42話 門前にて
「ねぇトーマ、この世界は嫌い?」
唐突に、少し表情を曇らせたフェリスがトーマに問う。
縄に縛られ、フェリスの鉄拳制裁により気絶している4人の男達で、馬車の荷台は少し窮屈になっている。
傾き始めた太陽が、一行を柔らかく照らす。
少し首を傾げたフェリスの髪が、馬車の揺れに合わせてさらりと靡く。
「ん?いきなりどうした?」
「だってさっき、この世界で何度も危ない目に遭ったって言って、ウンザリしてたから...」
(そうか...フェリスは...)
「いや、それは違うぞフェリス。確かに何度も死にかけたけど、それは俺が選んだ道だから納得してる。」
「そう、なんだ...」
「ただ、今回の件は全然関係ないのに命を狙われたワケだからな。それは流石に理不尽だろ。」
「それは確かに...」
「でも誤解しないでくれ。俺はこの世界が好きだし、フェリスやルシェル、この世界で出会った人達が好きだ。だから後悔なんてしてないよ。」
その言葉を聞いたフェリスは、花が咲くように明るい笑顔を見せた。
「そっか!それならいいの!」
強がって元気に振る舞うフェリスを見て、トーマの胸がチクリと痛む。
(勿論ARIAもだよ。)
『ありがとうございます。私もこの世界でトーマと一緒にいられて幸せです。』
ーー私は、
あなたの為に生まれたんですから。
「トーマ、もうすぐテセリが見えてくるよ。」
御者台からルシェルがトーマに告げる。
「了解。まずは門番にコイツらを引き渡さないとな。」
暫くして、一行はテセリの門前に到着した。
時刻は夕方で、空は朱に染まりつつある。
テセリの街壁は陽光を受けて赤銅色に染まり、巨大な影を地に落としていた。
外からは街の喧騒も匂いも一切伝わってこない。
トーマ達は門番のチェックを待つ列の最後尾に馬車をつける。
「テセリはトロングルみたいな差別意識はあるのか?」
「いや、全く無いわけじゃないけど、そこまで気にする必要はない筈だよ。それよりも気をつけないといけないのは、貴族との距離の近さだね。」
「貴族との距離?」
ルシェルは何でもない事のように、トーマに説明する。
「うん。テセリには貴族街が無いんだ。街の中に貴族の屋敷が点在してて、民家の隣が貴族屋敷ってことも珍しくない。」
「つまり貴族とのトラブルが起きやすい状況って事か...」
「10年くらい前にテセリを統治していた貴族家が没落したんだけど、かなり酷い事をしてたみたいでさ、新しく立った領主家は市民との距離感を近づける為に貴族街を解体したらしいんだ。」
「フェリス、それってイリナさんの実家だよな?」
「うん、その筈よ。」
「関係者の知り合いがいるのかい?」
「ファネの孤児院を運営してるイリナさんって人が、その貴族家の出身なのよ。実家のやり方に耐えられなくなって出て行ったんだけどね。」
「新しい領主は誰になったんだ?」
「ああ、それは異世界人のコウスケ・ハヤシ伯爵っていう人だよ。」
「まじかよ...」
ルシェルの言葉にトーマは驚きを隠せないでいた。
「ウッズ商会の会頭だよな?そこの関係者と話した事がある。」
「なんでも、その商会の実績と、当時の領主を断罪した功績によって伯爵位を賜ったっていう事らしいよ。」
(そう言えばウィルオンさんが、コウスケ・ハヤシはテセリに長期滞在してるって言ってたな...長期滞在ってか統治じゃん...)
「...会えるかな?」
「う〜ん、難しいんじゃないかな?同じ異世界人と言っても、相手は伯爵だし。」
「だよなぁ〜。色々聞きたい事があるんだけどな。」
そうこうしているうちに、門番から調べを受ける順番が回ってきた。
「通行証はあるか?」
「いや、持ってない。トロングルから来たんだ。」
門番の問いにトーマが答える。
「通行証が無い場合、1人大銅貨2枚が必要だ。」
(4,000円くらいか...)
「ああ、それは問題ない。それよりも道中で野盗に襲われたんだ。7人いて、そのうち4人は荷台に拘束してる。残りは馬車に入りきらないから現地で拘束してるんだけど、どうしたら良い?」
「なに!?ちょっと確認させてくれ。」
そう言うと、門番は荷台を覗き、縛られている4人を確認する。
「おいこれは...テセリの兵士じゃないか!どういう事だ!?」
「詳しく説明するから、まずはこいつらを引き取ってもらえないか?」
「・・・分かった。そこの詰め所で話を聞こう。馬車は一旦預かる。」
門番は逡巡し、トーマ達を取り調べる事にしたようだ。
「ーーこんなとこだ。それで放置するわけにもいかないから、4人を連れてきたんだよ。」
「なるほどな...じゃあ残りの3人は土魔術の檻の中という事か。」
「ああ。自力で脱出してなければ、今もそこにいる筈だ。」
「分かった。今別室で4人に話を聞いているとこだから、悪いがもう少し待ってくれ。」
「勿論構わないよ。ただ、素直に喋ってくれるとは思えないんだが...」
「それについては心配無用だ。ここには相手の嘘を見破る魔道具があるからな、それを使えばお前達の証言が本当かどうか分かるさ。」
門番は鋭い視線をトーマ達に向けてそう言った。
(ファネのケニスが使ってた能力のようなものか?そう言えば結局ケニスが魔法を使ったのか魔道具を使ったのか分からずじまいだったな...)
「む、アタシ達も疑われてるわけ?なんか腑に落ちないんだけど。」
「気持ちは分かるけど、証拠が無い以上僕達も疑われるのは当然じゃないか?」
不機嫌を隠さず門番に絡むフェリスと、理性的に現状を受け入れるルシェルの対比に、トーマは思わず微笑む。
(最初はどうなる事かと思ったけど、良いコンビじゃないか。)
「はぁ!?何で当然なのよ!こんな事ならアイツらボコボコにして放置しとけば良かったじゃん!」
「はぁ...君は考えが足りなすぎるよ。それじゃ何の解決にもならないじゃないか。まったく...」
「あ!アタシの事バカにしたでしょ!?生意気エルフ!」
「何だと!?バカ猫!」
「猫って言うな!」
「じゃあただのバカなのか!?」
(前言撤回。ダメだこのコンビ...)
トーマは睨み合うフェリスとルシェルの頭を鷲掴みにした。
「2人ともやめろ。今は向こうの結果を静かにして待ちなさい。」
トーマの説教に、フェリスは頬を膨らませ、ルシェルはシュンとなった。
このコントのようなやり取りが、トーマには他に変え難い大切なもののように思えた。
「因みにその魔道具ってどんなやつなんだ?」
「悪用されるのを防ぐために、それは言えない規則になってるんだ。」
トーマの疑問に、門番はそう答えた。
「そうか、残念。」
(多分モノクルだろうな...ケニスも着用してたし。)
『以前から思っていましたが、その魔道具は非常に危険な気がします。善意から吐く嘘も強制的に暴かれるのは、自由の制限に繋がるのではないでしょうか。』
(確かにな...でも今俺達の潔白を証明してくれるのはその魔道具だけだからな。難しいところだ。)
『私もトーマに隠している事を知られたくないですからね。乙女の秘密を暴いてはいけないのです。』
(はは、言うようになったなARIAさん。)
暫く待っていると、別の門番がやってきて報告をする。
「あの4人が彼らを襲撃したのは間違いなさそうだ。」
「そうか、分かった。」
門番はそう答え、トーマ達に向ける疑惑の眼差しも霧散した。
(とりあえず俺達の疑いは晴れたか。)
「あの4人はどうなるんだ?」
「最低でも解雇、場合によっては処刑だな。」
「なるほど...その処分なんだけど、決定までどれくらいの時間がかかるんだ?」
「大体1週間くらいだな。どうしてだ?」
トーマは門番に、洗脳について教えることを決めた。
「あの男達はある人物によって洗脳された可能性があるんだ。本人達の意志じゃなかった場合、減刑も考えて欲しいと思ってるんだよ。」
「襲われたのに随分と寛大だな。こちらは構わないが...」
「いや、寛大とはちょっと違うな...今まで洗脳されてた人物は殆ど死んでるんだ。黒幕に繋がる手がかりは残しておきたいと思ってね。」
トーマから、再び冷たい空気が漏れる。
「そ、そうか。期限は処分が決まるまでだから、それだけ覚えておいてくれ。何かあったら俺に言ってくれれば良い。昼間はここに詰めてるからな。」
「分かった。そういえばまだ名前を聞いてなかったな。」
「そうだったな、俺はナールだ。」
「トーマだ。よろしく。」
(ARIA、ナールは信用出来そうか?)
『はい、現状ではナールに怪しい言動等は見つかりませんでした。なので一旦は信用しても良いかと。』
(分かった、ありがとう。)
「取調べはこれで終わりって事で良いのか?」
「ああ。手間を取らせて悪かったな。」
「いや、こちらこそ。じゃあまた昼間に来るよ。」
トーマ達はナールの下を辞し、テセリの街へと入る。




