44話 不気味な夜
宿を探し始めて20分程。
あたりはすっかり暗くなり、街を碁盤目状に走る通りを数多くの提灯が優しく照らしている。
「夜の方が古都って感じがして良いな。」
「ねぇトーマ、あの灯りは何?」
「ああ、あれは提灯って言って、俺の世界じゃ祭なんかでよく使われてた伝統的な照明だな。」
「へぇ〜。やっぱり領主の趣味なのかな?」
「間違いなくそうだろうな。自由すぎるぞコウスケ・ハヤシ伯爵。」
「でもそれより気になるのは...」
「ああ、人が少なすぎる。これだけ歩いてすれ違うのが数人ってのは明らかに異常だな。」
夜のテセリは都市の規模に見合わず、人通りが極端に少ない。
若干の不気味さすら感じながら、2人は通りを進む。
「...宿、見つからないね。」
「ていうか探してすらなかったな。他に気を取られすぎてただの散歩になってるし。そろそろルシェルに怒られそうだ。」
その言葉に、フェリスは少し残念そうな顔をして、少し不気味なプチデートの終わりを悟る。
「あ、なんかあそこに人が集まってる!トーマ、行ってみよ!」
「そうだな、行ってみるか。」
約50m先に、10人程の人だかりができている。
情報を得るために2人はそこを目指して歩くが、その剣呑な雰囲気に違和感を覚えた。
「なんか物騒な感じがするぞ。」
「あ、誰か倒れてる。それに血の匂い...」
「血...目立たないように近づいてみよう。」
ざわつく集団のすぐ後ろまで近づいたトーマとフェリスは、その中心で倒れている人物がいる事に気づく。
見たところヒューマンの男性で、背中に刺し傷があり、倒れた場所に大きな血溜まりを作っている。
どうやら既に事切れているようで、ピクリとも動かない。
トーマは集団の1人に話しかけ、状況を探る事にした。
「あの、何かあったんですか?」
「ん?ああ、通り魔だろうな。ここ最近こういう事件が増えてるんだよ。あんたらも夜道には気をつけなよ。」
トーマに声をかけられた猫獣人の男が答える。
(人が死んでるのにこの程度のリアクションか...やっぱこの世界は命が軽いな。)
「犯人は分かってないんですか?」
「さっぱりだ。分かってるのはみんな背後から肺を刺されて死んだって事くらいだな。」
「肺を...かなり苦しい死に方ですね。」
「だな。快楽殺人犯なんだろうよ。」
「なるほど...あ、こんな状況で聞くのはアレなんですが、どこかに馬車も預かってくれる宿ってないですかね?」
「ああ、それならこの道を左に曲がって3分くらいの所にウッズ商会の宿がある。馬車も預かってくれる筈だ。あそこは凄いぞ、一度は宿泊するべきだな。」
「分かりました、行ってみます。ありがとうございます。」
「おう、くれぐれも気をつけてな。」
(君子危うきに近寄らずってな。早めに離れた方が良さそうだ。)
『虎穴に入らずんば虎子を得ずという諺もありますよ?』
(言うじゃないか相棒。俺はとにかく平穏に暮らしたいんだよ。)
『それは難しいような...』
(知ってるから言わないで!)
トーマはARIAと脳内口喧嘩をしながら、フェリスと共にその場を離れ、ウッズ商会の宿へと向かう。
「うん、これは完全にビジネスホテルだわ。」
目の前にあるのは、この世界で初めて見る縦長の建物だ。
構造上、鉄骨若しくは鉄筋コンクリートを使っているのは間違いなさそうだ。
日本でよく見るビジネスホテルに酷似していて、違うのは窓が小さいという程度だろう。
「こんなところでオーバーテクノロジー...」
「凄いね...こんな建物初めて見た。トーマが前に言ってた全面ガラス張りの建物もこんな感じ?」
「よく覚えてたな。そうだな、これをもっと大きくした感じだ。」
目の前の建物は5階建てで、ビジネスホテルとしては小規模だ。
「とりあえずチェックイン出来るか聞いてみようか。」
「オッケー!」
「いらっしゃいませ。」
1階のロビーで、受付嬢がトーマ達を迎えた。
ここも日本と大差無く、受付嬢のいるカウンターの後ろには、各部屋の鍵がずらりと並んでいる。
談話スペースもあり、柔らかそうなソファーと重厚なテーブルが幾つか配されている。
「3人と馬車1台なんですが、宿泊は出来ますか?」
「はい、大丈夫ですよ。シングルルームを3部屋になさいますか?」
「はい、それでお願いします。」
「畏まりました。宿泊料金はおひとり様1泊朝食付きで大銅貨5枚となります。チェックアウトは翌日10時までです。馬車は1台につき大銅貨4枚になります。」
(日本円で合計4万円くらいか。そこまで高くはないんだな...)
「こちらが鍵です。朝食は1階の広間で6時から9時の間にご用意しております。お風呂は2階に浴場があるので、そちらをご利用ください。お部屋は3階になりますので、奥の昇降機をお使いください。使い方のご説明は必要ですか?」
(まじかよ...エレベーターあるのか。)
「いや、恐らく大丈夫だと思います。一度馬車に戻るんで、2〜30分で戻ります。」
支払いを済ませたトーマとフェリスは、一旦ホテルを後にする。
「なんかアタシの知ってる宿と全然違う...」
道中、設備とサービスに圧倒されたフェリスが、呟くようにこぼした。
「あれは異常だ。俺のいた世界と遜色ない感じだったからな。」
「そうなんだ。なんか凄いね...」
そうこうしているうちに、2人はルシェルが待つ馬車へと戻ってきた。
「随分遅かったじゃないか。宿は見つかった?」
若干の不機嫌を滲ませながら、ルシェルがトーマに問う。
「遅くなって悪かったな。ウッズ商会の宿を取ったから、そこに向かおう。厩舎も手配済みだ。」
「分かった...ていうか他にも何かあったような表情だね。」
「鋭いな。実は道中で通り魔に刺された人がいて、どうやらテセリは物騒な状況らしい。」
「通り魔?それでこんなに人が少ないのか...誰もいなくてちょっと怖かったよ。」
(あら、ルシェルちゃんったら可愛いじゃん。)
『それを聞くと確実に怒られますね。』
(...言うなよ?)




