 そして彼女はフゥと息を吐き、ゴブリンの顔からナイフを抜き、刃についた血を落とすために素早く回転させて鞘に納める。


「はっっや!凄いなフェリス、目で追うのがやっとだよ。ゴブリンなんかじゃまるで相手にならないんだな。」


 それを聞いたフェリスは少し得意げに言葉を返す。


「ふん、当然よ。ゴブリンなんて目を瞑ってても勝てるわ。」


 そう言いながら、道に転がったゴブリンの死体を茂みの中へ蹴り飛ばす。


 全てを終えた彼女は、最初から何もなかったかのように、ゆっくりと歩を進めはじめる。


『彼女の動きを記録しました。トーマがブースト3を使った場合に想定されるスピードと同程度で、驚異的な身体能力です。』


(凄いな、間違いなく戦闘の天才だ。敵じゃなくてよかった...)


 彼女の小さな身体に内包された規格外の能力に、トーマは戦慄すら覚える。


「しかしゴブリンとは言え、死体を見るのはキツイな...死体はそのままで良いのか?」


「そのうち狼でも来て勝手に処理してくれるでしょ。素材が取れる訳でもないし、ボロボロの武器を売ってもお金にならないわ。それに、この程度の連中はまだまだ出てくるから気をつけなさいよ。」


「やっぱりフェリスっていい奴だな。口は悪いけど。」


「う、うるさいわね!さっさと進むわよ!」



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