48話 甘い取引
「まずは自己紹介だな。俺はセロ。虹の蛇の諜報員だ。」
セロと名乗る諜報員は、耳の上のタトゥーを見せ、トーマと話をする為、人気のない路地に移動して自己紹介を始めた。
「あんたらの紹介は無しで良いぜ。既に知ってるからな。」
「流石諜報員だな。話がスムーズで助かるよ。」
「まぁそれが俺達の仕事だからな。確度の高い情報を誰よりも早く、ってやつだ。」
セロは得意げに笑う。
「それで、通り魔についてだったな。こっちが持ってる情報は犯人の特徴、犯行動機の予想、行動パターンあたりだな。」
「それって殆ど犯人を絞り込めてるって事じゃないか?」
セロの持つ情報の概要を聞いて、トーマは驚く。
「ああ、正直に言うと凡その見当はついてる。だが俺達はあくまでも情報屋だからな、誰にも肩入れしないっていうルールがあるのさ。だから犯人をとっ捕まえたりはしないんだよ。」
「公平性の為にってやつか...まぁ理解は出来るけどなぁ。」
トーマは肩をすくめ、セロ達虹の蛇のポリシーに一定の理解を示した。
「さて次はこちらが欲しい情報なんだが、1番欲しいのはおたくの世界の知識だ。」
「地球の知識か。どんなものが良いんだ?大量破壊兵器の製造方法とかは知らないぞ?」
「そんな物騒なものは求めてないさ。そうだな...新しいお菓子のレシピなんてどうだ?フォーシアの奴らは砂糖をぶっかけたらお菓子になると思ってるからな。」
フォーシアのお菓子にうんざりという表情のセロ。
彼の意外な提案に目を丸くするが、トーマは脳内でARIAと相談する。
(この世界で再現出来そうなものって何かあるかな?)
『チョコレートなどはどうでしょうか?カカオの実はあると思うので、再現は可能かと思います。』
(お菓子業界に革命が起きるな...まぁそれで良いか。)
「チョコレートはまだフォーシアには無いよな?」
「ちょこ...聞いたことが無いな。どんなものなんだ?」
「まずは前提の話だが、温かい地域からこんな形の実は輸入されてるか?」
トーマは地面にカカオの絵を描く。
「ああ、ラスピの実の事だな。少量だが流通はされてるぞ。滋養強壮の薬として飲まれてる筈だ。苦くて飲めたもんじゃないらしいけどな。」
「それなら話は早い。ラスピの種を使って作るのがチョコレートなんだよ。地球じゃ誰もが知ってる定番の甘味だ。」
トーマはARIAの説明に従い、セロにチョコレートの作り方を伝授する。
「なるほど...実際に作ってみないと何とも言えないが、地球で定番のお菓子って事は間違いなく美味いんだろうな。しかしあんな不味い実が定番の甘味に化けるとはなぁ...」
セロは難しい顔をしてチョコレートに思いを馳せている。
「ああ、チョコレートが出来た事によって、お菓子そのものが大きく変わる筈だ。それくらい絶大な人気を誇ってるのは間違いない。」
隣で静かに聞いていたフェリスとルシェルも、チョコレートには興味津々の様子で、両者の顔に「食べてみたい」という文字がハッキリと見える。
「よし、そっちからの情報はこれで十分だな。それで通り魔だが、結論から言うと狐獣人の女だと思う。」
その言葉に、トーマ達は虹色の蛇の情報力に驚愕する。
「随分と絞れてるんだな。その根拠は?」
「ああ、まず被害者が似た特徴のヒューマンの男ってとこから、それに固執してるのが分かる。殺害方法が背後からナイフでひと突きっていうのは、気づかれないよう中〜遠距離から一気に間合いを詰めてると予想される。そしてそれが可能なのは跳躍力のある猿人か狐獣人のどちらかだろう。」
「因みにテセリにはどれくらいの猿人と狐獣人がいるんだ?」
「猿人は俺の知る限り5〜6人だ。狐獣人は10人くらいだな。ただ、テセリにいる猿人は全員男だ。そうなると...」
「狐獣人の女の私怨による犯行って線が濃厚な訳か...」
「その通りだ。そして現状で行方をくらましている狐獣人は1人だけ。エリシアという女だ。」
「エリシア...どんな人なんだ?」
「ひと言で表すなら、めちゃくちゃ美人だけど男運の無い奴だ。俺も本人に会った事があるんだが、『男に騙された』って言ってヤケ酒してたよ。それで最初の被害者はエリシアの関係者らしいんだが、そいつは絵に描いたようなロクデナシでなぁ。恐らくそいつとの関係が拗れたのが原因だろう。」
「だからと言って、似てるだけの無関係な人間を襲うのはどうなんだ?」
トーマが当然の疑問を口にする。
「そこで出てくるのが"あの方"ってやつだ。ここからは想像でしかないが、エリシアはどこかで"あの方"と遭遇して、その男を憎むように仕向けられたんじゃないかと思う。」
『エリシアが洗脳の影響下にあるなら、この話に矛盾は無くなるかと思います。1人に向けられた憎悪が、洗脳によって拡大解釈された可能性も十分あり得るかと。』
(まだ決めつけるのは早計だけど、確かに矛盾は無いな...)
「分かった。後はどうやってエリシアと遭遇するかって問題だけど、何かいい案はないか?俺が囮になるつもりではあるけど。」
「そうだなぁ...こっちで把握してるのは、犯行時刻は必ず23時から翌2時の間で行われてる。そして被害者は全員武器を携帯していないタイミングでやられてるから、少なくとも遠目で分かる武器は持たない方が良いだろう。」
「飲み歩いた帰りを狙われてる可能性が高い訳か...よし、作戦は決めた。」
トーマはそう言うと、フェリスとルシェルの方に向き直る。
「この囮作戦は俺1人でやる。近くにフェリスとルシェルが待機してるのがバレたら二度と狙われなくなるだろうしな。」
「え、でも1人だと危なくないかい?」
「そうよ!トーマにもしもの事があったら...」
ルシェルは心配そうにトーマを見て、フェリスは耳をぺたんとさせて不安そうにしている。
「心配ないさ。背中に鉄板でも仕込んどけば刺される事はないだろうしな。」
「そうか!狙う場所がいつも同じなら防ぐのは簡単って事だね!」
ルシェルがトーマの言葉に納得の表情を浮かべた。
しかしフェリスはそれでも心配なようで、煮え切らない顔をしている。
「う〜...でも背中以外を刺される可能性だってあるじゃん...」
「頭と胴体さえ守ってたら致命傷は避けられるし、それに俺もそこまで弱くないぞ?」
『大気中の魔素を操作して死角を把握出来るよう頑張ります。』
(助かるよ相棒。)
「ま!そういう訳だから今回は俺の我儘を通させて欲しい。」
「...分かった。けど離れた場所で待機してるからね。」
「ああ、それだけで心強いよ。」
フェリスは一応納得したようで、トーマの作戦を渋々了承した。
「さて、俺の役目はここまでだな。作戦決行はいつにする予定なんだ?」
「そうだな、諸々準備したいから2日後の0時頃にするよ。」
「了解。面倒かもしれないが、3日後の昼に再度ここに来てくれるか?作戦が成功した暁にはとびきりの情報を譲ってやるよ。」
セロが含みを持たせた言い方で、再度情報交換の場を提案した。
「分かった。期待しておくよ。」




