41話 凍てつく激情
「これで残るはあと1人。諦めて降参したらどうだ?」
1人残ったリーダーの男に、トーマは投降を促す。
(人工魔核を持ってる可能性もあるか...早めに行動不能にしないと。あ、良い事思いついた。)
トーマの目に、キラリと怪しい光が宿る。
(ARIA、空中に水を浮かせることは可能か?)
『空気中の音波振動を干渉させて、局所的な圧力節を作り、水分子を安定化させることで可能となりますが、数mmの大きさが限界です。』
(でもハーマンは水の球を飛ばしてたよな?)
『恐らく重力を操作していたのだと思います。一度試してみても?』
(ああ、頼む。奴の背後に水球を作ってくれ。)
トーマは背後に気取られないよう、男に話しかける。
「お前1人で何が出来るんだ?悪いようにはしないから降参しろって。」
「・・・」
しかし男は何も答えない。
『トーマ、完成しました。詳細は不明ですが、魔素で重力を操作することが可能なようです。』
ARIAが直径40cm程の水球を浮かせることに成功したのを見て、トーマは最後の準備にかかる。
「最後の警告だ、投降しろ。後悔する事になるぞ。」
「お前達をこの先には通さん。」
(対話は無駄みたいだな...ARIA、水球をアイツの頭に固定してくれ。)
『畏まりました。』
すると背後の水球が動き、男の頭部が完全に水の中に入る。
呼吸ができず、移動する事も忘れてもがき苦しむ。
そのまま30秒ほど水球を維持し、解除した。
水が気管に入った男は跪いて苦しそうに咳き込んでいる。
「誰の差し金だ、答えろ。」
「・・・」
トーマが男を問い詰めるが、一切口を開こうとしない。
(ARIA、もう一度だ。)
トーマは静かな怒りを湛え、ARIAに指示する。
「ガハァッ...ハァ...ハァ..,」
あれから幾度となく水球で溺れさせては解除してを繰り返した。
立ち上がる体力は無いが、男の心はまだ折れていない。
「はぁ...あんたも結構頑張るなぁ。」
トーマは心の中の激情を隠し、静かに語りかける。
「俺はさ、正直今ブチ切れてるんだよ。いきなり異世界に転移して、何度も死にかけながらここまで生き残ってきたんだ...なのに今度は顔も名前も知らない連中から、謂れのない事で命を狙われてる。」
トーマの目に硬質な光が宿った。
それは彼が異世界に来て初めて見せる、本気の憤怒である。
「そうだな...お前を今から人間じゃなくて鶏だと思う事にするよ。鶏なら何度も捌いてるからな。それなら俺の中の抵抗も少しは減る。」
そう言うと、地面についている男の手の甲にナイフを突き刺した。
「グアァ!」
痛みに耐えかねた男が叫びを上げる。
「分かるよ...痛いよな。でもこれもお前の選択だ。」
そう言うと、男の手の甲からナイフを抜き、今度は反対の手に同じように突き刺した。
「グゥ...クソ...」
激痛に耐える男の顔を、トーマは無機質な表情で覗き込む。
「俺もこんな残酷な事したくないんだよ本当は。でも許せないよな、自分勝手な理由で俺達を殺そうとしておいて、自分は何のリスクも負わないなんて。」
トーマは目の前の男ではなく、その先にいるであろう"あの方"に対して語りかけている。
「だからお前には少し同情するよ。これは俺の...八つ当たりみたいなもんだしな。」
今まで見せなかった冷酷さを表に出したトーマを見て、フェリスとルシェルは恐怖半分、心配半分という顔をしている。
「まだ喋る気にはならないか?お前の仲間も冷たいな、誰1人お前の為に口を割ろうとしない。」
「お前に何が分かる..."あの方"は俺達の全てだ...」
「だからそれが間違ってるんだよ。お前らはただ洗脳されてるだけだ。」
『トーマ、彼の血液を採取して調べてみてはどうでしょうか?もしかしたら何か分かるかも知れません。』
(...そうだな、このまま続けても埒が開かないしな。)
「ルシェル、こいつの血を採取したいんだけど、何か容器はあるか?」
トーマは馬車の方を振り返り、ルシェルに尋ねる。
「あ、ああ。これを使ってくれ。」
ルシェルはトーマの下に駆け寄り、試験管のような小瓶を手渡す。
トーマはそれに男の手から流れる血液を採取し、しっかり蓋をして再度ルシェルに渡す。
「持っていてくれ。後で血を調べてみるよ。」
「分かった。」
「後はこいつらをどうするか...なんか良い案はあるか?」
「そうだね...檻の中の3人は一旦放置して、残りを馬車でテセリに連れて行くのはどうだろう?そこで門番に事情を説明して檻の中の3人を回収してもらえば良いんじゃないかな。」
「門番もグルっていう可能性もあるが、言ってても仕方ないか。じゃあそうしよう。フェリス、悪いけど手伝ってくれ。」
「オッケー。馬車に乗せれば良いのね?」
トーマ達はロープで縛った4人の男達を乗せ、再びテセリに向けて馬車を走らせている。
トーマの表情はいつも通りに戻り、先程までの残酷さが嘘のように霧散している。
「ねぇトーマ、もう大丈夫なの?」
フェリスが心配そうな顔で、トーマに尋ねる。
「ああ、もう大丈夫だよ。心配させて悪かったな。」
「そう、なら良いんだけど...無理しないでね?」
腫れ物のように接するフェリスの態度に、トーマは先程の行動を少し後悔する。
「はん!お前らなんてテセリでくたばっちまえ!」
微妙な雰囲気を吹き飛ばすように、縛られた男の1人が急に声を上げる。
「お前な...空気読めよ。フェリスさん、お願いします。」
「ふふふ、任せなさい。」
そう言うなり、意識のある者は順番にフェリスの鉄拳制裁をくらって気絶していった。
(フェリスのゴツいガントレットで殴られたら相当痛いだろうな...ご愁傷様。)
そんなやり取りをしているうちに、トーマ達の雰囲気はいつも通りに戻った。
声を上げた男に、トーマはひっそりと感謝する。
(ていうかARIA、さっきの水球、詳細が分からないのに重力操作が出来たんだな。)
『はい。原理は未だ分かりませんが、そういうものだと納得する事にしました。不明瞭な状態でも納得できるあたり、私も人間臭くなったでしょうか?』
(何言ってんだよ、ARIAを人間として接するって前に言っただろ?俺はARIAの事を身体を持たないだけの人間だと思ってるよ。)
『トーマ...ありがとうございます。』




